1―8 家族でも、相手の心の底までは見えない
「
洗面所から
家の中とは言え、娘の粗相を大声で言わないでほしい。外にでも聞こえたら恥ずかしいではないか――という心の内は飲み込み、
「入れたよー!」
まず生姜焼きを頬張る。温め直したため肉は少し固いが、甘辛いタレがよく絡んでいて美味しい。母の作る食事はみんな絶品だ。二口目はご飯も口に入れて一緒にかんでしっかり味わう。みそ汁をゆっくり飲むと、体の芯から温まるようでほっとした。
「カバンの中にも入れたままにしてないか」
以前、体育の授業後に脱いだ体操服をカバンに入れたまま一晩置いてしまったことがある。気づいたのは翌朝で、母に怒られた後も一日中カバンから汗の匂いがしないか気にする羽目になった。繰り返してはならない過ちだ。
「母さん、お前を心配してご機嫌斜めだから、怒らせないようにな」
兄の提言に、妹は「なるほど」と思う。
と、危険要素を思いついた。
「じゃ、お父さんピンチだね」
「あ、確かに」
今日は金曜日。会社勤めの父の
口の中のポテトサラダを飲み込んでから結論を述べる。「早く部屋に行ったほうがいいね」
「そだな」
兄が肯定した時、当の母がリビングに戻ってきた。
彼女はこちらを見た瞬間、眉間にシワを寄せる。
兄妹に緊張が走った。
「どしたの」
と、
「アイス食べてんのね」母は間もなく表情を戻した。「お腹壊さないようにね」
「ダイジョブだよ」
後半に気遣いの言葉まで添えた。流石だ。
その間に兄は「勉強しなきゃ」と残して2階の自室へ行く。高校3年生は受験勉強で忙しそうだが、さっさと退散しようという魂胆もあるのだろう。
午後10時。父はまだ帰ってきていない。
自分も自室に籠もるとしよう。
「私も塾の宿題するー。おやすみ」
「そう。歯磨くのよ。おやすみー」
恐るべき母は、ヨギボーに体を預けてテレビを見た体勢のまま気の抜けたような声で返す。つい先ほどの剣幕から打って変わって怠けた姿だ。
娘は笑いそうになったが、なんとか耐えて「はーい」としっかり返事はしておく。
一見無害そうでも油断は禁物だ。
家族でも、相手の心の底までは見えない。
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