承:不穏

14.情勢は不穏に包まれる事に

勇者と聖女の選定から既に二ヶ月が経過した…

セントーラ全土に実りの季節である秋が終え、寒さで包む冬が到来した。

農作物の不作による影響は徐々に悪化を見せ始め、各地の農村で暴動や夜逃げが多発していた。


キクルス領土内でも、不作の影響で税を納められずに駆け込む領民も出始め、現キクルス伯爵であるレオンと継母のイライザは対応に追われていた。

カイもまた、伯爵子息として父レオンの補佐するにあたり、ミリーとティファの手伝いの下で毎日上がる報告書の対応に追われていた。


「ここまで酷い物とは…」

「キクルス家の食事を切り詰めても、かなり厳しい物と思うわ」

「逆に、一ヶ月前にルーデル閣下が行われた交渉によって鉄鉱などの物価上昇は抑えられましたが…」


ティファはそう言いながら各領土の失業と平民の移動の資料をカイに渡した。

その資料には、ベルフェ・セィタンを除く公爵領土にてかなり赤く塗りつぶされていた。


一番酷いのはベルゼ家の領土で、傘下の貴族を含めても領民の半分以上が失うほどの損失になっていた。

特に、一番押していた穀倉地帯が大打撃を受けており、麦の生産が平年の3割ほどまで減少するほどの酷い物であった。


「七割以上も損失するというのはとてつもない被害だと思うんだけどね…」

「何でも、長雨によるカビ毒で汚染された上にイナゴが大量発生して成熟した麦の穂を喰らいつくしたという話でしたわ」

「いくらベルゼ家が自然主義だからといって、農薬は使わないのはどうかと思うな…」


カイの言う通り、ここ最近の農法技術として取り入れている手動式スプレー器による農薬散布によって農作物を荒らす害虫駆除によって蟲害の数は減っていた。

ただ、その害虫駆除薬はまだ開発途中であり、健康被害が懸念される上で「薬品を使ってまで自然に逆らうのは神に逆らう物だ」というベルゼ家を筆頭にした自然主義な貴族達の反対も根強い為、農薬を使用を推薦する貴族は少数であった。

無論、キクルス領土内でも農薬に対して警戒を持つ農民も多数居た為、農薬の代用品として古来より虫除けとされてきた酢酸などの自然害虫駆除剤をキクルス家の資本の元で提供していた。

おかげで、キクルス領内の穀物の被害は二割程度にまで抑えられ、深刻な被害にはならなかった。

ただ、今年の長雨による湿度により穀物の保管がシビアな物になっていたので、難題は続いていた。


「カビによる汚染はどうにかしたい物だが…こればかりは困ったものだな」

「フリーデンより北西に位置するラングスタでは、倉庫内を乾燥させる為の蒸気機械を開発している事です」

「そうか。今度視察を行ってから支援をしよう。ところで、ミリー。鉄道事業はどうなってる?」

「そちらは問題ないわ。鉄鉱の価格が安定してからはレールが増産されて、臨時の工員を増やしたお蔭でベルフェ領土までの道が6割ほど完成したわ」

「そうか…マシューにアレを見せられた時は驚いたからな…」


先月のフリーデン視察の時、例の聖女隊の視察撤退とルーデルの竜騎士隊出発の後にカイ達は試作品の蒸気機関車などの乗り物を見せられた。

二つのレールの上を、水蒸気の白煙と石炭の黒煙が立ち込めながらゆっくりと進む巨大な乗り物に、カイ達は驚きを隠せなかった。

このまま上手くいけば、あと二ヶ月ぐらいには完成できるとマシューが自信満々と言ってるのには深く感心した。

それ以外にも、蒸気エンジンを使った蒸気自動車から開発して作り上げた、石油を高温に熱した後に蒸留して作ったガソリンという爆発性のある透明な燃料を使ってエンジンを動かす石油自動車の試作品も作り上げていることに、マシュー達ドワーフ族の技術革新には驚く事ばかりであった。

ただ、それらの開発品は1000年以上前に来た異界の偉人達による技術であったが、当時は彼等の技術を真似るどころか理解できなかった上で実現できずに古い文献として残されたぐらいで、1000年に及ぶ長い間の劣化する文献の下で研究と開発を行う事で実現できた。

最も、本来ならば200年かければ実現できたのを、セントーラ王国を筆頭に多くの国々が宗教上の理由で作る事を禁じられていた歴史もあり、亜種族の受け入れを緩和し続けたベルフェ・セィタンによって漸く技術革命へと入る事が出来た。


しかし、この緩和を含めて国の方針とは真逆を取り続けるベルフェ家とセィタン家に、セントーラ王家では切り離す動きが活発化し、ついにはベルフェ家とセィタン家と二家に属する貴族達を王都に在住する家族諸々に追放する処分を下していた。

無論、それは王都の教会にて行われている七十二侯爵家による聖女選定の選別にも影響を起こし、ベルフェ・セィタンに属する侯爵令嬢達を選別から外した上で、その日の内に追放処分を言い渡された。


ただ、その帰された侯爵令嬢全員が処女ではなくなった・・・・・・・・・のと、その内の半分は精神に異常を来たしていた。

この件に関してはセシル・アスモデがやらかしたのは間違いないとベルフェ家とセィタン家は考えていた。


これらの追放処分に加えて、実家の領地経営状況に焦った一部の属した貴族達はベルフェ・セィタンの派閥から抜けて他の派閥、特に急成長中のアスモデ家に鞍替えして王家に媚売ろうと必死になっていた。

無論、そのような鞍替えを行った貴族にベルフェ家とセィタン家は容赦なく切り捨て、元派閥の貴族の領土と財産を没収して残った貴族達に分配していった。

こうして、七十二侯爵の内の二十一の侯爵家はベルフェ・セィタンに組したまま王家から離れ、ベルフェ・セィタンの二家の領土と王国との境目に境界線が出来るという結果になった。

無論、それはキクルス家にも現れ、キクルス伯爵家の隣にある旧ブラウン子爵家で現ブラウン伯爵家の合間にある領土境目の川を挟んで境界線が出来、従来の行き来が出来なくなってしまった。

これにより、双方の家の衛兵が二つの領土を通行する為の大橋に在住する事になり、検問が行われる様になった。


最も、橋と此岸に警備兵が巡回しているのにも関わらず、警備の少ない場所での小船による往来が行われ、完全な封鎖とまでは行かなかった。



「それにしても、あのブラウン子爵があそこまで大きく出るとはね…」

「あの当主は女遊びはしなかったけど、事業の手腕は才能無しと言われるぐらいに赤字を作り続けたクリスの実家が、私の元実家・・・を財産と土地を頂いた上に調子に乗るとはね…やはりクリスの影響があるのかな」

「可能性は有りますね。境界線が出来る前の王都内の情報では、クリス・ブラウンみたいな下級貴族出身の聖女候補が筆頭主となった者が数人居まして、三軒ほどだった娼館が筆頭主が運営する分を合わせて十軒に増えた中で、クリスが運営する娼館が売り上げトップに君臨するほどです」

「やはり元聖女候補の娼婦が人気と言うわけか…いくら使ってる人材が優秀とはいえ、アスモデ家の娯楽事業を手助けするだけで売り上げ伸ばすとは、クリスも相当のやり手だな…」


カイは溜め息付きながら窓の外を見ていた。

そんなカイの様子をミリーはソッと近付いてカイの肩を優しく擦った。


「ねぇ、カイ…あの時の二人を見捨てた事。後悔してる?」

「見捨てた…か。三流の大衆芝居として見るなら、観劇客には僕とイライザ母上があの二人にやったことは見捨てとしか見られないな。だが…貴族として言わせて貰うならあれは仕方ない事だよ…100ある領民の中で1であるたった二人の人間を助ける為に、99の領民を犠牲にする行動など、為政者としてはあってはならないんだよ」


そう、カイにとってあの時のクリス達の婚約破棄と勘当は領民を守る為の行動でもあった。

もしも、あの時のカイを含むキクルス家が感情的になって二人を取り戻そうと画策をすれば、それだけで七大公爵家の一つであるアスモデ家に不敬を働いたという口実を作り、たったそれだけの事で領地没収と家の取り潰しになる可能性もある。

それだけに留まらず、現ブラウン伯爵みたいな無能者な貴族が統治者になれば領地は混乱を招き、領民を不幸を招く事になる。

カイはその事を理解した上で、両親であるレオンとイライザに対してクリスの婚約破棄とレイアの勘当する事に頭を下げてお願いしたのだ。


「…無知なる者が権力を握るのは悲劇でしかない。遥か昔の貴族の一人が言い残した言葉通り、僕達は無知になって感情的になってはいけない。常に冷静に物事を見なければならないんだ」

「カイ様の言う通りですわ。私達は貴族であり権力者であります…感情一つで後先考えずに行動をすれば、その先は悲劇の結末しかありません。私の様な人間みたいに…」


ティファはそう言いながら、ミリーと同じくカイの傍までソッと近付いて、カイの手を両手で包み込んだ。


「ティファ。僕が言うのもなんだが…あまり自分を責めないでくれ。君の犠牲は無駄ではなかったんだ…」

「そうですね…申し訳有りません、カイ様」

「それに…例え僕が君を抱けなくても、君もミリーと同じく大事な人だ。これ以上、あの男の毒に囚われる必要はない」

「そうですね…ですが、私は何時でも大丈夫ですわ。穢れた私を受け入れてくれた貴方様なら…」

「ああ。ただ…君をあの二人みたいに蔑ろにしてしまう恐怖もあるんだ。許してくれ…」


その言葉に、ミリーは罪悪感に包まれながら、カイとティファの二人を抱きしめた。

元はといえば、自分が幼い頃からカイばかりの事を考えた軽率な行動があの二人を苦しませたのだから…と。

しかし、ティファはそんなカイの言葉やミリーの態度にも気にせず、ニッコリと笑ってから二人の頭を撫でた。


「大丈夫ですわ。私はあの二人みたいに闇に落ちたりはしません。むしろ、貴方達二人が幸せになり、二人とも死が分かち合うその時まで、ずっとお守りします。戻ってきた私を形だけで向かい入れ、幼少期からの付き合いのある爺や以外の全員が疎んできた実家と比べれば…」

「ティファ様…ありがとうございます。そして、ごめんなさい…」


ミリーが謝った後、ティファは話題を切り替えるかのように書類に紛れていた封書を二人の前に出してきた。

その封書に押されていた印は、セィタン家の家紋が刻まれていた…


「時に…今この三人だけの時が崩れる危機が出始めてますね…」

「その封書に付いてある印…まさか」

「先に中身を拝見させていただきましたが、セィタン公爵様も頭を悩ませながら決められた事案ですね」


ティファはそう言いながらカイとミリーの二人に封書の中身を見せ、中身を読んだ二人は腕を震わせていた。


その封書に書かれていた冒頭分から、傷心が残る三人に配慮しない内容であった。


”前略、キクルス伯爵次期後継者であるカイ殿へ。

此度の貴殿の活躍によって我が家へ貢献した事により、我が家臣である侯爵家から貴殿に相応しき花嫁となる令嬢を五人ほど送る事になる。

これらの令嬢はあの聖女の選定に選ばれた者達で、信頼を置く事もできる人材である。

引き続き、我が家の為に全力を尽したまえ”


その一文を見たカイは、半分怒りに染まりながら文書を引き破りそうになった。

しかし、隣にいるミリーとティファを心配させない為にも冷静に怒りを抑えていた。


「新しく令嬢を送る…だって?」

「半分はカイ様の事業成功への報酬と、もう半分はあの聖女選定から弾かれた者達ですね…もうお分かりですね?」

「僕は被害を受けた令嬢達の受け皿じゃないんだぞ…!あの男みたいに側室持ちハーレム屑男になれと言ってるのか!!」

「カイ!落ち着いて!!」


珍しく興奮して怒鳴るカイをミリーは宥めていたが、ミリーもまた怒りをためていた。

自分の愛する男に女をやればいいという侯爵貴族達のやり方に、さすがにどうか…という感情を持ちながら。

一方のティファは先程とはうって変わって冷静さを保ちながら話を進めた。


「恐らくは、私の仮縁談が成功した事で、実家で扱いが困る元聖女候補だった侯爵家令嬢をカイ様に当てようと画策する一部の侯爵家当主様がセィタン公爵様に進言したのでしょう。上手く行けば、キクルス家の領土と財産を自分の家の物になるという甘い考えで」

「これこそまさに無知蒙昧その物じゃないか…僕の家は資産はあっても、そんな甘い物じゃないのに…!」

「ええ。一ヶ月以上、私がこの家に住み込ませてからやっと理解できましたもの。勿論、セィタン公爵様や今回関わっていないベルフェ公爵様はご理解しておりますが…七十二侯爵家はそうも行かない状況ですね。いずれ、新しき時代の為には考えなければならないかもしれません」

「そうだね…ごめんな、ティファ。そして、ミリーも」

「ううん…カイも無理しないで…」


領地経営、国家情勢不安、貴族同士の策略…


まだ成人して二ヶ月ばかりのカイにとって、波乱の波は収まる事は無いだろう…

そんなカイの前に、ミリーとティファはカイを支える事に決意しながらも、この先の不安定な情勢に耐えなければならなかった。





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