3.突然の勇者の来訪…
あれから数日後…
先日の豪雨が嘘のように晴れ渡った天気の空の上で、カイは庭園のテーブルに座って紅茶を飲みながら報告書を閲覧していた。
その傍にはすっかり従者板が付いたミリーが静かに立ちながら…
「…ミリー」
「何でしょう?」
「君も座っても良いんだよ?」
「…これも執事訓練の一環です」
あれ以来、本格的に執事としての道を歩むミリーにカイは口を出さなくなった。
かわりに、気を張り続ける彼女に気に変えて声を出す事が多くなった。
ただ、これも一つの生き方だろうと思ってるカイにとって、このやり取りが一番だろうと思っていた。
そんなミリーとのやり取りを置きながら、カイは閲覧した領内の事業報告書の情報を整理していた。
「燃える石こと、石炭採掘事業が効率化が成功してるみたいだ。三割程度から五割程度まで上がっている」
「まぁ、なら蒸気事業が盛んになりますね」
「ああ。これならベルフェ家が計画してる産業事業がもっと発展しそうだ」
勇者が誕生する前からベルフェ家が計画していた石炭を使った工業系の産業計画があったが、元々地中深くに存在する石炭を掘り出す作業に難航し、銅山や鉄鉱山の合間に取られる程度しか得られなかった為に価格が安定せず、溶鉱炉の燃料程度しか使われなかった。
しかし、キクルス伯爵領内にある湿地帯にて泥炭と呼ばれる石炭の一種が取れる事が分かり、その湿地帯を調べてみるや広大な石炭埋蔵量が判明し、ベルフェ家のお抱えである石炭事業者がキクルス家と提携して掘削する事業を行い始めた。
その結果、泥炭を含めた石炭の供給量が安定し始め、計画していた産業が一気に進んだ。
特に、蒸気を使った機関開発が活発化し、蒸気機関を含めた鉄鋼機械の開発も進み始めていた。
同時に、その泥炭地とは別の場所では燃える水こと石油の採掘計画も進み、少量ながらも産出し始めてる事も報告書で書かれていた。
これが成功すれば、現在のセントーラ王国での魔法による産業を上回る新しい技術革命が起きるとカイは算段していた。
実際に、この石炭石油の埋蔵量を持ち込んだことで、兄であるオイゲンがベルフェ家に婿養子として入る事になったのである。
「あとは、ベルフェ家お抱えの技巧士達が馬の要らない馬車などの乗り物を作ってくれたら、一気に発展をするかもな」
「そうね。ところで…セィタン家の情報も見られますか?」
「見よう」
カイはミリーから手渡されたセィタン家の行動報告書を閲覧した。
あちらの事業である軍事増強の計画などが上がっているが、その中でも眼に光る情報があった。
火薬兵器である銃と大砲の向上化と、騎士団よりも兵団の強化である。
元々、マスケット銃が主流であった兵団の銃器であったが、薬莢開発の成功による火薬の向上化により弓矢よりも沢山弾が持てるようになったのと、弓矢の訓練よりも銃の狙撃訓練の方が新人の兵士の教育に効果的だという報告書が上がっていた。
これが上手く行けば、貴族主義的な騎士達よりも訓練を受けた精鋭の兵士達の方がより増強するだろう。
況してや、ベルフェ家の産業計画と連携すれば、馬の要らない乗り物による兵士の大量輸送はおろか、従来の弓矢や剣の効かない鋼鉄の乗り物で相手陣地に乗り込む事が出来るだろう。
まさに、剣を持った魔法も使える勇者や聖女といった特別な人間が不要になる時代は来る…
セィタン家はおろかベルフェ家もそう考えており、この二つの公爵家は密かに結託を考えていた。
目指すは新しい人類のあり方を…
これらの事業に対して異を唱えるとするなら、王家とレヴィア家あたりだろう。
ルシフェ家やマーモ家なら時代の流れとして静観し、ベルゼ家は自分達に被害が無ければいいと考えてるはずである。
ここまでなら均衡しているとして流せるのだが…やはり問題児となるのがアスモデ家。
本来ならばベルゼ家と同じく自分に被害がなければいいという立場のはずが、今回の勇者選定で自分の家の者が選ばれた事で王家とレヴィア家側につく可能性もある。
ただ、現状としては貞操の緩いアスモデ家が女神教に狂信的なレヴィア家が相容れるのは難しい状況である…が、余談を許さない状況でもあったりする。
そんな板挟みを考えるとキクルス家もあまり言えたものではないが、現状としては利益が出るならばそれでいいと考えである。
カイとしてはそんな考えであり、公爵家同士の伏魔殿みたいなドロドロの政治劇に参加する気はない。
現状の家業の状況を見ながら報告書を整理していたカイとミリーの二人であったが…キクルス家に長年従っている執事長のバトラが音を立てずに現れた。
「カイ様。お客様で御座います」
「分かった。”ミーシャ”」
「畏まりました」
カイの声と共に、ミリーは声色を変えながら顔の鼻から上半分を覆う仮面を嵌め、バトラの横に付くようにカイの後へと続いた。
応接間まで辿り着いたカイは先客を案じる為に部屋をノックした。
「不肖のカイ、ただいま到着です」
「入りたまえ」
中に入っていたレオンの声と共に、カイはバトラが扉を開けた後に中に入っていた。
そこには神妙な顔をするレオンとイライザの姿と、見たくもない三人の姿があった。
元婚約者で聖女のクリス、義妹で聖女のレイア、そして…アスモデ家の次男で勇者のセシルであった。
「かけたまえ。クリスの元婚約者殿」
「いえ、結構で御座います公爵殿下。私はキクルス伯爵様の後ろで待機させて頂きます。”ミハイル”」
「承知しました」
何事もなく行動をするカイの様子に内心驚いていたクリスとレイアであったが、直ぐに興味を無くしたかのように無視してキクルス伯爵当主であるレオンの方を見ていた。
「さて、大切なご子息が到着した所で今回の訪問についてですが…」
「我が家の息子であるカイとブラウン子爵令嬢であるクリス嬢との婚約破棄、そして…そのクリス嬢と我が家の義理の娘であるレイアをそちらに嫁がせる案件…ですな?」
レオンの問いにセシルは下種笑みた顔でキクルス伯爵夫妻とカイを見ていた。
隣に居る男装したミリーの姿をタダの使用人だと思って眼中にいれずに…である。
クリスとレイアも目の前の若い執事見習いがミリーだとは思わず、セシルと同じく眼中にいれていなかった。
「はい。とても良いお嬢さん方でしてね。我が家の繁栄と勇者としての聖女候補である彼女達を迎え入れるのは大変喜ばしいもので御座いますゆえに…ここは一つお願い申し上げに参りました」
「左様で御座いますか。して、ブラウン子爵家には一通りお目にかかれましたかな?」
「ええ。此方に向かう前に向かわせていただきましたとも…ただ、貴方方への負債があったらしく、援助を切られた事に対して物凄く嘆いておられましたが?」
「元より、ブラウン子爵家には我々に対して援助の申し出があったゆえで善意の下で援助しておりました。クリス嬢とはその時の約束で我が息子のカイと婚約を結ばせておりました。しかし、先方のそちら側…アスモデ家に嫁ぎたいという噂をお聴きした上で、我が財政よりもアスモデ家に嫁ぐならば、我がキクルス家よりもアスモデ家に援助を求めるのが良いだろうという配慮の上で援助を打ち切りました。何か問題でも御座いますでしょうか?」
流石は我が父…
伊達に癖の強いベルフェ家の下で従ってるわけではないと、カイは感心していた。
そんなレオンの言葉にセシルは「ふむ…」と一声を出した後、納得した顔で答えてきた。
「分かりました。ブラウン家に対する援助は我が家で保障しましょう」
「それでお願いいたします。それと…我が義理の娘であるレイアに対してですが…イライザ」
「はい。レイア、貴方は我がキクルス家とは縁を切り、養女としてブラウン家に入った後にアスモデ家に嫁ぎなさい」
「…えっ?」
突然の母親の言葉に、レイアは思わず間の抜けた声を上げた。
「お、お母様?それはどういう事…?」
「私が貴方の誰が恋するかなどは問いません。しかし、今は亡きミリー嬢を嵌めた挙句に彼女を陥れた事には許しません。なので、その相応の罰と親子の恩情としてブラウン家に養子縁組を申し立て、貴方をブラウン子爵令嬢として送ります。今後、貴方とクリス嬢は我が家の関係は一切ないと思いなさい。公爵殿下も、我が家への援助とかは一切ご考えなさらずにブラウン家の方に対応をお願いいたします」
なるほど、そういう事にしたのか…カイは継母であるイライザの対応に感心した。
確かに政略結婚の道具として扱ってないレイアを、恋愛などの交際は自由で結構だが縁を切るという材料としては今回の婚前交渉では薄い。
なら、ミリーを乱暴した時の傍観を含めた不届き行為に対して罰を与える上に面倒ごとは全部ブラウン家に放りやろうという魂胆の下でブラウン家に養女として送り、今後キクルス家はアスモデ家に一切関与しないというメッセージを来る事が出来る。
我ながら二人の親に感服するばかりであったカイであるが…逆に報復が来ないか心配であった。
ただ、カイの予想とは裏腹にセシルは身体を震わせたかと思いきや突然笑い出した。
「アッハッハッハッハッハッ!これはお笑いですなぁ!あの犯罪者の女を見放したという理由で勘当とは…!!して、あの女が死んだという証拠は御座いますかな?」
「こちらに御座います」
レオンは執事長のバトラにある物を出すように指示し、バトラは命令通りに布に包まれた物をテーブルの真ん中に置き、布を捲った。そこには血で染まったミリーのブローチが納められていた。
「私どもの配下が付近を捜索したところ、川岸で血痕の上にこのブローチが落ちておりまして、遺体は何処にもありませんでした。恐らくは川に流されたのでしょう」
「ふむ。命があったなら助け舟を出そうと思っていたが…こうなっては仕方ありませんなぁ。このブローチはベモンド男爵家に送っても構いませんかな?」
「構いませぬ。既に衛兵達の捜査も終わっておりますゆえに」
「分かりました。では、責任持って預からせて頂きます。クリス、それを」
「はい、セシル様」
セシルの命令の下、クリスは何事もない顔をしてから血塗れのブローチを布に包んで持ち、レイアと共に席をたった。
その後にセシルも立ち上がると同時にキクルス伯爵夫妻も立ち上がった。
「では、今後は社交場でお会いした時にでもよろしくお願い致します」
「ええ、そうさせて頂きます」
そんな短いやり取りの後、セシル達はバトラの先導の下で後にした。
その一瞬ほど、クリスはカイの方に一度顔を合わせるが、何も興味も持たない顔をしてから逸らした後は声も掛けずに去っていた。
彼等の乗っていた馬車が過ぎ去った後、イライザは気を抜けてから応接室のソファーにもたれ掛かった。
一瞬はしたないと声を出したいカイであったが…ここまで気遣ってくれた義理の母親に労いの言葉が出ていた。
「お疲れ様でした、イライザ母上」
「つ、疲れたわぁ…幾つ物の魅了洗脳防止アクセサリーをつけていたとはいえ、なんという魔力なの」
「う、うむ…済まなかったな、イライザ」
「あなたぁ…今晩は一緒に寝室で寝かせてぇ…♪」
イライザのその言葉に、レオンは言葉を詰まらせて顔を青くし、助け舟を求めようとカイとミリーに顔を合わせたが…二人から胸元を指で十字に切って祈られた事で諦めた。
「それと…カイもミーシャちゃんと一緒に寝室に来なさいね?」
イライザはそう言ってニッコリ笑いながら二人を見つめるや、カイとミリーの二人もまた顔を青くしながら空笑いをしていた…
一方のセシル達一向は馬車に揺られながら舌打ちしていた。
「ちっ、隙あらばあの家の資産を賠償として頂くつもりだったがな…それにしてもあのババア、俺の魅了が効かないとはな…」
「放って置きましょう、セシル様。女神教に媚びないあの家の資産なんて大したものではありません」
「そうですよ。勇者としての功績を挙げれば王家の資産も使えるのですから、それを知らない上にセシル様の魅力が分からないお母様なんて私の親ではありません」
「…そうだな。クリスよ、先にお前の実家に訪れた後は援助受理を告げた後にあの女の実家に向かうぞ。良いな?」
「はい、旦那様。それと…今晩も愛してくださいますね?」
「勿論だとも。それに、他の平民上がりの女も味わいたいな」
セシルは下衆の笑みを作りながら、クリスとレイアの肢体を弄りながらこれからの事を考えていた。
先程の下級貴族のキクルスなど、頭の中から忘却しながら…
セシル達が去り、伯爵夫妻も公務を終えてからはイライザがレオンに抱きつきながら引いていく姿を見送った後。
カイとミリーはカイの自室に戻ってから一息を入れていた。
ミリーもミハイルとしての執事モードから元の女性モードへと戻し、カイの煎れた紅茶を飲んでいた。
「なんていうか…あの男の予想以上に頭の悪さになぁ…」
「普通、イライザ様のあの切り札なら色々と不都合な事を押し付けてくると思うけど…」
「恐らくは勇者の功績でも上げれば王家入りでも出来ると思ってるのかねぇ…」
「否定はしません。現在、セントーラ王家には第二王女と第三王女が婚約無しの状態ですからね」
玉の輿を狙っているのだろう…
カイとミリーは勇者達の浅はかさに呆れながら、時代に取り残されていく者達に哀悼の意を捧げた。
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