1-2 ウソでしょう
先ほど猫を見た場所へ行くと、ベンチにはまだ男性の姿が。
思わず「ウソでしょう」とつぶやき足を止めてしまう。
街灯に照らされる横顔はどこか物憂げで、まつ毛の長い目がいつまでも手元を見下ろしていた。
不気味とも神秘的とも取れる雰囲気に、だが
そんな自己分析をしながら、ベンチの近くまで歩を進めた。
「どうかしましたか」正面から声を掛ける。
すると、男性は1秒ほどの間を置いてようやく顔を上げた。それから更に記憶を探るように1秒間をかけてから驚いた顔をする。
「さっきの子?」
「はい」
問を重ねられた男性は観念したように、両手で大切そうに持っていた小さな箱をこちらに見える高さまで持ち上げて答える。
「この箱を開けたいんだけど、難儀してて」
「へぇ」
「うん」
「ウソでしょう」率直な感想が口を衝いて出る。
箱はマンガやゲームに出てくるような宝箱のデザインで、ダイアル錠が蓋を止めていた。難儀とは、ダイアル錠の番号がわからないということだろう。
「どうして、箱を開けたいんですか」と質問しようとしたが、先に相手が言葉を発した。
「パスワード解くのとか、得意?」
「え?」やぶから棒な質問だ。
答に窮していると、男性は箱を差し出しながら理由を告げる。「その制服、K中のだから、頭良いのかなって」
制服のブレザーには胸ポケット部分に校章が付いているため、それで判断したのだろう。
協力を仰いだ理由が何であれ、こちらは「みんなに優しく」がモットーである。謎解きに手を貸すのだってやぶさかではない。
中学生は推理を打ち切り、両手で箱を受け取る。片手でも持てる程度のサイズと重量だ。
「どうして、箱を開けたいんですか?」
やっと質問できた。
男性は思い出したように「ああ」と言って答える。「ちょっと、探偵の仕事でね」
「探偵?」
ドラマかアニメでしか聞いたことがない職業を耳にし、自然と相手へ目が向いた。イメージだが、警察と協力して未解決事件を捜査したり、黒の組織だか何だかと戦う人だ。この人が?
「そう。僕は
レイカン? 冷感? また気になるワードが登場した。「聞き間違いだろうか」と耳を疑っている内に、自称探偵は経緯説明を始める。
「依頼人は妻子持ちの会社員で、この箱は、依頼人の息子で小学一年生の男の子のオモチャ。その子のイタズラで、依頼人が仕事で使っているUSBを箱に隠しちゃったらしいんだ。
箱の蓋に付いてるダイアル錠は、開けている状態で番号を変更できるタイプの物で、番号は子供が決めたから依頼人はわからない。仕事で必要なのに子供に番号を教えてもらえない状態だから、どうにか開けてくれないかってさ。
僕もすぐに開けられるかなって思って安請け合いしちゃったんだけど、全然で」
彼はため息をつくと、左手を首の後ろにあてた。
「それは大変ですね。私は
内心では「子供の持ち物なのだろう」と予測を立てる。夕方に
「このリュックサックは、イタズラ坊やのやつ」
「奪い取ったんですか? 箱欲しさに」
「そんな酷い大人に見える?」
大人は即否定したが、経緯は「長くなるから省略する」と切ってしまった。
暴力を振るうような人には見えないが、中々多くを語ってくれない意地悪さと怪しさは感じる。
リュックサックをよく見てみると、肩ひもに細くて短い木の枝が引っ掛かっている。熱心に依頼に臨む几帳面な人という印象だったが、意外と物の扱いは雑なのかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます