第30話 [因果改変少女、決着をつける]

 ―ニヤ視点―



 ご主人さまの羽に連れられてどんどんと離れてゆく。

 あの時見せたご主人さまの顔、あれは覚悟が決まった顔をしていた。なんらかの作戦があると言っていたけれど、絶対にやばいもの。


 復讐をしたい、けど戻りたい。

 お兄ちゃんを殺した山賊どもが許せない。でもご主人さままで失いたくない。


 最初はわたしがこの男にテイムされたと聞いて何が何だかわからず、違和感しかない人間だった。

 けれど、どこかお兄ちゃんと姿を重ねることが多くなった。それからというもの、少し甘えてみたらわたしに空いた穴が埋まる感覚がした。


 2度目は本当にダメなのかもしれない。

 ご主人さままで失ったら、わたしはどうするのだろう? ソフィになんて言おう? 廃人になるのかな。


「余計なこと考えるな……。早くアイツをやって戻らなきゃ……!」


 ご主人さまの覚悟は無駄にしたくない。

 激しい頭痛を耐え凌ぎながら木々の間を縫うように抜け、とうとうやつの姿が見えた。


「ッ!!! く、来るんじゃねェエエ!!!!」

「絶対に、逃がさない……!!!」


 わたしがそう言うと、ガットは顔面を青くしてから前を向いて走り始める。

 煩わせるな。いい加減罪を償え。逃げるな。


 羽はわたしを空へと導き、ガットの真正面まで連れて行ってくれた。ここがいい、この位置が、ジャスト。


「や、やめ――」


 命乞いなんか聞きたくない。

 その汚れに汚れた口を黙らせるために、右腕に力を込める。ご主人さまと同じよう、右頬に炸裂させた。


「【終局の押印フィーニス・ディシジョン】!!!」

「グァァアアアアアア!!!!」


 わたし程度の一撃だ、威力は高くない。けど、こいつはもうおしまい。

 自分より格下だったり弱っている対象を殴ることで、相手の運命を決定させるこのスキル。

 もうこいつは何もできないし、何もしようとしない。一生自己嫌悪に襲われながら生涯を過ごすことになる。


「ゔっ、ゔぅ……!!」


 鼻血がたらりと垂れた後、激しい頭痛に苛まれる。頭を鈍器で延々と殴られ続けているような痛みだ。

 ギルのことはもう無視しても移動しない。だから今は……。


「ご主人、さま……!」


 行かなきゃ。



###



「なん……で……」


 わたしが元の場所に戻る前、大きな爆発音が聞こえた。その後は驚くほどの静寂に包まれて恐ろしかった。

 ご主人さまがやったんだと思い、気が気でない。音の発生地に着くや否や、わたしは喉が潰されたかのように何も出てこなかった。


 ご主人さまの全身からは血が出ていて、皮膚も赤くなっている。足も片方向いてはいけない方に向いているし、服が少し燃えているのにピクリとも動かない。

 呼吸が荒くなった。目が熱くなった。埋まりかけた穴が再びぽっかり開く感覚がした。


「アレン……? アレン!!? ニヤちゃん、アレンは大丈夫なの!?」


 騎士さんの方も終わってこっちに駆けつけてきたみたい。アレンの姿を見るなり今にも泣きそうになっていたけれど。


「ご主人さまは……。でかい怪物、やっつけて……それで……それでぇ……!!」


 もう枯れたかと思っていた。けど、ポロポロと目から溢れるのはなんだろう。悲しくなるのはなんでだろう。もう振り切ったと思ってたのに。

 わたしの姿を見て、騎士も理解をして下を向いた。


「――……ぁ? お通夜かなんか、か……?」

「「え……?」」


 フラフラと頭を揺らしながら、金色の瞳と目が合う。ご主人さまが起き上がってた。


「ぁ、え……? 生きてる……?」

「んー……? 俺も死んだと思ったけど、なんか生きててウケるな。足やらなんやらがクソいてぇけど……」

「う……ごしゅじんさまぁ……!」

「痛い痛い!!! 乗っかるのやめろ!!!!」


 嬉しくてもう何も考えられなかった。もう手放したくなかった、失いたくなかった。だから体が勝手に動いて、ご主人さまを抱きしめていた。

 ボロボロとご主人さまの服を濡らして暖かさを感じる。


 騎士も小さく『よかった』と声を漏らしていた。


 本当に……よかった……。


 ――しかし、忘れていた。

 〝切り札は何枚あってもいい。最低でも〟。


 最後の切り札が、発動してしまっていたらしい。


 ――【顕現マニフェステイション:死之神タナトス】。

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