2-6 意外としっかりしているんですね
「わぁ」空席の一つに腰掛けた
漆塗りと思われる和風の角皿に、愛きょうのあるカエルのデザインのまんじゅうが載せられていた。乳白色の生地が見た目にも柔らかで、菓子ようじを傍らに皿の中央でチョコンとたたずむ姿が可愛らしい。
「『カエルまんじゅう』っていうお菓子で、所長の友達が名古屋に行ったお土産にくれたんだって」
「え」
「いいんじゃないかな?」
「え」
どうしてこのタイミングで疑問形なのか。
判断できず当惑する子供をよそに、大人が笑い出す。「みんな1つずつは食べたし、長持ちはしないから気にしないで! 美味しいよ!」
「お茶もどうぞ」と、やはり和風な湯飲みに淹れられた緑茶が丁寧に置かれた。
最高の組み合わせではないか――この光景だけで「来て良かった」と思ってしまう。女子として、頬が緩んでしまうのを必死に耐えた。
「ありがとうございます。いただきます」
家であれば手づかみでかぶり付いていたが、皿にようじまで出されてははしたないマネなどできない。はやる気持ちを抑えつつ皿を手に取り、ようじでカエルまんじゅうを一口大に切ってから口へ運ぶ。
舌に触れた瞬間、生地自体にほのかにミルクの甘味があるのがわかった。ゆっくりそしゃくすれば、しっとりとした食感と共に、ほんのりと焼きまんじゅうの香ばしさが鼻に抜ける。次いで、こしあんの上品な甘さが口いっぱいに広がった。幸せな味わいだ。
「よろこんでもらえて良かった」
すると相手は屈託なく笑う。「顔でわかるよ。
女子中学生は一気に顔が熱くなった。悪気なく言っているのは百も承知だが、恥ずかし過ぎる。
「私の顔のことよりも、話を聞かせてください!」本心を悟られまいと怒った態度を見せ、湯飲みを一口すすった。
お湯で溶かすインスタントタイプのようだったが、濃さも温度も丁度良い。こちらを子供扱いするような態度を取りながら抜け目ない「もてなし」をされては、素直に憎めないではないか。なんか、ズルい!
彼が「そんな話すことないけどねー」と付けながら立ち上がると、
「まず、
つまり、
「どうやって、ここを知るんですか? ホームページですか?」
探偵事務所というものがどの程度の密度で存在しているのか知らないが、他に頼む人がいないか、数ある中でここを選ぶ理由があるはずだ。
「ホームページはあるけど、お客さんが別の困ってる人にここを紹介してくれるケースが多いね。探偵事務所は実はそこら中にあるから」
そこら中にあるんだ。
陽気な案内人が足を止める。
「ここが、我らが
彼は紹介しながら、黒革張りの一目で高級だとわかるシートを片手で引いた。キャスターで滑らかに移動したイスの座面が流れる動きでこちらを向く。男性は片手の掌を上に向け、座面を示した。
座れ、と言っているのか? 良いの? とっさに声が出ずに
ドキドキしながら広い座面に腰を下ろす。想像以上に体が沈み、でん部が落下するような感覚に、慌てて肘掛けをつかんでしまう。
「あはは!」
何かと思ったら、これがやりたかったのか!
対する
瞬時に悟ったのであろう
「お、イケたね!」
低身長をイジられた気もするが、もう無視した。
「んでー、そっちが
その言葉が、思考の彼方へ追いやられていた興味を連れ戻す。
「探偵事務所なのに、引っ越し?」
ふと、先日閲覧したホームページにも「4つの分野のエキスパート」という文言があったのを思い出した。
「人生いろいろ、困りごともいろいろだから、対応できるようにしてるの! ちなみに僕は家の清掃・修繕、あとリフォームとかもやるよ。色んな資格も持ってるよー」
「へぇ、しっかりして――」口をついて出た言葉を押し込み、出し直した。「意外と、しっかりしているんですね」
一言添えてやらないと気が済まなかった。
「でしょ、でしょー!」
ところが、相手はとてもうれしそうに笑う。
ため息が出そうになる。すっかりもてあそばれていた。
「あとは、所長の奥さんで庶務係兼みんなのお母さんの、
「
「そうなの!?」
そうか、昨日も来たことはまだ話していなかった。
「はい。
「うわぁ、マジでごめんねぇ」
「いえ、私が勝手に来てるだけなので」
「お菓子いっぱい食べて!」
「えと……はい」
促されるまま二人でデスクに戻った。
「そいでー」
と、相手の顔が何かに気づいた風によそへ向く。
「お出ましだ」
声に釣られて振り向いた先で、
ドアが開いた。
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