誰かに必要とされたこと
「実を言うとね、ぼくは使者なんかじゃないんだ」
きっとロキは招かれざる客だろう。
エリサを先頭にして螺旋の塔を登る。アストリッドを抱えたイヴァンがつづき、そのあとをロキとユスティーナが追う。ユハは最後尾だ。
ユスティーナの告白は、ロキ以外の人間にも届いているはずなのに、みんなだんまりだった。あるいは周知の事実かもしれない。
「本土のイサヴェルでぼくは巫女みたいな扱いだけど、本職は魔女だよ。年寄りから若いのまでいろいろ。イサヴェルのお偉いさんに命じられて、シグ・ルーナを呪い殺すのが仕事」
「俺たち組織みたいだな」
「一緒にされるのはさすがに嫌だけど、まあ似たようなものだよ。でも、みんな失敗した」
「呪いで、殺された?」
「そう。呪詛返し」
なんでもないことのようにユスティーナは言うものの、ロキはますますエリサが怖くなった。
「まあ、もともとエリサは魔力が強かったんだろうね。業を煮やして、ぼくは使者としてエルムトに送られたんだ。直接行ってこいってね。でも、じいはエルムトでレムが生きてるって知って、すぐ白旗をあげたけど」
「つまりあんたたちは、狙われてたんじゃなくて、組織とグルだったってわけだ」
ユスティーナがくすっと笑う。
「あなたたちほど馬鹿じゃないよ。ぼくだって自分の命は惜しいからね。エリサに会ってはっきりわかったよ。ぼくじゃ、敵わないって。それ以来、エリサは茶飲み友達」
なるほど、合点がいった。ロキはユスティーナを睨みつける。
「あんたもユハも、裏切り者ってわけだ」
組織の協力者は複数いた。おかげでロキは上手く立ち回れたわけだが、内通者だらけのエルムトは問題がありすぎる。
「坊やは、名探偵にでもなったつもりかしら?」
「よせ、エリサ。俺も……、どういうことなのか、知りたい」
さも愉快そうに笑うエリサを、イヴァンが
ロキはちらっとユハを見た。それなら、本人の口から言わせればいい。それなのに、ユハはロキと目が合っても
「当ててあげようか? ユハはただ、エリサを守りたかっただけだよ」
差し出口をたたくのはユスティーナだ。
「だって、そうでしょ?
「ユハはエリサを庇ったが、俺のダガーを避けなかった」
「そう。それこそ、何よりの証じゃない?
「ずいぶん勝手だな」
それがロキの感想だ。
ユハ当人はともかくとして、エリサもイヴァンも黙りこくっている。ユスティーナの推理もきっと正しい。
「でも、そのおかげで、エリサは巫女から逃れられた。ユハの思惑通りだよ」
ロキは舌打ちする。ユスティーナはそのおかげなどと簡単に言うが、そのせいでエルムトは三年ものあいだ氷と雪に閉ざされた。
暗殺を試みた張本人であるロキが言えることではないが、代償が大きすぎるだろう。
それに、アストリッド。
エリサは巫女から解放されたとして、どうなった? 次に選ばれたのはアストリッドだ。
「あんたたちのせいで、アストリッドは……」
「だったら、坊やはどうするの?」
挑発だ。乗ってはならないと、ロキは自分に言いきかせる。
「よせ、エリサ。ロキも……、もうよそう。ユハを責めるのは間違っている」
アストリッドの養父をロキは信用している。ここにいる彼だけが、アストリッドを裏切ったりしないからだ。
「でも、イヴァンは自分の責任だと思ってる」
「エリサ、それは」
「ちがうの? いいえ、嘘。イヴァンはすぐに、なにもかもを自分一人で背負おうとする。もう、やめましょう。そういうとこ、兄さんの悪いところよ。レムにもよく言われるでしょ?」
「だが、エリサ」
「二度は言わない」
兄妹喧嘩というものは、こういうものなのだろうか。力関係はエリサが上のようにロキには思える。
「誰にだって優先順位はあるもの。それは悪いことじゃないわ。……そうでしょ? 坊や」
水を向けられてロキはドキッとする。同時にエリサを見くびってた自分を恥じた。ユスティーナが敵わないのにロキがエリサに敵うはずもない。
「あんたたちの事情なんてどうだっていい。俺はアストリッドを助けられたらそれで」
「うふふ。物の頼み方を知らない坊やだこと。でも、レムが坊やを引き取った理由がちょっとわかったわ。あなた、可愛いもの」
反論しようとしてロキは唇を閉じた。
だめだ、エリサには敵わない。
組織が躍起になって
たぶん、先代の
最上階に着いた。祈りの間で寝かされたアストリッドを取り囲むように、エリサとユスティーナが祈りを捧げる。二人を信じているのかイヴァンは無言でいる。
俺は、どうすればいい?
ロキはユハを見た。さっきロキに裏切り者扱いされたユハだが、気にしてはいないらしく、
「君を、過去へと送りましょう」
「過去?」
突拍子もない発言にロキは眉を寄せる。さっきからまじないやら魔法やら、理解が追いつかないことだらけで頭が混乱している。
「アストリッドは
「俺は……。俺には、そんな資格がない」
「頼む、ロキ」
ロキはまじろいだ。イヴァンがこんな顔をするとは思わなかった。
でもそれは当然なのかもしれない。
アストリッドはイヴァンにとって大切な娘だ。雪原にて、アストリッドに助けられたあとから、イヴァンはずっとロキを警戒していた。レムという前例があった上に、ロキはアストリッドにとってもっとも近しい存在となったからだ。
「約束したんだ。アストリッドの本当の父親と。だから、頼む。どうか、アストリッドを……」
ロキはイヴァンが泣いているように見えた。だから余計に動揺してしまっていた。
こんな風に人に頭をさげられたり必要とされたりすることなんてなかった。いつだってロキの代わりはいた。組織はそういうところだった。
「わかった」
ロキは跪き、アストリッドの手を取る。ユハの手がロキの肩に触れた。身体に流れ込んでくるのはユハの魔力なのだろう。
「でも、ロキ。ひとつだけ、言っておきます。過去に戻ったとして、すでに起こったことを変えられる保証はありません。それに上手くいったとしても、君が君でなくなる」
「かまわない」
即答したロキに、それ以上ユハは声を落とさなかった。ロキは瞼を閉じて念じる。
だいじょうぶだ。きっと、アストリッドにまた会える。
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