Episode3

2人が起業して、1年の月日が流れた。

2か月ほどは、オーバーワークにならない程度の仕事量だったのだが急激に成長した為、デザイナーを増やした。

デザイン以外の業務は、弓弦が1人でこなしていた。

普通ではありえない仕事量なのだが彼には出来てしまっている。

弓弦がそんなことが出来るのは、前職で培ったマネジメント能力の賜物なのだろう。

晴夏は、社長業自体は全く行ってはいない。

弓弦を副社長に置き、実権自体は彼に任せっきりである。

2人は、今も一緒の家から会社へと来ている。

というのも・・・。


半年前の8月31日。

この日が運命の分かれ道となった。

弓弦は、ピシっとしたスーツを着て駅前の特徴的な石像の前で腕時計を眺めている。


「弓弦さん、お待たせしました」

「いや、俺も来たところだ」


背後から声を掛けられ、彼は振り返る。

そこには、ドレス姿の晴夏が立っていた。


「晴夏・・・綺麗だ」

「え、あ。ありがとうございます。えへへ」


彼女は、はにかんでいる。

今日、2人は予約制のフレンチレストランへと行こうとしていた。

会社として、明日から大きくなる。

そのお祝いとして、2人でディナーである。


「すぐそこだから」


弓弦は、彼女の手を取って歩き出す。

2人共に、頬を染めている。

初々しいとさえ思えてしまう。

弓弦は、ハルミと付き合っていた時にはこんなにも表情豊かではなかった。

日々の生活に絶望さえ感じていた。

確かに、出会った頃には彼だけは初々しさはあった。が、ハルミにはなかった。

やがて、2人は気品溢れる外観のお店へとやってきた。

三ツ星レストランで、半年先まで予約で埋まっているほどの有名店である。

ここが、弓弦が今日の為に予約したレストランである。


「すみません、予約してました。早間です」

「早間様、お待ちしておりました。お席へご案内します」


入り口を入ると、ウェイターが2人を案内する。

フロアは、吹き抜けの2階建て構造になっている。

2人は、窓沿いの席へと案内された。

ウェイターに席を引かれ晴夏が腰を下ろす。

弓弦もまた腰を下ろした。


「なんか緊張するな」

「う、うん。格式高いお店だよね」


2人の表情がぎこちない。

それほどまでに緊張が目に見えて表れている。

そして、あまり会話の無いまま2人は料理が来るのを待った。

その時だった。


「あんれ?弓弦じゃん」


ウェーブの掛かった茶髪の女性が彼の元へとやってきた。

彼女もまたドレスを着ている。

女性は、ハルミ・・・藤堂 ハルミである。

弓弦の元婚約者だ。


「ハル・・・藤堂さん」

「貧乏くさい顔ね、アンタが来る店じゃないのよ。

店の品位を下げるわ」


ハルミは、嫌味を言う。

お店としては、大声を出し彼女こそ品位を下げる。

落ち着いて食事をする場においてマナーの悪い客と言っても過言ではない。


「君と話すことはない、静かにしてくれないかな?

お店の品位を下げるのは君の行為の方だ」

「ふん、貧乏人が来る方が品位を下げるわ。

あ、私の新しい婚約者」


ハルミが、ちょうど入り口から入ってくる男性に手を振る。

彼は、ぴしっとしたスーツを身に纏っていた。


「あれ?早間先輩に、秋山さん」

「ああ、国広か」

「国広くん」


男性は、弓弦の大学時代の後輩で晴夏の大学の同級生である。

国広 貴文は、先月ハルミと婚約をした。

彼は、弓弦が当時付き合っていたことは知っていたが今まで付き合いがあったこと知らない。


「早間先輩も秋山さんも、お久し振りです。

聞きましたよ、随分活躍されているって」


国広は、現在はトウドウカンパニーの弓弦がいた会社で勤めている。

その為、同じ業種である。

弓弦は、当時の人脈を使って仕事を取っていることもあるので彼が知っていてもおかしくはない。


「ハルミさん、先輩たちの邪魔になりますし僕らの席へ行きましょう。では、先輩またいずれ」

「ああ、またな」


国広は、ハルミを連れて彼らの元を去っていく。

すっかり、2人は緊張がほぐれていた。


「すまないな、晴夏」

「ううん、あんなの予想できないから。

それにして、ハルミさんの次の婚約者が国広くんか・・・」

「ああ、あの国広か」


2人は、知っている。

国広 貴文の大学時代の評判を。

彼は、女たらしである。

一時期は、8股をするほどに女癖が悪い。


「早間様、お待たせしました。

先程は失礼いたしました。

お料理をお持ちしました」


やがて、彼らの元に料理が運ばれてくる。

フルコースを頼んでいる。

食前酒は、タイミング的に合わなかった。が、料理に合わせてワインも頼んでいた。

その後、2人は食事を楽しんだ。


そして、メインの肉料理を食べ終えデザートを待った。


「なあ、晴夏」

「どうしました?弓弦さん」


彼は、ポケットから小さな箱を取り出した。

そして、一呼吸置く。


「晴夏・・・この半年。いや、高校時代から君のことをずっと見てきた。君の隣は心地がいいんだ。これからも、俺の隣にいて欲しいんだ」


弓弦は、その箱を開いて彼女に見える様に差し出す。

箱には、大きなダイヤモンドが嵌められた指輪が納められていた。

晴夏は、両手で口元を押さえていた。

その目には、涙が零れていた。


「・・・弓弦さん。ありがとうございます。嬉しいです。

私も、貴方の事がずっと好きだったんです。

隣にいさせてください。弓弦さんの隣にずっといたいんです」


彼女は、箱ごと指輪を受け取る。

彼は、ポケットからハンカチを取り出し晴夏の涙を拭う。


「あの弓弦さん、指輪を」

「ああ、任せて」


彼女が言い切らない内に弓弦は箱から指輪を取り出す。

そして、晴夏の左手の薬指に嵌める。

こうして、2人は婚約をすることとなった。

それから、同棲をして今に至るのだった。

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