12.国内外の事情に触れる事に
マシューの先導による工場の居住区にある会議室に戻ったカイ達は、目の前のルーデルと対面する形で座った。
「さて、現状の工場視察を行ったが…確かに出来の良い大砲や乗り物が出来上がっているな」
「はっ、我が社の製造技術では金型による鋳造技術での生産向上は確実に上がっております。しかし、キクルス領と魔族国との国境に近い鉄鉱山の影響で…」
「あそこのドワーフ達はかなり商売にがめついと聞くな…」
ルーデルは改めてマシューの報告を聞きながら資料を目に通しながら答えていた。
カイもまた、ティファやミリーから渡される資料を目に通しながら考えていた。
実家であるキクルス伯爵の屋敷で見た時よりも、国境付近産の鉄鉱がより深刻な価格高騰になっていた事に。
「マシュー、これは深刻どころじゃないんだが…」
「儂もわかっとる。あやつ等の言い分だと、元より鉄鉱石の採掘量が減っているのに加え、魔族国内で鉄の買占めが起きているのもあるのじゃ」
「鉄の買占め?ここ最近の入った情報じゃあなかったんだけど…」
カイの疑問にルーデルがマシューに代わって答えてきた。
「魔族国内にて過激派達が決起を起こし初めてな。セントーラ西部を筆頭に魔族を迫害する国と領土に向けて戦争を行おうとする動きが見えた」
「そ、それは本当ですか…!?」
魔族達に戦争を起こそうとしている事にカイはおろか、ミリー達も驚きを隠せなかった。
セントーラが建国した1000年前ぐらいに、父神が作り出した魔物の長である魔王に追従する亜種族の頂点であった過激派魔族がおり、魔王が滅びるまでは穏健派魔族や亜種族を含む魔王の敵と戦い続けていた。
しかし、稀代の勇者が魔王を討伐された際に過激派魔族達は戦いを止め、死んだ魔王に後を追うように心中する者から抵抗をせずに投降する者と分かれ、過激派達は歴史の影に隠れていった。
ただ、近年の女神教への不信感はおろか、セントーラを筆頭に魔族を迫害差別を行う人間達が増えた事により魔族を筆頭に亜種族から不満がたまり始め、かつての過激派魔族に属する者まで現れ始めた…
「ここ数年は魔族国内でも一割程度だった過激派の連中だが、最近では三割ほどにまで膨れ上がり、他国に潜む過激派の集団と合流し始めてるらしい。その所為で魔族国の輸出物を襲う者や穏健派魔族の店やギルドを襲う事例も出ている。その上で過激派と穏健派に属さない亜種族が便乗して鉄などの戦争に使える資材を買占めては双方の派閥に売る者まで出始めたのだ」
「なんて酷い事…もはやセントーラだけの話ではすまないですね」
「ああ。それに、鉄だけではない。食料も高騰化しつつある。現にキクルスはおろか、セントーラ全国土で起っている事だが…農作物が例年よりも不作の状況だ。その上、セントーラ内では例の勇者への祝賀を行う為に王都の商人達が食料を買占め、王城とセィタン家とベルフェ家以外の他公爵家に属する貴族達に配布している事だ」
「なんて酷い…!王都在住の貴族達は
ティファが怒る様に、本来の貴族の義務は富裕層である豪商と共に権力者として社会的責任を負う事に全うせねばならない。
況してや、貴族が豪商と結託して富を独占して護るべき民を貧困にさせるなど以ての外である。
しかし、現状のセントーラの王都で起こっている状況を見る限りでは、権力者と金持ちはその責務を放棄して自分の保身に走っている事に、ティファはおろか次期当主であるカイも憤りを隠せなかった。
「それと、恐らくだが…今日の聖女隊とやらの王都の新設部隊は、王家に従わないセィタン家とベルフェ家に属する貴族達の領土を視察し、王国と王家に対する不穏な動きを見せれば反逆と言う疑いで領地没収と爵位剥奪を行っているそうだ」
「締め上げに来てるということですか?」
「そうだ。こんな悪知恵を思い浮かぶとするなら、マーモ家とベルゼ家が掛かっているだろう。あの二家は我らセィタン・ベルフェとは違い、儀を持たずに己の保身へと走る小物の連中だからな…」
ルーデルはそう言いながら、使用人から出されたお冷を飲んだ。
ルーデルの言葉に、カイ達はこの度の勇者騒動が予想以上に複雑化している事に、改めて自分達の復讐計画への難題さが浮き彫りになった。
このまま行けば、間違いなく国が二つに分裂…下手すれば国が三つに分裂に分かれ、戦争が起きるのは目に見えている。
特に、国内で一番資産を持つマーモ家と、国内で一番の穀倉地帯を持つベルゼ家を敵に廻せばセィタン・ベルフェはおろか国全土で平民の飢餓が起きるのは間違いないだろう…
「これは…本当に予想以上に厄介な事案だな」
カイはぼやきながら、今後の事を合わせて考え始めた…
まずは、鉄鉱と食料の高騰化をどう抑えるか…
そんな様子の中、ミリーは手を上げてルーデルに聞き始めた。
「閣下、宜しいでしょうか?」
「ああ。いいぞ」
「閣下は、この状況をどう判断を致しますか?」
ミリーの質問に、ルーデルは少し一息入れた後にミリーの質問に答えた。
「さし当たって、双方の奴等に刺激を与えず傍観…だな」
「傍観…ですか?」
「ああ。幸いに、我がセィタンとベルフェでは我らの目が黒い内は不正を働いてる者を出さないようにしているからな。先日、そちらにティファ嬢を出したのは俺と兄者によるキクルスを監視するという提案の下で使いとして派遣したものだが、その必要が無いほどに不正はなく、その上で貴殿等がティファ嬢を信頼している状態で我等の為に事業を行っているからな。これでも、貴殿等を信用してるのだから…ゆえに、我らは奴等が動くまでは力を蓄え、利用するモノは利用しようという考えだ」
「つまりは…魔族国の過激派に加え、マーモ家やベルゼ家の領内にある反乱の気配を放置する…と?」
「ああ。正直にいえば、元を正せば政に携わってないアスモデ家が好き放題にやってるのと、そのアスモデ家を甘やかしてる王家とレヴィア家の結果だがな。どの道、我らを王都から排除した時から国として終わっている。魔王と魔物とは関係のない過激派魔族達の侵略と管理がなっていないマーモ・ベルゼ領内の平民による反乱の兆しに手を貸す義理もない」
「ごもっともですが…そんなに事が動くのでしょうか?」
カイの言う通りに、ルーデルの言葉に幾つかの疑問が浮かび上がった。
本当に過激派魔族達がセントーラに攻め込むのだろうか?
マーモ家とベルゼ家内の領土で平民の不満が高まっているのだろうか?
そもそもセシル・アスモデを含む勇者とその聖女候補達は何をやっているのだろうか?
色々と突っ込みそうなぐらいに考えるばかりであったが、ルーデルはそんなカイの様子に少し息をしてから話を続けた。
「まぁ、国内外の情勢などはそこまで深く考えなくて良い。こっちの政の動きに関しての報告は追々と渡そう」
「は、はぁ…お願いいたします」
「して、本題に戻すが…鉄鉱の価格に関しては我が家のセィタンに任せろ。社長には数日前から話し合い、魔族国内の穏健派に向けて何名かの使者を送っている。上手く行けば、価格交渉どころか同盟も出来るかもしれん。蒸気機関などの機械技術を提供する可能性があるが、鉄鉱どころか食料の提供も安定するかもしれん」
「それは…こちらとしてはとてもありがたいです。では、我々は引き続き事業の向上化を図らせてきます」
「頼んだぞ。それと…俺からもう一つ聞きたいが。カイ殿は何か武術などを鍛えておるのか?」
ルーデルのその言葉に、カイは首を傾げていたが…逆にティファはその言葉に気付いて汗をかき始め、ルーデルに進言した。
「お言葉ですが閣下…カイ様は嗜む程度でしか訓練をされておらず、日頃は文官並の書類生理を行う身で御座いますので…」
「武人ではなかったのか…残念だ」
「あと、むやみやたらと若手の男性を軍に誘うのはお止めください…ガーデルマン様を含めて何人もの武人を、ルーデル様の愛用されているドラゴンの後部に配属させ、ドラゴンに搭載してある大砲の射撃支援を行ってる事は、セィタン家領土内の貴族達に知れ渡ってますから…!」
「失敬な。優秀な部下ほど、俺と共に戦うのは悪い事ではない。むしろ、名誉だ」
「そんなんですから、国内外で『竜騎士の魔王』という異名呼ばれてるのですよ!!少しは自重されてくださいませ…」
ティファはそう言いながら眼帯の掛かった右目を手に当てながら頭を抑えていた。
一方のルーデルは「国を守る為の事だから、別に大した事ではないだろ?」という悪気のない顔で返していた。
そんな二人のやり取りに、カイとミリーは「ハハッ…」という元気の無い笑いをして顔を引きつらせていた。
と、そんな時に会議室の扉にノック音が鳴り、扉が開いた後に二人の亜種族の女性が入ってきた。
「閣下、あんた。兵装の整備が終わったよー」
「ピアシェ、閣下以外にカイを含めた貴族が居るんだからもう少し言葉を選べや…」
「めんどくさいねぇ。カイとはあたしらの中じゃないか。別に良いだろ?」
人間の少女っぽい身長ながらも女性の象徴である豊満な胸を持つドワーフの女性ピアシェは、ぶっきらぼうに言いながら夫であるマシューの小言を右から左に流していた。
その一方、もう片方の竜の特徴である角・翼・尻尾を付けた亜種族…竜人族の女性はルーデルの傍に近寄り、頭を下げていた。
「貴方様、部下の竜騎兵は魔族国への出発の手配が完了いたしました」
「そうか。では、さっそく出発をするか。では、カイ殿。引き続きよろしく頼むぞ」
「はっ!お気をつけて、閣下…」
カイの返事と共にルーデルは付き人の竜人族の女性と共に会議室を後にし、カイ達は部屋から去るルーデルに敬礼をした。
その後、建物の外に出たルーデルは待機してたドラゴンに乗り、部下のドラゴンと共に魔族国へと飛び去っていった…
「マシュー…本格的に大変な事になるな…」
「ああ…大規模な戦争が起こるかも知れんな…」
ドワーフである友人がそこまで言う事に、カイはこれからの波乱に耐え切れるか不安になっていた。
そんなカイの不安を余所に、ミリーは音を立てずに近寄り、カイの手を握った。
(大丈夫…例えどんなことがあっても、私がずっと傍に居るから…)
(ありがとう…ミリー…)
僅かな声で囁くで愛すべき幼馴染の言葉に、カイはミリーの握っている手を自らの手を重ね、窓から見える景色を見ていた…
既に季節は秋を終え、寒い冬の訪れを告げる雪が天から降り始めていた…
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