第4話 森林地帯に到着。少女を護衛する。
洞窟の隠し通路を抜けると、城塞都市から離れた森林に出た。
とりあえず、危険地帯からの脱出は成功したと思っていいだろう。
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【転生しても名無し】
『おつかれ! ホムホム』
【転生しても名無し】
『よし! じゃあ、俺は仕事いってくる』
【転生しても名無し】
『いってらー』
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「ああ……また、太陽の光を見られるだなんて……」
メリアは大きく外の空気を吸い込んだ後、草むらに大の字で寝転がっている。
明るい所で見えた彼女の脚は膝の部分が赤黒く腫れていて、自然治癒は見込めなさそうだった。
「メリア。とりあえず、この森を抜けて魔王軍の領域から離脱する。
その後、あなたはどこに行きたい」
「どこに……わ、私のことよりもクルスさんは大丈夫なのですか? 脱出したことを教えるべき人はいないんですか?」
サンタモニアのホムンクルスならば、作戦失敗の報告とアイゼンブルグの状況を伝達するため帰還すべきなのだろう。
だが、帰還すれば僕は直ちに他の戦場に出撃させられる。
繰り返し、繰り返し、僕が破壊される時まで……
「問題ない。あなたは一人で歩けないだろう。
だったらあなたの目的地まで同行する」
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【転生しても名無し】
『いいとこあるじゃないか、ホムホム』
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どうせあなた方は彼女を見捨てることを良しとしないだろう。
生きることを目的にするならば、使い捨ての兵隊に戻るわけにもいかない。
「感謝します。
ならば私を母国のイフェスティオ帝国にお連れください」
メリアの口から出てきたイフェスティオ帝国の名前は想定外だった。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆ダイソン】
『イフェスティオ帝国だって!?』
【転生しても名無し】
『知っているのか? ダイソン』
【◆ダイソン】
『いや全然』
【転生しても名無し】
『ファーwwww』
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イフェスティオ帝国。
人類最大の国家であり、新ハルモニアの盟主でもある。
その軍事力は新ハルモニア全体の50%を有しているとさえいわれている。
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【転生しても名無し】
『50%って、まさに人類の砦ってことか』
【転生しても名無し】
『ん? もしかしてメリアちゃんって結構重要人物』
【転生しても名無し】
『そういえば司令官が身を挺して守ってくれたって言ってた』
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「それは、かなり難しい命令だ。
サンタモニアとイフェスティオ帝国の国境付近は魔王軍の侵攻領域で東西に分断されている。
唯一の緩衝地帯だったこの地域もアイゼンブルグが陥落したことで敵方に落ちた。
南下してフィラムス山脈を抜けていけば、比較的安全に進めるだろうが」
脚を負傷している少女を連れての山道、しかも季節は冬だ。
十全の装備をしている部隊ですら容易い道のりではない。
「優先すべきなのはあなたの怪我を治療することだ。
一旦、サンタモニア領の街に行こう」
僕は立ち上がり、彼女を担ごうとしたその時、飢えた視線に気づき振り向いた。
のしのしと重い足取りで僕らに近寄ってくる獣。
牛によく似ているが、口は耳元まで裂けており、鋭利な牙をちらつかせている。
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【転生しても名無し】
『うえええええええ!! なにこれ!? 俺の知ってる牛さんじゃない!!』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
デモンバッファロー。
魔王軍に属していない、野良モンスターだ。
雑食で木の皮や他の動物を主な食料としている。
巨体を活かした体当たりと頭突き、そして鋭利な牙による噛みつきが攻撃手段。
デモンバッファローは鼻息を荒げて僕とメリア目掛けて突撃してきた。
メリアはバッグから小さなナイフを取り出しているが、恐怖ですくんでいるのが明らかだ。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『やばい! ホムホム逃げろおおおおお!!』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
「問題ない」
僕はかがみ込み、足に力を溜め、前方に飛んだ。
駆けるデモンバッファローの側面をすり抜け、後ろ足を両腕で抱え込み、捻じ折った。
バキバキと骨が砕け折れる音がすると、その巨体は脱線したトロッコのように横転した。
すかさず僕は右腕に魔力を集中させる。
「【ライトスティンガー】!」
圧縮された魔力を纏う貫手は魔力で形成された槍となる。
高速で打ち込んだ貫手はデモンバッファローの首元から頭蓋にかけて貫いた。
デモンバッファローはビクビク、と体を震わせ、絶命した。
死亡を確認して僕は腕を引き抜いた。
腕は魔力でコーティングしていたので汚れていないが、返り血が顔にかかったので袖で拭いた。
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【転生しても名無し】
『すっげええええええ! ホムホム△!』
【転生しても名無し】
『なんだよ! 全然強いじゃん!』
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そんなに騒ぐほどじゃない。
デモンバッファローは魔力に対する耐性も低く、動きも読みやすい。
真正面からの力くらべを避ければ恐れるに足りない獲物だ。
だが、どうやら戦いを知らない人間にとっては感嘆すべき事態なのだろう。
「すごい! 素手でモンスターを倒すなんて!」
先程までの引きつった顔はどこへやら、メリアは興奮して笑みさえ浮かべている。
「そんなに騒ぐほどじゃない」
「あっ、すみません……取り乱しました」
「謝らなくていい。
食糧も手に入った。
今日はここで休息をとる」
焚き火の中の木がバチバチと音を立て火の粉を撒き散らす。
夜の森の中、僕とメリアは野宿している。
食事を終えたメリアは草の束を枕に眠りについた。
僕は頭の中の妖精の指示で、デモンバッファローの肉を吊るして、焚き火の煙で炙っている。
肉からは脂が滴り落ち、赤身がだんだん黄色く変色してきた。
こうやって加工した肉は通常の肉よりも腐りにくく携帯食料として使えるらしい。
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【転生しても名無し】
『いやもうね、メリアちゃんに血の滴る生肉差し出して、「食え」といった時はもうお茶吹いちゃったよ』
【転生しても名無し】
『引き攣った顔のメリアちゃん可愛い』
【転生しても名無し】
『ホムホムって一般常識とか人間の生態に疎いよなw』
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ホムンクルスは魔王軍と戦うための兵器だ。
負傷の応急処置くらいはできるが人間の摂食は学習外の事項だ。
必要のない知識を持たされていない。
それだけのことだ。
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【転生しても名無し】
『まー、こうやっていろんなことを吸収していくのも「生きること」だよな』
【◆野豚】
『そだね。メリアちゃんと一緒にいることは君のプラスになるよ』
【転生しても名無し】
『ところでホムホムは眠らなくて大丈夫なん?』
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ホムンクルスは基本的に睡眠を欲さない。
自然治癒を早めたい時にはリソースをそちらに回すため、活動停止するが、今はその必要もない。
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【◆与作】
『ふむふむ。じゃあ、夜が明ける前に一仕事しておこうか。
今からいう材料をかき集めてほしい。
あと、メリアちゃんが持っているナイフをちょっと貸してもらいな』
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なにをするつもりだ。
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【◆与作】
『便利アイテムづくりだよ。まず「ト」の形をした枝を同じサイズで2本。
それから平たい板状の木と、棒状の木、それからロープ代わりになりそうな頑丈な草とか木を用意して』
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言われるがままに材料を集める。
なるべく焚き火から離れないように気をつけて。
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【◆与作】
『画像や動画を添付できたら分かりやすいんだけど、そこまで都合良くはないか。
「ト」の木を平行に並べて……もっと間空けて、メリアちゃんの肩幅くらい』
【◆与作】
『で、その間に棒状の木を渡すように並べて――』
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与作の指示に従ってしばらく作業すると、紐の付いた椅子のような何かが出来上がった。
これはなんだ?
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【◆与作】
『これは背負子と言ってね、その椅子の部分に荷物や人を乗せて担ぐアイテムだ。
これならホムホムの両手も空くし、メリアちゃんも座った体勢でいられる』
【転生しても名無し】
『いいね!これ!
たしかに米俵みたいに担がれてるメリアちゃんは見ていられなかったからなあ』
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あなた方はどうやらメリアに対する扱いに大いに不満があるようだな。
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【◆与作】
『あるに決まってるだろうが!』
【◆野豚】
『女の子と荷物の区別ついてる?』
【転生しても名無し】
『あかん、このホムホムなんとかしないと』
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僕は夜が明けるまで、自分が如何に人間について知らないかを延々と指摘され続けるのだった。
朝、目覚めたメリアが背負子を目にすると、驚きに満ちた顔で話しかけてきた。
「クルスさん! これ、私が寝ているうちに作ったんですか!?」
「ああ。これを使ったほうがあなたを運びやすい」
僕は背負子の紐を肩にかけ、体に縛り付けるように固定する。
乗るように促すと、メリアは四つん這いで近寄ってきて、座板の上に腰掛ける。
立ち上がる瞬間、わっ、とメリアは声を上げた。
「どうだ? 大丈夫そうか」
「はい。すごくいい乗り心地です」
それを聞いて僕は歩き始めた。
「クルスさんは優しいですね」
「やさしい?」
「そうですよ。周りの人からよく言われません?」
「よくわからない。
僕の周りは一緒に戦う同胞しかいなかった。
やさしい、ってなんだ?」
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【転生しても名無し】
『あーーーーもう!優しいっていうのはだなあ』
【転生しても名無し】
『ストップ! みんな助言禁止だ』
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メリアは僕に語りかける。
その声は柔らかかったから、僕は人が発する言葉から受け取れるのは情報だけでないことに気づけた。
「優しいっていうのは、他人の為に頑張ろうとする心のことです。
私はあの暗くて冷たい洞窟の中で、足は動かないし、お腹も減って、喉も乾いて、心細くて、怖くて……それもどんどん感じられなくなっていって、自分はもう死んでしまうんだ、と思っていました。
クルスさんはそんな私を救ってくれました。
自分だって必死で逃げているところだったのに、足手まといにしかならない私を担いで長い時間歩き続けて。
外に出てからも、モンスターに殺されるところを見事に守ってもらいました。
それだけじゃなく歩けない私のために寝ないでこんな立派なものまで作ってもらって……
クルスさんに受けたこの優しさを私はどう返したらいいんでしょう」
たしかに、僕は非合理的なまでにメリアの為に行動している。
だが、それが彼女の言う優しさとは違うと知っている。
メリアを見捨てなかったのは、頭の中の妖精に言われたからだ。
モンスターを倒したのは僕も奴の標的だったからだ。
背負子を作ったのは与作に言われたからで、メリアが楽になれることを望んで作ったわけじゃない。
優しいという言葉が相手を褒める言葉ならば、それは頭の中の妖精たちに対して贈られる言葉だ。
「メリア。僕は優しくなんてない。
この背負子を作ったのは――」
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【◆与作】
『やめとけ、ホムホム。それは無粋ってもんだ』
【転生しても名無し】
『そうそう。ワイらは遠く離れた安全なところで君らの命がけの旅路を覗き見してる下世話な連中や』
【転生しても名無し】
『俺は十分、お前らにいいものをもらってるよ。
異世界を旅する主人公たちに助言できるなんて最高に楽しいもん』
【転生しても名無し】
『禿しく同意。
異世界を冒険してみたいって夢を叶えてもらってる』
【◆与作】
『直接、感謝されなくてもメリアちゃんが嬉しそうにしてくれてるだけで俺は十分報われてるよ。
小さい頃からアウトドアにのめり込んでた甲斐があった』
【転生しても名無し】
『たしかに背負子作りなんて現代じゃ役に立たんわなwww』
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頭の中の妖精たちは騒がしいが、なんだか温かい日差しを浴びているような、そんな気分になった。
ああ、この暖かさが優しさを受けるということなのか。
「インプットした」
「はい?」
「いや、なんでもない。
この背負子を作ったのはあくまで効率よく進行を進めるためだ。
今日は休み無しで進む。
食事や排泄を希望する時は伝えてくれ」
「排泄……そ、そうですね。
なるべくご迷惑はおかけしないようにします……」
メリアは顔を引きつらせながら笑っていた。
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