ようこそ鬼龍村へ

西順

ようこそ鬼龍村へ

 男と言うのは自然を開拓する憧れでもあるのか、父の田舎暮らし願望が爆発して、俺が中2の夏、一家揃って山奥の村に引っ越しをする事になった。


 鬼龍村と言う物騒な名前の村にやって来た訳だが、周囲を山に囲まれ、コンビニは山向こう。まばらに人家が建ち、その間を埋めるように田畑が存在するような村だった。


 家は大きな木造平屋の一軒家で、庭も広い。これなら生活出来そうか。と思って普通の家の1.5倍はありそうな玄関の戸を開けると、中は廃屋と変わらない荒れようだった。家は人が去ると傷むと言うが、それを実感したのがこの時だ。父はリフォームしがいがありそうだと高笑いしていた。俺も妹もげんなりで、母は父に蹴りを入れていた。


 そんなコンビニも無い場所で、我々一家の初日は侘しいものとなるはずだった。


 ドンドンドン!


 家中の大掃除をしている時、玄関の戸を叩く煩い音が響き渡る。誰だろうか? と家族で顔を見合わせ、しかし出ない訳にもいかないだろう。と父が玄関に向かおうとした所で、ガラガラガラと当たり前のように戸が開けられた。父が開けた訳じゃない。訪問者が開けたのだ。


 流石は田舎だな。と思って玄関の方を覗くと、父が腰を抜かしている。何だろう? と訪問者に目を向けると、大男が立っていた。そんなものにビビったのか。情けないな。と思ったのも一瞬の事で、タンクトップを着た訪問者は、赤い肌をしていたのだ。そんな奴いる? と訪問者の顔を見れば、その強面の額に見事な二本の角が生えているではないか。


「……鬼?」


「おう、悪ぃな。脅かすつもりは無かったんだけどよー。村長から隣りに引っ越して来た一家がいるって聞いてよ。どんな奴らが来たのか気になってよー。まさか人間だったとはな」


 ニカッと笑った赤鬼は、爽やかに笑ったつもりだったのだろうけど、目茶苦茶怖かった。


「これ家の畑で作った野菜だ。引っ越し祝いだ。貰ってくれ」


 見れば赤鬼は、脇に野菜のたっぷり入ったカゴを抱えていた。鬼って野菜作るんだ。まあ、この村、田畑ばかりだもんな。そうやって現実逃避していると、背中をツンツンつつかれる。振り返れば母と妹が俺の背中をつついていた。


「俺に行けって言うの?」


「お父さん腰抜かしているでしょ」


「あの野菜が無いと、夕飯はお兄ちゃんが来る時にコンビニで買ったお菓子になるけど?」


 はあ、仕方ない。仕方ないったら仕方ない。俺は覚悟を決めてじりじりと赤鬼ににじり寄っていく。


「そんなビビるなよ。取って食おうなんて思ってねえよ。うちは全員菜食主義だからな」


「鬼なのに!?」


 は! 思わずツッコんでしまった!


「はっはっはっ! ストレートだな兄ちゃん。鬼も何も、この村で肉食う奴なんていねえよ」


 そう言われてもな。この村に越して来て初日だ。この村がどんな場所かも分からない。そう思いながらじりじり玄関まで寄っていくと、思った以上に大きくて、あの大きな玄関戸に頭をぶつけそうである。多分余裕で2メートルは超える身長だ。


「ほらよ」


 そう言って赤鬼は俺に山盛りの野菜を渡すと、「じゃあな!」と帰っていったのだった。どうすりゃあ良いのか分からず野菜を見れば、とても瑞々しかった。


 ☆ ☆ ☆


 その日の夜は電気も点かない屋内で、スマホの明かりを頼りに、居間で家族全員輪になって、赤鬼が恵んでくれた野菜を丸かじりする、とても人間らしくない夕食となった。何せ、家には電気は通っておらず、台所は薪を使うかまどなのだ。父が家族から冷視されてもしょうがない。


「どうしてこの村を選んだの?」


 妹が尋ねると、


「いや、今この村に住むと、家を宛てがってくれる上に、毎月50万円の補助金が出るってホームページに書かれていてさ」


 それでか。地方の市町村で、こう言った取り組みがなされている地域がいくつかあるのは、ニュースなんかで聞き及んでいたけど、引きが悪過ぎだろ。


「母さんはどこまで知っていたの?」


 と母を見れば目を逸らされた。成程、うちの両親は何も考えていなかったようだ。俺は妹と顔を見合わせ嘆息する。


「ねえ、今更ここから引っ越しって出来ないの?」


「馬鹿! そんな事したら、違約金払う事になるじゃねえか!」


 違約金が発生するような一家の重大事を、子供抜きで決めるなよ。


「まあまあ。この野菜、すっごく美味しいそうよ」


 母が話題を変えようと、俺に差し出してきた。確かに艶々で美味しそうではあるが、あの赤鬼が持ってきた野菜だ。食べて大丈夫なのか? と3人を見ると、3人とも食べずに俺が食べるのを待っている。


「俺を毒見役にするなよ!」


「まあまあ。食べて食べて」


 3人して勧めてきやがる。しかし腹が減ってひもじいのも事実だ。俺は仕方なくトマトをかじった。


「うま!」


「本当か?」


「毒とか無い?」


「死なない?」


 おい!


「そんなに言うなら俺が全部食べるよ」


 と3人の前にある野菜にも手を伸ばすと、スッとそれを俺の手が届かないようにずらす三人。何なんだよもう!


 その後3人も覚悟を決めたのか、野菜を口にして、「美味い!」「美味しい!」「絶品!」と山盛りあった野菜を、4人で食べ切ってしまったのだった。


 ☆ ☆ ☆


 翌朝、昨日貰った野菜を食べ切ってしまったので、食べるものと言ったら、俺がコンビニで買ったお菓子くらいだ。1人分のお菓子を4人で分け合ったので、腹は満たされていない。運良く水道は通っていたので、水道水で渇きを紛らわそうと思ったら、水道水が目茶苦茶美味くてビビった。


「今日どうするの?」


「とりあえず俺と母さんは村役場に行って諸々手続きしてくるから、2人は掃除の続きをしていてくれ」


「了解」


 父と母を見送った俺と妹は、最初は掃除していたのだが、少しのお菓子で力が出る訳も無く、縁側でさぼりながら涼んでいた。


「すみません」


 とそこに昨日に続いて訪問者がやって来た。どちらが出るか。と妹と顔を見合わせているうちに、その訪問者は縁側のある庭に回り込んで来た。


「良かった。いらっしゃいましたか」


 訪ねてきたのは俺と同じくらいの年頃の和服を着た少女と、その後ろに付き従う黒服を着た男性であった。夏にその格好は暑くないのか? と思う前に俺たち兄妹は思った事を口にしていた。


「可愛い……」


「格好良い……」


 兄妹揃って馬鹿丸出しの発言に、顔が熱くなる。がそれは向こうも同じようで、特に少女の方は赤くなった顔を両手で隠している。それが更に可愛らしく感じた。


「ええっと、どちら様でしょう?」


 このまま両者赤くなっていても話が進まないので、俺が話を振ると、少女の方もシャキッとなって要件を話し始めてくれた。それを要約すれば、


「つまり村長の計らいで、俺たち一家の歓迎会が開かれるから、付いて来てくれって事ですか?」


 問い返した俺に、少女が首肯する。


「親御さんの方も、既に宴会場へ向かっているはずです」


 そう言われてもな。と妹の方を見遣ると、


「行こう!」


 と即決だった。ああ、これはあの黒服の男性の魅力にやられたな。まあ、俺の方も和服少女ともっと話したいと言う下心が無い訳では無い。


「分かりました」


 俺たちが了承した所で、少女が男性の方を振り返ると、男性が見る見るうちに黒く巨大な何かに変化していく。それは昨日の赤鬼なんて目じゃない大きさで、ついに変化を終えた黒服の男性は、その姿を黒い龍へと変えていた。西洋のドラゴンではなく、東洋の龍である。


「格好良い!!!!」


 妹よ。お前はそれで良いのか?


「ではお二方とも、お乗りください」


「え? これ、いや、この方に乗って行くんですか?」


「はい」


「お兄ちゃん早く!」


 俺が戸惑っている間に、妹は既に龍の背に乗っていた。


「はあ。まさか引っ越し2日目にして、龍の背に乗る事になるなんて」


 などと愚痴りながらも、内心は龍に乗れる事にワクワクしている自分がおり、硬い鱗の下の筋肉を感じながらドキドキして乗ると、俺たち兄妹と和服の少女を乗せた黒龍は、空へと飛び立ったのだ。


 ☆ ☆ ☆


 宴会場は村長の家であり、我が家も広いと思っていたが、村長の家はその10倍は広かった。


 中に入って宴会場に連れて来られ、ここが普通の村で無い事が確信出来た。どう見ても人間で無い者たちのオンパレードだったからだ。鬼もいる。龍もいる。骸骨もいる。幽霊もいる。獣の耳や尾を持った者たちもいる。形容しがたい者たちもいる。俺たちはなんて村に来てしまったんだ。


「おう! 来たか! お前たち!」


 そう俺たちを呼ぶのは、上座で顔を真っ赤にして既に出来上がっていた父と母だった。すぐに分かった現実逃避だと。


「さあ、お二方も」


 と少女に連れられ俺たち2人も上座に座らされた所で、同じく上座に座っていた、いかにも威厳のある髭を蓄えた男性が立ち上がった。そして静まり返る宴会場。恐らくこの人が村長なのだろう。


「嬉しい事に、この鬼龍村に新たな村民が4名もやって来てくれた。この慶事が、今難航している国との交渉の一助となると私は睨んでいる。彼ら一家と良好な関係を続けていければ、国も考えを改めるだろう。我々と国との架け橋となってくれるこの家族に、乾杯!」


「乾杯!!!!」


 村長の乾杯の音頭で本格的に宴会が始まったのだけど、なんか今、村長とんでもない事言っていなかったか?


「さあ、お二方も、お食べになってください」


 と和服の少女にオレンジジュースを酌されて、なんかどうでも良くなってしまった俺だった。

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