3-2 出来ること

「ごっちそーうさまでしたー!」

「ごちそうさまでしたー」

「……ごちそうさまでした」


 きゅうきゅう。


「ん、おそまつさまでした」


 ぱん、と手を勢いよく合わせ、満腹の幸せを全身で表しながら食後を表明した姉、続いた二名+一匹に、順にデザートを配膳する。

 大入りのアイスに缶詰フルーツの盛り合わせ。二人がかりで消費すると(姉の)体重に大きく影響する要配慮の代物だが、食いでがある時には分量の調節が出来てよい。


 小動物――名前はヌーズというらしい――には、買い置きフルーツをカットしたものを何きれか供出。下手をすると面々の中で一番行儀がいいので、食事担当権限でちょっと多めに与えている。


「んぅー、おいひーい!! おっきなアイスとあまーい缶詰は、全国の小っちゃい子の夢だよね!」

「うまいうまい」


 小っちゃい子の夢を全霊で堪能するいい歳の社会人・姉。その隣、職業上どうなのか、と突っ込まざるを得ない豪快な一口でアイスを味わっているのは由祈。向かいには悠乃が座り、机上に置かれた自分の分のデザートと見つめ合っている。


「入るか、悠乃」


 聞いたところ、食事そのものをあまり摂らない、ということだったので、配慮して全体の量を少なめにした。が、実際に出すのはこれが初めてだ。今後のためにも、参考に情報は得ておきたい。


「迷ったらフルーツだけでも食っとけ。栄養価的にはそっちの方が大事だ」

「要らなかったら貰っていい?」

「あー! 由祈ちゃんそこは公平にじゃんけん! じゃんけんで!」

「グーで勝つ」

「おかわり盛ってやるから心理戦仕掛けてないで座れ。姉さんも」


 騒がしいやり取りを尻目に、ゆっくりとしたスプーン運びでアイスを口に運ぶ悠乃。


 はむ。


 しゃくすること数秒、飲み込むのに一秒。


 間。

 白熱していた二名も、その動きにしばし注意を奪われる。


「……美味しい」

「おお、デビュー」

「庶民派の喜びにようこそ文香ちゃーん!」


 快哉に目をぱちぱちとしばたたかせながら、こちらを見る悠乃。

 結局その後、フルーツの方も悠乃は食べることが出来、初めての夕食は無事に終了した。




「……佑」

「悠乃か。どうした?」


 夜。明日の仕込みを終えて洗い物をしていると、俺の部屋から出て来た悠乃に声をかけられる。

 腹もふくれ、予想通り「泊まってく」と言い出した由祈に、ゲームでの対戦を挑まれていたのである。

 少しだけ様子を見たが、「やったことがない」という割には善戦、没頭していて、楽しんでいるようなら、と思って部屋を空けていた。

 人間離れした動体視力があっても、経験から来る腕前の差は覆しようがないのか、連敗していたが。


「行くわ。他の候補者たちの動向を監視する」

「……ああ」


 頷く。

 候補者たちというのは、俺以外に覚徒として目覚める可能性があった、ここ桜架市に住む人々のことだ。

 全員に覚醒の予兆――夢などを介した識域観測の痕跡が見られたため、事件関係者・被害者になる可能性を視野に入れて、捜査の傍ら様子を見るのだという。


「一帯に結界を張ったから、朝になるか、戻ってくるまで出ないで。二人にも、同じ内容の暗示をかけてある」


 そう告げる悠乃は、いつかの識域で出会った時と同じ黒衣。肩にはヌーズを乗せている。


「それじゃ」


 踵を返し、立ち去ろうとする小さな輪郭シルエット

 その背には、単純な緊張とは別種の、張り詰めた気配がある。

 俺の今までの日常では、一度も触れたことのなかった感覚。昼の戦いを見ていたおかげで、それが、命のやり取りに赴く人間の纏う気配だということがわかった。


 わかった、から。


「――なあ」

「何」


 黒衣の少女が振り返る。

 少し躊躇ったが、聞いた。


「何か、俺に出来ることってないか」


 悠乃を見る。俺より二回りは小さい体躯。人によっては歳幼くも見るだろう相貌。


 強さについてはよく知っている。昼、識域での戦いに立ち会い、守られた後だ。今さら疑うつもりもない。

 けれど、悠乃が俺と同じ年頃の、歳相応か、あるいはそれより幼いところを持った少女であることも、一つの事実なのだ。

 そんなこいつに、俺が全てを預けて安んじてしまうのは、間違っているような気がする。


 もし俺にがあるなら、少しでも荷を背負えないかと、そう思うのだ。

 例えば、


 ――どくん。


 今は何のも浮かんでいない、右手の鼓動を感触する。

 すぐに悠乃と同じことは出来ないかもしれない。

 けれど。


「……あるわ」


 沈黙の後、黒衣の少女はそう言った。


「捜査が進めば、貴方の持つ情報が意味を持つようになるはず。それまで、貴方は自分の日常を守っていて。――お姉さんも、大﨑さんも。いい人たちだと、思うから」

「悠乃……」


 たぶん、悠乃は俺の考えていることを察していたのだと思う。

 その上で、大切なものをわきまえろと、暗にそう告げたのだ。


「――ご飯、私にもご馳走してくれてありがとう。美味しかった」


 それだけ言い残して、扉が開き、閉まる。小さな空気の対流を残して、リビングには俺一人が残される。


 その夜、悠乃は戻ってこなかった。


 色々なことがありすぎて、身体も頭も疲れていたが、なかなか寝付けなかった。

 気が立っている時に特有の、過敏になった触覚で、守られているという空間の閉塞感を感じながら、途切れ途切れに断線するように眠った。

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