役職、無生物テイマーです 〜テイマーなのに魔物が使役できなかったが、物質やスキルなどの無生物がテイムできました〜

海夏世もみじ(カエデウマ)

第1話 [無生物テイマー、爆誕]

 〝役職〟。

 それはこの世界で生まれた人間なら誰しも持っているもの。その役職によって人生が決まると言っても過言ではないほど重要なものだ。

 俺にも勿論役職はある。使役者テイマーという、魔物などを使役して戦わせる、冒険者に向いている役職だった。

 しかし、


 ゴブリンも、低クラスのスライムも。子供でも倒せるホーンラビットでさえ、俺はテイムすることができなかった。

 そのことで親からは追放され、今では『紅蓮の拳』というギルドで雑用の仕事をしている。宝の持ち腐れとはまさにこのこと。


「おいアレン!! さっさと飯運べグズ助が!!」

「はい……すんません」


 名前を呼ばれる時はいつだって怒号か嘲笑の篭ったものしかない。だがいい加減この生活が続きすぎているため、もうなにも感じなくなってきている。


 酒と飯を手に持ち、ギルドの中央までそれを運び始める。

 まだ昼間だというのに酒を飲み、暴れる冒険者が多数だ。依頼をこなすわけでもなくここで酔っ払っている。こんなゴブリンみたいな奴らより真面目に働いている俺はまだマシだと心の中で呟く。そうしてないと居場所がなくなり、潰されそうな感覚に襲われたからだ。

 ちゃんと役職を使うことができている時点で俺より優れているということはわかりきっている。


 言われた通りの場所まで料理を運び、再び料理場まで戻ろうとした時、俺の名前が呼ばれた。


「おいアレン、ちょっとこっち来いよ」

「……うす」


 この冒険者ギルドでは嫌な意味で俺の名前は知れ渡っている。だからバカにしてきたり殴ったりと、ストレスの捌け口としてよく名前を呼ばれることが多々ある。

 今名前を呼んできた冒険者のガットもそのうちの一人だ。俺に無理難題をふっかけては失敗させる。それで罰ゲームと称し、殴りかかってくる。

 役職は拳士ナックルマスター。文字通り殴るのが得意な役職だ。なにもテイムできない俺はこいつに敵うわけがない。


「何か用ですか」

「お前って確かテイマーだろぉ? な〜んにもテイムできねぇけどなァ! ガッハッハっ!!」

「…………」

「……は? テメェも笑えよ。オレが面白ェこと言ってんのによォ!!!」

「ぐっ……!!」


 頭を鷲掴みにされ、机に叩きつけられる。酒がや食べ物が宙を舞い、ピチャピチャと生暖かいものが顔に落ちる。

 理不尽だ。コイツの話は全くもって面白くないというのに笑えと? スライムを一時間観察してる方がよっぽど面白いというのに。


「まァいいぜ。今からゲームをしてもらう」

「はぁ、またゲームっすか……?」

「あぁ。そこにゴミ箱があんだろォ? 立派な立〜派なテイマーという役職を持ってるテメェなら、そのゴミ箱もテイムできるよなァ」


 テイマーという役職は古くから存在する役職だ。何が可能で何が不可能かも研究が進んでいる。ゴミ箱……もとい、無生物をテイムできたなんて事実は存在しない。

 それを分かった上でコイツは俺に無理難題をふっかけてきているのだろう。


「ちなみにできなかった分罰ゲームな!」


 ゲラゲラと酒を浴びるように飲みながら笑っている。人が苦しむ姿を見つつ、ただただ三大欲求を満たす。ゴブリンとなんら変わりないじゃないか。俺が討伐依頼を出してやろうか。


「おいおい、そりゃ流石に無理じゃねぇ?」

「罰ゲームは俺参加させてくれ。もちろんやる方な!」

「罰ゲームされてキッチンにも戻れない、かわいそ〜ww」

「役職使えない方がダメだろ!」


 もちろん誰も擁護無しで味方おらず。俺がアウェイな状況だ。

 やらなきゃやられる。やってもやられる。どこまでも不遇だが、明日のお日様を拝むためにはこの苦しみに耐えなければいけない。


「……【使役テイム】」


 掌をゴミ箱にかざし、力を込めてボソッと呟く。

 シーンと、一瞬ギルド内は静寂に包まれる。しかし次の瞬間、耳を穿つようにうるさい笑い声しか包まれなくなる。


「ギャハハハハ!!!」

「ガチでやりやがったぜコイツ!」

「ひ〜! 涙止まんな!」

「ドヤ顔で『テイムっ……』。無理ww」

「哀れすぎて……ぷっ、くくくっ!!」

「テイマーって生きてるもんしかテイムできないんだぜテイマーきゅ〜ん?」


 んなこと知ってるわボケ。どれだけ勉強してきたと思ってる。脳みそが骨粗鬆症並みにスッカスカのお前らよりパンパンに詰まってんだよ。


 もはや羞恥心とかは無く、虚ろな山吹色の瞳を地面に向けながら深い溜息を吐く。そんな溜息さえ笑い声で掻き消されることに腹も立たない。


「はい、じゃあ罰ゲーム執行なァ〜」


 ガットは椅子から立ち上がり、ポキポキと指を鳴らし始める。

 傷を治す用のポーションは高いし金ないしなぁ……。自然治癒で治すしかないか。


 一歩ずつ俺に近づき、拳を振り上げた瞬間。


 ――ガコッ


「〜〜ッ!? 〜〜!!!!」

「……? は?」


 目の前にはなんと、ゴミ箱を頭からかぶるガットの姿があった。中で何かを叫んでいるが、吃って何を言っているのかわからなかった。

 笑いが込み上げてくるより先に疑問が込み上げてきた。


「っ! オイ! オレに被せたやつァ誰だ!!」


 こめかみに血管を浮かべて怒鳴り散らかしているが、周囲は首を横にブンブン振っている。

 目を閉じていたから俺も何が起こったかわかっていない。


「ア〜もういい! アレンをぶっ飛ばしてストレス発散するぜ!!!!」


 怒り狂った拳が俺に再び飛んできそうになった瞬間、床に落ちていたゴミ箱がガットの頭に

 魔法で動かしている傍観者もいなさそうだったし、特段普通の樽のゴミ箱が一人でに動き出したのだ。


 まるで俺を守るように……。


「ッァアアアア!!! んだよクソがァ!!!!」


 ――スカッ


 ガットの足は空を蹴り、その場ですっ転ぶ。そいつの顔はまるで火山だ。今にも噴火しそう……というか、噴火してる。真っ赤な顔で息が荒く、腹の底から怒号を解き放っていた。


「もしかして本当にテイムできてたのか……!? ……やってみるか。――【使役テイム】」


 右手は机、左手は椅子にかざしてそう呟いた。


「このゴミ箱止めてアレンぶっ殺すぞ!!」

「「「「「うぉおおお!!!」」」」」


 ――カタッ……カタカタカタッ!!


「ギャー!! 椅子が襲ってきやがる!」

「重い重い重い重い!!!」


 椅子はまるで馬のように室内を駆け回って冒険者たちを蹴って行き、机は思い切りのしかかって潰す勢いだ。

 この摩訶不思議な光景を見て、必然的に俺の口角は上がっていた。


「ふ……ははっ、はっはっは!! 【使役テイム】!!!」


 混乱に包まれている中、俺は室内を駆け回ってありとあらゆるものに「テイム」と声をかける。

 ロウソクの火、冒険者の剣や盾、ナイフとフォーク……。俺がテイムしたものは勝手に動き出し、冒険者たちに襲いかかる。

 魔物を何千と倒した冒険者だとしても、日常的にある物質と戦ったことがあるはずない。対処法も分からず、ただただ蹂躙される。


 ロウソクの火は冒険者たちの頭を転々とし、剣は服をズタズタに裂き、ナイフとフォークはチクチクと皮膚を突き刺している。

 阿鼻叫喚するギルド内を見て、爽快感で満たされる。


 こんなに楽しかったのは何年ぶりだろう……。


「あっはっはっは!!」


 この瞬間、本当の俺が生まれたと思えた。

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