彼を見つけた
「ちょっと、そんなに泣くことないじゃない」
ヘルガに背中を擦ってもらいながら、アストリッドはしくしく泣きつづけた。レムが
「うっ、うっ。ひどい。あんまりよ。はじめて、だったのに……」
「ほんっと、可愛いわね。あなた」
ころころ笑う
アストリッドは
そんなことにはならない。アストリッドはそう思っている。でも、はじめてのキスは好きな人がよかった。そのくらいの乙女心は持ったままでもいいではないか。
「うっ。うっ。舌が、舌が……」
はじめての相手が女性だった上にディープキスである。腰砕けになったアストリッドはそんな自分にもショックを受けた。
レムが
「そんなに泣かれると、さすがのあたしもショック受けちゃうわよ」
それはこっちの台詞です。
そう言ってやりたいのに、アストリッドには勇気が出ない。今度はもっとひどいことをされそうだ。
「お言葉ですが、ベナ・ソアレ。アストリッドはワルキューレとして、ケルムトに訪れました。巫女の行為はあまりに無礼ではありませんか?」
背中を丸めて泣きつづけるアストリッドを見かねたのだろう。ヘルガは悠然として
「やあだ。いるじゃない。とびっきり美人な子が」
舌舐めずりする
「はいはい、そこまでだよ。さすがに悪ふざけがすぎる」
「だって、イヴァンが来ると思ってたんだもの」
「代わりに僕が来たでしょ。お望みとあらば、一晩くらいは付き合うけど?」
「いやあよ。あなた、あたしのタイプじゃないもの」
レムと
もしかして、父さんが来なかったのは、
アストリッドは頭をぶんぶん振って、悪い想像を追い払う。養父のイヴァンと
「冗談はさておき。ちょっと、あなたたち。あたしに付き合いなさいな」
「明日はパレードがあるの。連れて行ってあげる」
「パレード?」
「そうよ。ケルムトではね、月に一度だけ巫女が民衆の前に姿を現せるの」
アストリッドは瞬いた。
「それって、危なくないですか……?」
「そうよ。だから、あなたたちは護衛」
連れて行ってあげるのではなく、強制だ。アストリッドの唇がひくひくしはじめる。
「こらこら、勝手に決めるんじゃないの」
「うるさいわねえ、小姑じゃあるまいし。レム、あんたにはちゃあんと他に仕事をあげるわよ」
「あの、仕事って……?」
「うふ。そんなにこわがらなくてもいいのよ? ちょっとね、鼠がそこらでチョロチョロしているから、目障りでしょう?」
「はいはい。僕はケルムトまで来てネズミ退治ね」
とは言いつつも、レムはなんだかたのしそうだ。
「でも、先生が別行動なんて。やっぱり、危なくないです?」
自信がないのかと問われたら、答えはノーだ。ただ、アストリッドは自分たちの力を過信してはいない。
「だいじょうぶよ。セサルが近くにいるもの」
「セサルって?」
「嵐の獣だよ。アスラちゃん」
アストリッドは
「いまはね、お父さまに貸してあげてるの。セサルはお父さまのお気に入りだから」
「はあ……」
彼女の父親はケルムトの太守だ。
「部屋を用意してあげるから、今日はそこで休みなさいな。明日の夕方、またいらっしゃい。面白いものが、見れるわよ」
ご厚意に甘えて、アストリッドとヘルガは
ひさしぶりの一人部屋を堪能したあと、ベッドに転がったアストリッドはじわじわとあの感触を思い出しては、恥ずかしいやら悲しいやらでまた泣いた。
翌日、指定された時間に出向くと
アストリッドは思わず悲鳴をあげる。なんて大きい生きものなのだろうか。こわいよりも驚きの方が勝ってしまう。象と言う名の巨大な生きものなんて、はじめてだ。
慣れた様子で象に乗る
ほどなくして、パレードがはじまる。
馬にも乗ったことのないアストリッドである。そのなんともいえない乗り心地に慣れないものの、ここで
大通りは民衆で埋め尽くされている。そのほとんどが褐色の肌だった。だからこそ、彼の白膚は目立つ。アストリッドはそのたくさんの人のなかで、彼を見つけた。あちらもアストリッドを見ていた。
ロキだ。アストリッドの唇が、そう動く。
そのとき、空から一匹の美しい孔雀が舞い降りた。
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