4.閑話:あの時の私は…(前編)



カイの実家であるキクルス伯爵家に引き取られてから半月…

カイの寝室にて、カイが横で寝ているのを余所に私は上半身を起こして考え事をしていた。


(んっ…まだお腹の中が熱いわね…)


カイの物から出された”種”が、私のお腹の中で渦巻いてる事への幸福感を実感すると同時に、一度…それも合意ではないとはいえ、あの男に強引に犯され、聖女でなくなったあの時のことを思い出した…




あの日、セントーラ王国全土にて18歳の成人が王都に集めて行われた選定の儀式にて…

私はカイと友人であったクリスとレイアと一緒に馬車に乗って王都へと旅立った時は終始穏やかであった…


「ねぇ、カイ様。カイ様が勇者に選定されましたら、どうなさいますか?」


クリスの問いにカイは「その時に考えるかなぁ」とそんな夢物語は敵わないと軽い気持ちで答えた事に三人揃って「カイらしい答えだ」と思って笑っていたのは今でも思い出すわ…


そして、案の定にカイが教会で選定を受けた時は”貴族”のままであったので、私は内心ホッとしていた。


…正直に言えば、私は勇者という物が嫌いであった。


人間を導く為の希望の象徴して扱われる勇者だけど、その勇者における子孫繁栄という名目としたハーレムを築く事に物凄く嫌悪していた。

古来から、セントーラにおける女の地位はそう高くはないものであるが…その中でも勇者のハーレムみたいな女を子どもを産むための道具としか思わせない思想には反吐が出ていた。

それ以前に、私の実家であるベモンド男爵家では女癖の悪い実の父親も拍車をかけているのは言うまでもなかった。

三男三女の六人兄妹で、正妻から生まれた長男と次女を除いて、私を含めた残り四人は二人の愛人から生まれたぐらいに男爵程度の家で多妻を持っていた事に、私は父を軽蔑していた。


逆に言えば、あれこれと些細な迷惑をかけてる割には使用人の女性にも気を使って手を出さないカイに対しては信頼していたし、婚約者がいなければ恋愛したいほどでもあった。

元より、世話を焼ける弟みたいなものだったけど、異性として見ても恐怖心を抱かないほど、何処かホッとする所があった。


父はキクルス伯爵への玉の輿を狙わせる為に私がカイに接近する事への許可を降ろしていたみたいだが、あの時までの私とカイは本当に親しい友人で、親しい姉弟で、そして…親しい幼馴染だった。



私を含めた三人が、聖女の候補として選定されるまでは。



カイは、「決まってしまったみたいね…どうする?」と聞いて来たけど、王国と教会の規定により数日間は帰れない事が分かっていたので私はクリスとレイアと共にカイに説明すると「分かった」と答えて私達より先に帰る事になった。


今でも、あの時のカイとクリスのやり取りを思い出す…

ちゃんと交わしたのに…あとであんな事になるなんて…


「クリス、レイア、そしてミリー。みんなで一緒に帰ってきてね」

「はい…カイ様も…私達の事をお待ちください…」


クリスが涙ながらに馬車に乗るカイと手を握り、カイの手を離した後に馬車が遠ざかっていくのを見送った後…侯爵以上の上級貴族達と伯爵以下の下級貴族と平民の三つから選定された聖女候補達は、それぞれの場所に連れて行かれた。

上級貴族達は教会の奥である修道の間に連れて行かれ、勇者が来るまでの間はここで女神教の教えと聖女としての訓練を行うと神官から説明を受けている事を、下級貴族の私達は案内人が来るまでの間に聞いていた。


「クリスはどうするの?聖女といっても色々あるでしょ?」

「もう、ミリー様はお分かりでしょう?私は攻撃魔法、レイア様は剣術、貴方は体術と回復魔法が得意分野で御座いましょう?」


クリスの言う通り、聖女といっても様々な分野が存在し、その中でも突出する者達はそれぞれの職の姫として扱われる。

剣士ならば剣姫、魔術ならば魔導姫等々…

そんな感じに姫として扱われる。

別に職業名をそのまま使ってもいいでしょ?と思いがちだが、これも古代の勇者を決めた王族と女神教が「英雄になった者は、男は勇者で女は聖女でなければならん」と決め付けた事が今日に至ってるわけ…


そんな下らない定義を考えていた時、あの男が待っていた私達を含めた平民と下級貴族の礼状の前に現れた…


「お待たせしたね、聖女候補の諸君。私が勇者に選定されたセシル・アスモデ公爵子息だ」


あの男…アスモデ家次男で遊び人の優男として有名だったセシル・アスモデが名乗りを上げた時、セシルから妙な光が私達に放たれたのは記憶にあり、私はその光を浴びた瞬間に吐き気を催すほど激しい嫌悪感に襲われた。


その余りの気持ち悪さに、思わず口を押さえたが…仮に男爵とはいえ公爵家に対して不敬を働くわけには行かなかったので持っていたハンカチで押さえるのに必死になった。

だけど、クリスとレイアは違っていた…

いや、あの二人だけでない。


私と同じ様に何人かが口を押さえて悶える中、奴の妙な光を浴びてしまった平民と下級貴族の令嬢達はこぞって頬を赤らめ、奴に近寄っていく姿を目の当たりにした。


「公爵公子様ぁ…お待ちしておりましたぁ…」

「セシルでいいよ。淑女の皆…良く集ってくれた」

「は、はいセシル様ぁ…」


まるで始めて恋をしたような声を上げるクリス達に、私の顔は真っ青になっていた。


狂ってる…始めて顔を合わせただけなのに、もう恋人になった気で男に近寄る女達を理解できない…


そんな感情が私の中に渦巻き、嫌悪を抱く中でなんとか平常に保つのが限界であった。

私の無様な姿をあの男は嘗め回すような目線で見ていたが、先に近寄っていたクリスとレイアの方に興味を持ったのか二人を優しく抱きしめながら何かを囁く姿に、私はカイに懺悔をする事しかなかった…



その後は、下級貴族の令嬢と平民の女達は王都にあるアスモデ家の屋敷に招かれ、それぞれ当てられた客室に入れられた。

ただ、あの時にセシルに近寄った者達と近寄らなかった者達には格差があり、クリスとレイアを筆頭にした何かに取り付かれたかのような貴族令嬢や平民の女はセシルの部屋に近い一等の部屋に、私を含めた近寄らなかった貴族令嬢達はただの客室。

そして、近寄らなかった平民の女達は…屋敷にいた下男達と共に地下へと連れて行かれた。


あまり考えたくはないが、そう言う事をされるのだろうと地下に連れて行かれた彼女達に祈るばかりであった…


平民の彼女達とは別に、私は割り当てられた客室で近寄らなかった令嬢達とあの男の感想など語り合っていた。


「ミリー様はあの方にはどういったイメージがありますでしょうか?」

「私ははっきりと言うなら…女の敵としか言えないかな。あっ、ごめんなさいね。私、貴族の淑女な礼儀語はあまり得意じゃないから」

「いいえ、構いませんわ。…ミリー様もでしたのね。もしかして、婚約者とかおられますか?」

「ううん、いないわ。といっても、私の友人が婚約者が居て、その友人の男の子とは幼馴染ぐらいな感じかな。なんか、世話の焼ける弟みたいな感じの」


私はそっけなく答えたら彼女達に「あらあら、まぁまぁ…」と驚かれたのには記憶に残っていた。

まぁ、普通なら私が婚約者になってもおかしくは無かったけど、私の男爵家とクリスの子爵家では身分が違っていたからね…

特に、クリスの実家であるブラウン子爵家がカイのキクルス伯爵家に援助を受けていたから、援助の代償としての政略結婚で婚約結んでいたからねぇ…

まぁ、セシルの会う前までのクリスなら、元からカイの事が好きだったので問題はなかったんだけどね。


そんな与太話を話していたら、私達が居る客室の扉からノック音がしたので「どうぞ」と言って招いた。


入ってきたのはクリスとレイアの二人であったが…先程の淑女なドレス姿の彼女達とは違う事に私はおろか、中に居た令嬢達全員が唖然とした。


その姿はまるで、貴族専属の娼婦みたいな素肌が見えそうな破廉恥なドレスと妖艶な化粧をされた悪女その物であった…





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