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呪われた家

第0話 呪われた家

 誰が言ったのかは、分からない。だが、そう言われているのは確かだった。「あの家に近づいてはならない。家の中に少しでも入れば、その人間は確実に呪われる」と言う。普通の常識では信じられないが、それが昔から言われている以上、その話を信じないわけにはいかなった。


 自分達がどんなに拒んでも、件の家は「そこ」にある。町の中心市街地から離れた田園地帯に「ポツン」と建っている。周りの家々から捨てられて、その孤独な一軒家を保っていた。彼等は、そんなホラーに惹かれた。町の人々から「止めておけ」と言われる怪異に愚かな好奇心を抱いた。


 。深夜二時頃に家の前を通った人々は揃って、二階の窓から下を見下ろす影……つまりは、男の幽霊を見ていたから。いつもの溜まり場で、「それ」を話さずにはいられなかった。


 彼等は家の話で盛り上がり、それに「ああだ、こうだ」の推察を入れて、お決まりの「肝試しに行こう!」を叫んだ。「明日は、休みだからさ? 今日の夜あたりに行ってみねぇ?」

 

 残りの面々も、その誘いにうなずいた。彼等は「肝試し」と言う遊び、そして、「深夜に出かける」と言う興奮に酔って、校則ガン無視の夜遊びに繰りだした。が、それが災いの元。多くの心霊経験者が言う、「恐怖」と言う物を味わう事になる……。

 

 彼等は、夜の町に繰りだした。見た目から「高校生」とは見られない服を着て、大人の目を見事に擦りぬけたのである。彼等は件の家に着くと、「先に行く男女のペア」と「後に行く男女のペア」を決めて、立ち入り禁止のロープを跨いだ。ロープの向こう側は、闇だった。家の周りに外灯が無い事もあって、スマホか懐中電灯の明かりが無ければ、自分の足下さえ見えなかった。


 彼等は、その闇に震えた。「夜遊び」には慣れている彼等だが、こんなに暗い場所は見た事がない。家の敷地を歩いた時はもちろん、そこから家の中に入った時も震えてしまった。彼等は「恐怖」と「下心」の間を立って、この危ない遊びを楽しみはじめた。「静かだな」

 

 そう呟く男子に女子も「そうだね」とうなずいた。二人は「先行隊の洗礼」として、幽霊の存在だけではなく、「家の中に何があるのか?」も確かめた。家の中には、普通の家具が置かれていた。家具の損傷は著しかったものの、それ等に異常らしい物は見られない。化粧台の鏡には「ひぇ!」と驚いてしまったが、それにも変な物は写っていなかった。

 

 先行隊は、その光景に肩を落とした。何かが見えたら怖いが、何も見えないのは呆れる。肝試しの醍醐味が、まったく味わえない。彼等は「それ」に溜め息をつくと、埃だらけの廊下を進んで、家の奥に向かった。家の奥には、仏間があった。それも、ただの仏間ではなく。家の住人が置いていったらしい諸々が、そのご先祖様らしき写真に加えて、そこ等中に置いてあった。


 先行隊はまた、目の前の光景に震えた。床の上に置かれている物も怖いが、部屋の上部に掛けられている写真達も怖い。。観音開きの扉が開かれている仏壇も、そこに乗せられた線香立てが、彼等の恐怖心を煽っていた。

 

 選考隊は、その威圧感に顔を見合わせた。部屋の圧力に負けて、「ここに居ては、不味い」と思ったらしい。今まで良からぬ妄想に耽っていた男子も、女子の手に手を伸ばして、彼女に「今すぐ出よう」と言った。「ここ、滅茶苦茶ヤバイ。すぐに出ないと」

 

 男子は女子の手を引いて、部屋の中から走りだそうとした。が、どうしたのだろう? 肝心の女子が、動かない。何かを怖がるような顔で、その場に立ちすくんでいる。男子から「逃げるぞ!」と怒鳴られても、その場から決して動こうとしなかった。

 

 男子は、その態度に苛々した。ここに居たら危険な事は、彼女も分かっている筈なのに? 彼女から聞える返事は、「ああ、うん」の一つしかなかった。男子は、その反応に焦った。これは、どう考えても不味い。彼女の体に何か、自分には分からない異変が起きている。仏壇の鐘をじっと見つめる視線からは、彼女以外の気配が感じられた。

 

 男子は、その気配に震えた。これはもう、助けを呼ぶしかない。学校では「パパ活女子」と言われている彼女だが、「それでも死なせてはダメだ」と思った。ここで彼女を救えば、彼女の好感度も上げられるし。「ヤバイ場所から女子を救った」となれば、学校の連中も自分に一目置くだろう。それは年頃の彼にとって、この上ない快感だった。


 彼は男の腕力に頼って、彼女の体を抱きかかえた。彼女の体は、重かった。それも、普通の重さではなく。彼女の上に何かが乗っかっているような重さだった。男子は「それ」を不審に思ったものの、先程の欲望をふと思いだして、部屋の中から飛びだした。


 部屋の外は、暗かった。そこから伸びる廊下も、廊下の先にある玄関も。すべてが入る前よりも暗くなっていた。彼は玄関の扉を蹴破ると、月明かりの消えた外に出て、後発隊が控える場所に向かった。


 が、おかしい。自分と女子の自転車は残っていたが、仲間達の自転車がどこにも見られなかった。その持ち主たる、男女の二人も。彼等の事を置いて、忽然と消えてしまったのである。男子は、その光景に崩れおちた。「逃げやがって」

 

 自分達の事を置いて。アイツ等は(たぶん、怖くなって)、この場から逃げ去ったのである。小学校からずっと一緒だった、彼等を。男子は「それ」に怒って、地面の上を殴った。「ふざけんな! ふざけんな!」

 

 俺達をよくも! そう言いかけた瞬間、「え?」と固まった。彼は異様な空気に震えて、家の二階を見上げた。家の二階には誰か、その窓から自分達を見下ろす誰かが居る。その輪郭から「男」と思われる人物が、不気味な顔で自分達を見下ろしていた。彼は相手の視線に負けて、女子の隣に「うっ!」と倒れてしまった。

 


 ……そこから先はよく、覚えていない。自分の部屋で目覚めたのは確かだが、その原因はまったく分からなかった。「あの場所から帰ってきた」と言う事は、「誰かがこの場所に自分を運んだ」と言う事。少なくとも、「あの場所で自分を見つけた者が居る」と言う事だ。


 あそこで自分を見つけた者が居るなら、自分の両親にも「肝試し」が知られているかも知れない。そうなれば、色々と厄介である。ただでさえ素行不良な自分達が、「あんな場所に行った」と知られたら? 彼は僅かな望みに賭けて、昨日の仲間達に電話を掛けた。

 

 仲間達は、その電話に出た。「何だ? どうした?」と言う風に。彼等は呆れた口調で、彼の電話を笑った。が、それが彼には許せない。昨日は自分を裏切って置きながら、詫びの一つも入れない彼が許せなかった。彼は、彼等に自分の怒りをぶつけた。「昨日はどうして、逃げたんだ」と言う怒りを。有りっ丈の怒声で、罵ってやった。「お前等、そんなに薄情だったのかよ?」

 

 相手は、その言葉に首を傾げた。特に親友の男子は、彼が何を言っているのか分からないらしい。彼が自分に「とぼけんじゃねぇ」と怒鳴った時も、それに怒鳴りかえすどころか、反対に「何を言っているんだ?」と聞きかえしてしまった。「昨日はお前、俺の家に泊まっただろう? 俺の親が夜勤だったからさ? 朝までずっと、ゲームしていたじゃない?」

 

 彼は、その言葉に押しだまった。本当は、「嘘を付くな!」と言いかえしたかったのに。昨夜の事をふと思いだして、その反論をすっかり忘れてしまった。彼は「そんなのは、ありえない」と思ったが、後発隊だった女子も彼に同じ事を言ったため、心の何処かで「もしかして?」と思いはじめた。「?」

 

 人間の記憶が置きかわる。それが、アイツを見た呪いなのか? 彼はその不安に襲われたが、最大の被害者を思いだすと、彼女の安否が気になって、後発隊の女子に「それ」を聞いた。「アイツは、どうなった?」


 その答えは、「なに言っているの?」だった。「昨日の放課後に言ったじゃない? 『あたしとオールする』って。アンタ達は、『行かない』って言ったけど?」


 彼女は、相手に「だいじょうぶ?」と聞いた。彼の様子が、それだけおかしかったらしい。「最近遊びすぎたから、疲れた?」


 男子は、その質問に答えなかった。「これ以上は、話したくない」と思ったから。彼女の「ちょっと!」も、無視してしまった。彼はベッドの上にスマホを放って、自分の頭を掻いた。「なんだよ? 一体、どうなっているんだよ?」


 誰か教えてくれ。そう呟いた彼が思いついたのは、自分の相棒に電話を掛ける事だった。自分と一緒にヤバイ事を味わった彼女のならきっと、二人とは違う反応が返ってくる筈だ。そう考えて、彼女のスマホに電話を掛けた。「出てくれ、出てくれ、出てくれ」


 出た。六回目のコールで、ようやく出てくれた。相手は彼に叩き起こされたのがご立腹だったらしく、彼の「もしもし」にも「なに?」と怒鳴りつけた。「今、爆睡中だったんだけど?」


 男子は、その声を無視した。そんな事は、どうでもいい。彼女が寝不足であろうと何だろうと、それが本物であるかが大事だった。彼女がもし、本物でなければ。この電話もまた、「アイツの仕業」と言う事になる。幽霊が自分を騙しているなら、それに騙されない事が重要だった。彼は相手の正体を窺うような口調で、相手に昨日の事をゆっくりと確かめた。


「昨日の夜、なんだけど?」


「昨日の夜? ……ああ」


 彼女は一つ、溜め息をついた。まるで、彼の事を咎めるように。「どうして、うちらと来なかったの? 『一緒にカラオケ行こう』って言ったのに? うちら、楽しみにしていたのにさ?」


 男子は、その言葉にうつむいた。そんな約束は、覚えていない。彼女は自分と、あの家に入った筈だ。あの呪われた家に、悪霊の住まう家に。家の中に入って、「恐怖」を覚えた筈である。彼は残りの気力を振り絞って、彼女にその疑問を投げかけた。


 が、それも無駄な足掻きだったらしい。相手は、彼の話に「?」マークだった。挙げ句は、彼に「怖がりのアンタが、肝試し?」と笑いだす始末。彼女は相手の反論を無視して、その通話を「眠いから」と切った。

 

 男子は、その余韻に呆然とした。ここまで来ればもう、泣くしかない。家の一階から「ごはんだよ」と呼ばれようが、その涙を流しつづけるしかなかった。彼はしばらく泣いて、両目の涙を拭った。「あそこにまた、行ってみよう。あそこに行けば」



 。「そう考えてからもう、十年が経ってしまいました」

 

 彼は恥ずかしげな顔で、目の前の上司に微笑んだ。上司は自分のグラスを傾けて、彼の話に聞き入っている。「マジであっと言う間です。月日がこんなに早いなんて、思わなかった」

 

 上司は、その話に目を細めた。真面目な性格の彼が、「こんな作り話をする」とは思えない。ましてや、自分とサシで飲んでまで。こんな下らない話は、「持ち出さない」と思った。上司はグラスの残りをあおって、彼に話の続きを促した。「それで、何か分かったのかい?」

 

 その答えは、「何も分かりません」だった。「本当に何も分からなかったんです。どんな人に聞いても、みんなのアリバイは完璧だった。親友の家には、防犯カメラがありますからね。カメラの電源は、親友の両親だけが弄られる。あの日は、俺もカメラに映っていた。俺が朝、親友の家から出て行くところも。俺は自分の言うような、肝試しに行くような事はできなかったんです」

 

 上司はまた、彼の話に口をつぐんだ。それが本当ならば、彼は本当に記憶違いを起こしている。彼が医学的な病気を抱えているならば。「病院には、行ったのかい?」

 

 その答えも、「もちろんです」だった。「それが第一番でした。お化けの呪いを信じるよりも、そっちの方がまともでしょう? 町の心療内科に突っ走りました、自分の親も連れて。俺は、病院の医者に洗いざらいぶちまけた。でも……」

 

 薬を出されて終わりです。彼はそう、上司に微笑んだ。「医学なんて、そんなモンですよ。先生は、良い人だった。俺の話も、しっかり聞いてくれた。その上で、『これからの事』も考えてくれた。本当に立派な先生です。でも、それだけだ。カウンセリングは一流でも、それだけです。俺の問題は、消えない。俺が味わった体験も。俺は出された薬を飲んで、自分に『アレは、幻だった』と言いきかせた。

 そうしなければ、生きていけません。あの後も何回か、あの家に行ったけれど。分かった事は、何もなかった。二階の窓にも幽霊は居なかったし、家の中もただ荒れていただけだった。俺はせめてもの抵抗として、例の仏壇に線香を立てました。『俺が悪かったのなら、いくらでも謝る』と。檀家の寺や神社にも、お祓いを頼んだ。

 親の事を騙してね、お坊さん達にも口止めを頼みました。だけど、それも無意味だった。お坊さんも、神主さんも、『俺には何も憑いていない』と言ったんです。この目で、幽霊を見たのに? 俺には、『そう言う影は見られない』と言われました。アイツ等については、言葉を濁らされたけど。とにかく!」

 

 上司は、話の続きを遮った。「これ以上は、辛いだけだ」と思ったらしい。「忘れた方がいいよ」

 

 そう言うしかなかった。彼には、過去との決別が必要である。「世の中には、不思議な事がある。君はただ、その世界を知っただけだ」

 

 上司は「ニコッ」と笑って、二人分の勘定を払おうとした。が、相手は「それ」を許さないらしい。上役の厚意に手を伸ばすと、悲しげな顔で相手の目を見つめた。上司は彼の気迫に押されて、椅子の上に座りなおした。「どう、したんだい?」

 

 青年は、その言葉に唇を噛んだ。まるでそう、かつての自分を呪うように。「俺とペアになった女の子、先月事故で亡くなったんです。、体がペシャンコになってしまった。残りの二人も、になっています。どうして、そうなったのかは分からないけど。みんな、記憶の変わった連中だった」

 

 上司は、その話に言葉を失った。最早返す言葉も無い。ただ彼に謝って、二人分の勘定を払うだけだった。「と、とにかく、忘れた方がいい。君は、悪い夢を見た。たぶん、それだけなんだよ?」

 

 彼は、その言葉に首を振った。何処か諦めたような顔で。「だと、いいですね?」

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