エピローグ中編 信田社長は次の奇跡を待ちわびる
昼過ぎにオフィスに顔を出すと、経理部長が般若の形相で迫ってきた。
「社長! どういうおつもりですか!?
あの不採算事業の拡大に追加予算など!」
「投資です投資。予算が足りないなら営業部に仕事取ってこいって言ってくださいな」
「そういうことを言ってるのではありません。
さっさとアレからは手を引くべきです。
あんなものの研究は国や大学などの公的なところがやればいいことで」
「何が金のなる木なんて分からないから木を植えるんだ。
うちの社訓思い出してみよう。
『挑戦×チャレンジ×トライ&トライ』」
「まったく! 次の取締役会どうなっても知りませんよ!」
「俺の首を取るのも締めるのも好きにしてちょうだい!
じゃ、追加予算よろしく!」
経理部長を締め出して、自室に鍵をかけた。
「いや〜〜、もうちょっと下々の話聞いてやったらどうですかね?
茶髪に丸縁のサングラスをかけたカタギ臭のしないこの男は
我が社の主任研究員だ。
応接用の椅子に深々と腰を沈めて、コーヒーを啜っている。
「聞いているだろ。だからお前に会っている」
「それもそうか。
いやあ、社長の英断の成果が出ましたよ」
と、言って室内のスクリーンにタブレット端末をミラーリングして画像を表示する。
画像には英数字の羅列が記載されており、俺には全く意味がわからない。
「解説キボンヌ」
「はい! これはホムホムにリュシアンの魂が顕現した時に発生したデータ通信の一部です。
やはり、サキョウ方式でこっちの世界の言語に再変換した際にデータの殆どは壊れてしまいました」
「なに? 失敗報告?
俺の英断の成果は!?」
「まあ、落ち着いて。
それはこれから説明しますから」
俺はチェアの背もたれに体を預けてうなだれた。
15年前、俺が大学生の頃に旗揚げしたITベンチャー企業は当初はゲームアプリやらSNSやらを手がけていたが、それらが空前の大ヒットを遂げ、またたく間に世界から知られる大企業へと成長した。
ある程度まとまった遊べる金ができたということで俺は昔からの夢だった異世界オープンワールド型VRゲームの製作に着手した。
それが10年前。
ちょうどその頃、アメリカに留学していた頃の知り合いが謎の装置を持って我が社を訪れた。
その装置とは異世界を観測する装置。
名前を『アカシックソナー』といった。
そのアカシックソナーには確かに理論上は異世界が観測されていた。
理論上というのはその異世界がどこにあるものか、どんな姿をしているのか、どんな法則が働いているのか、それらを知ることは全く出来ず、「ただどこかにある世界に匹敵する情報量を持つ何か」を観測したというものだったからだ。
当然、とんだ与太話だと各国の研究機関からも門前払いされて、愚痴を言いがてら俺のところを訪れたのだが、俺はそれに興味がそそられた。
俺は彼を雇い入れると同時にその装置を買い取り、彼の研究をうちの社で全面バックアップすることになった。
それから5年後。
当社発の異世界オープンワールドVRゲーム型はリリース直前で重大なバグが見つかり、社内総出でその対応に当たらせた。
件のその友人もプログラミングはお手の物ということだったので応援として参加させたのだが、ある日突然、自分の受け持ちの仕事を放り出してラボへと帰りやがった。
さすがに頭にきた俺は拳にメリケンサックをはめてラボに殴り込みに向かったのだが……
そこのディスプレイで俺が見たものは作り物ではない本物の異世界の再現図だった。
なんでも我が社で仮想的に作っていた異世界の構造や構築式に彼の発見した異世界の存在を解読するヒントがあったらしい。
形がなかった異世界に形を与えることに成功した彼はパズルをはめ込むように異世界の形を指し示した。
彼いわく、これはあくまで我々が認識可能な理論の上で成り立った世界、いわば翻訳された世界らしく実際の異世界の形とは異なる「仮定異世界」とも呼ぶべきものである。
ゲーム用に用意された素材を元にされたから剣や魔法のファンタジーワールドで人間と魔王が戦っていたりしているものだから、著名な学者たちからは、ただの仮想世界と何が違うのか分からない、と揶揄された。
だけど俺は確かに存在するこの世界とは異なる世界との出会いに人生最大級の興奮を覚えた。
「作り物のゲームなんて作っている場合じゃねえ!」
と、その仮定異世界の観測のために、ゲーム用に用意したサーバ設備も予算も人員も全て彼の発見した異世界に投資し、3年前……ついに仮定異世界閲覧装置「acasia」が完成した。
acasiaはその世界の生物の感覚器を使って世界を閲覧するという装置で、一人称の視点でしか閲覧できない。
しかも、その観測対象をこちらで恣意的に選ぶことが出来ないから、辺境の地の農家の一生や牧場で飼われている牛の一生を見させられてしまうこともあり、包み隠さず言えば、異世界を鑑賞できるだけでどこに需要があるのか分からない代物であった。
とはいえ、本物の異世界を見ることができる装置として、専用のヘッドセットと端末アプリを販売したらそこそこ売れた。
そこそこだ。
課金要素はないし、設備やスタッフの人件費など諸々で年間何十億もの赤字事業だったが、その辺は稼ぎ頭の鬼畜課金仕様のソシャゲに頑張ってもらうことでなんとか会社の経営は成り立っている。
だが、いつまでも社長の趣味で何十億も赤字を垂れ流し続けるわけにも行かないし、俺の役員報酬は99%カットされるし、畳むことも視野に入れていた時にとんでもないブレイクスルーが起こった。
視聴者用のコミュニケーションツールとして搭載していた掲示板機能。
この掲示板に異世界にいるホムンクルスがレス返ししてきたのだ。
その場に居合わせた俺はすぐさまコテをつけて、彼とコミュニケーションを試みた。
そこからはあれよあれよと時が流れた。
彼はこちらの世界にいる視聴者たちのレスを受信し、冒険の旅を続け、最終的には世界を救うまでに至ったのだ。
俺の人生の中でもこの一年そこそこの時間は忘れられないほど有意義で興奮の連続だった。
運営側としてではなく、一人の視聴者……妖精の一人として彼の冒険に寄り添い、素晴らしい経験をさせてもらった。
だが、同時に稼働していた他の観測対象とでは同じようなことは起こらず、彼の死によって異世界との相互コミュニケーションの手段は失われてしまった。
「ーーと、いうことなんですよ!」
「ああ、すまん。
聞いてなかった」
「ちょっとおおおおおっ!」
松岡が激高する。
俺は耳の穴をほじりながら文句を言う。
「難しいし長いんだよ、お前の説明は。
博士号持ってるお前と学部卒の俺が同等の頭持ってると思うな。
3行でまとめろ。あと日本語でおk?」
「条件の合う個体であれば、
ホムホムと同じように掲示板を使って、
コミュニケーションが取れるようになります」
俺は椅子を蹴飛ばして立ち上がった!
「マジで!?」
「マジです。あと、観測対象の選択ももう少しは上手くできるかもです。
リュシアンがホムホムを通してこちらに送り込んできたデータは解読こそ出来ないものの、その通信情報からこの世界とアッチの世界との因果関係がわかりはじめましたからね。
フローシアさんの話聞いた瞬間、社長が掲示板のストレージを無理やり増設した甲斐があったというものですよ。
あのままだったら、スレが落ちてリュシアンの顕現は失敗していたでしょうし」
「ん? つまりホムホムが勝てたのは俺のおかげってこと?
そういうことかい? まっつん」
上機嫌な俺をうんざりした顔で見る松岡。
「掲示板上では紳士だったのに現実はウザいおっさんだもんなあ……」
「匿名掲示板の妙ってやつだな。
でも、根本は変わらねえよ。
「自分で言いますか、自分で」
俺はこかした椅子を直しながら、あの世界で起こる次の奇跡への期待に胸を膨らませる。
ホムホム、君の救った世界がどうなるか俺が見届けてやる。
そして、そう思ってるのは俺だけじゃないはずだ。
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