Episode11

耕太と萌香は、退社してまずは自宅へと戻った。

戻ってみると、確かに隣の部屋がそれぞれの家だった。

入社して、次の春がくると1年が経つのに今まで気付かずにいた様だ。

あと15日も経てば今年も終わる。

萌香は、私服に着替える。

そして、耕太の家の呼び鈴を鳴らした。


「西崎さん・・・私服・・・可愛いですね」

「あ、ありがとうございます」


萌香の恰好は、パンツにパーカーなのだが、そのパーカーがフードや袖口がフリース素材で、裾にはレースがあしらわれている。

髪型も、緩めのルーズサイドテールになっている。


「進藤さん、お買い物とかはどうされてますか?」

「あー、なにもないんですよね。料理はしないですし」

「そうなんですね・・・じゃあ、買い物行ってきますね」

「え、悪いですよ。僕が行きます」

「じゃあ一緒に行きます?あ!呉羽ちゃん、まだ寝ちゃってますよね」

「そうですね・・・」


玄関先で2人揃ってどうしようと悩んでいた。

そうしていると、耕太の後ろから小さな足音が近づいてくる。


「・・・にぃに、うるさい」

「ごめん、呉羽。起こしちゃった?」

「・・・だいじょうぶ」


呉羽は、両手で目を擦りながらやってきている。

耕太は、玄関に腰を下ろした。

萌香は、玄関に入る。

すると、パタンと玄関のドアが閉まる。


「もえかせんせ?」

「呉羽ちゃん、なに食べたいかなぁ?」

「クマさんのハンバーグ」

「クマさんのハンバーグ?形がクマさん?」

「うん」

「じゃあ、お夕飯はクマさんのハンバーグ作るね」


呉羽は、そう聞くと「わーい」と言いながら飛び跳ねる。

さながら兎の様にピョンピョンとしている。

今までで初めて感情を露わにしている。

彼女の中では、どこか諦めがあったのかもしれない。

ある日突然母親が亡くなり、たまにしか合わなかった叔父さんに引き取られて生活する。

それは、小さな心にどれほどの不安があるのか計り知れない。


「呉羽、買い物いく?」

「いくー」


彼女は、パタパタと走って奥へ向かう。


「西崎さん、上着取ってきます。

ちょっと待っててください」

「あ!私も取ってきます」


萌香は、玄関を開けて自宅へと戻る。

彼女は、急いでコートを羽織り、マフラーを巻く。

そして、鞄を提げると戻ってくる。

一拍ズレて、耕太と呉羽も玄関から出てきた。


「呉羽ちゃん。私、お隣に住んでるんだよ」

「もえかせんせ、おとなりさん?」

「うん、そうだよ」


萌香は、少し屈んで彼女の手を握ろうとした。が、呉羽は両手を上げていた。

そっと、抱っこをした。

「えへへ」と笑みを浮かべる呉羽。


「すみません、西崎さん」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


そう言いながら、2人は玄関の施錠を済ませて歩き始める。

耕太は、歩幅を合わせて歩く。


「姉さんとはさ、こうやってよく歩いてたんだ」

「仲良かったんだね・・・私も、お姉ちゃんと仲良かったよ」

「西崎さんも、お姉さんがいたんだったね」


2人共に寂しそうな顔をする。

お互いに肉親を亡くしている。

耕太に関しては、唯一の肉親が呉羽だけである。

2人は、とても似ている。

だからこそ、惹かれ合っているのかもしれない。


「にぃに?もえかせんせ?」

「なに?呉羽」

「どうしたの?呉羽ちゃん」

呉羽は、萌香の顔をじっと見ていた。

「もえかせんせ・・・にし・・・にぃに?」

「あ~、そう言うことか。

えっと、西崎さん・・・萌香さんって呼んでも?」

「あ、はい・・・耕太・・・さん」


呉羽は、2人に苗字ではなく名前で呼んでほしかったのかもしれない。

むしろ、苗字が覚えられなかったのもあるだろう。

2人の顔は、真っ赤になっていた。

寒空の下で、余計に熱く感じるほどに。


「もえかせんせ、まっかっか」


呉羽にそう言われて更に赤くなっていく萌香だった。

それから2人は、近所にあるスーパーへとやって来る。


「呉羽ちゃん、カート乗る?」

「のるー」


彼女がそう言うと、ショピングカートに載せた。

呉羽は、足をプラプラさせながら嬉しそうに2人の顔を交互に見合う。


「呉羽、楽しいか?」

「うん、たのしいよ」


カラカラと音を立ててショッピングカートを押していく萌香。

彼女は、ニンジンを手に取る。


「呉羽ちゃん、ニンジン食べれる?」

「たべれるよ」


萌香は、買い物カゴにニンジンを入れる。

次に、ブロッコリーを手に取る。


「ブロッコリーは?」


呉羽は、苦い顔をする。

苦手のようだ。

ブロッコリーを売り場に戻した。

萌香は、ジャガイモを手に取る。


「じゃがいもは?」

「だいすき!ポテチほしい」

「ポテチは後で買うね」


彼女は、買い物カゴにジャガイモを入れる。


「呉羽ちゃんは、他に好きな物は何?」

「えーとねぇ、えーっとねぇ」


呉羽は、頭をぐるんぐるんと回して考える。と言うよりも上半身をぐるんぐるんと言った方がいいかもしれない。


「じゃあ、カレーは?」

「すきー」


好きな物を探っていくことにしたようだ。

呉羽に聞いているのだが、それを聞いている耕太もまた反応していた。

表情がコロコロ変わるのだ。

ニンジンとブロッコリーは苦手そうな表情を浮かべた。

ジャガイモとカレーは、キラキラとした目をしている。

そんな、彼の表情を見ながら萌香は「クスクス」と笑っていた。


「パンケーキは?」

「パンケーキ?」

「ホットケーキかな」

「すきー、ハチミツいっぱいだいすき」


パンケーキだとわからなくてホットケーキならわかるようだ。

そして、ハチミツいっぱいかけるのが好き。

耕太は、パンケーキと聞いたときに嬉しそうな顔をした。


「唐揚げは?」

「だいすき」


呉羽は、飛び切りの笑顔を浮かべる。

耕太も、笑みを浮かべている。


「お魚は?」

「うーんうーん」

「ほら、呉羽。お魚のフライとか」

「すきー、たるたる」

「たるたる?タルタルソース?」

「うん」


タルタルソースの掛かったフライが好きなようだ。

それは、耕太もなようだ。


「お寿司は?」

「たまご、あかいおさかな」

「なるほど、大体呉羽ちゃんの好きな物が分かったよ。ありがとう。

耕太さんのもよく分かったわ」

「え?」


耕太は、びっくりしていた。

どうやら、表情に出ていたことに気づいていなかったようだ。


「耕太さん。呉羽ちゃんに質問してたのに表情に出てたのよ。

もう、面白くて面白くて」

「は、恥ずかしい」


耕太は、両手で顔を覆う。

耳まで、真っ赤になっている。


「ふふふっ、耕太さん。可愛い」

「ちょ、止めてください。萌香さん」


傍から見ると初々しい2人組であった。

2人は、それから売り場を巡って買い物カゴに商品を入れていく。

そして、買い物を終えると家路に着く。

呉羽は、再び萌香が抱っこしている。

エコバッグに入れた大量の買い物品は耕太が両手いっぱいに持っていた。


「耕太さん、私も持つよ?」

「大丈夫だよ、呉羽の事抱っこしてくれてるんだから」

「辛くなったら行ってね」

「う、うん。その時は言うね」


スーパーまでは徒歩でも10分ほどである。

2人は、同じ歩幅で歩いていく。


「えへへ、たのしいね」


呉羽が、そう呟いた。

彼女は、萌香の顔を見てニカっと笑った。


「凄い懐いてる」

「こんなに表情豊かだとは思わなかったよ」


今朝の薄幸とも言えるほどに生気が薄かった少女とは別人のようである。

今は、笑顔が絶えない。


「たぶん、色んなことが起きて自分を押し殺していたんだと思うよ」


この2人も少しずつだけど打ち解けていた。

敬語は、すっかり消え去っている。


「そっか・・・僕の所為だったんだね。

萌香さん、ありがとう。君がいてくれてよかったよ」

「耕太さんも大変だったね、私でよければいくらでも手伝うからね」

「うん、ありがとう」


やがて、2人は自宅へと辿り着いた。

調理器具もないということで萌香の家へと3人で入っていくのだった。

それからは、萌香が料理を作っていく。

ニンジンのグラッセ、マッシュポテト、そしてクマの形のハンバーグ。

ハンバーグは、耳が崩れてしまったものは萌香と耕太の分になった。

一番成功して綺麗な物が呉羽のお皿に載せられている。


「わー、クマさんだぁ」


呉羽は、とっても喜んでいる。

萌香は、それをみて嬉しそうな表情を浮かべていた。

ご飯を食べ終わると呉羽はすぐに寝てしまった。

耕太は、彼女を連れて自宅に戻るのだった。


「今日はありがとう、萌香さん」

「いえいえ、私も楽しかったから」


こうして、2人の新しい生活は始まったのだった。

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