第9話 仙人の必殺技
あっちゃんに「なぁ」と声を掛けられた。
「山で思い出したけど、お前さぁ、カブトムシ捕ってから帰る時にどうだった?」
「言われたみたいに、なんか見られているみたいだった」
「だろ?」
「うん」
あれは不思議な体験だった。怖いと思ったけれど肝試しやお化け屋敷の怖さとは違う、口では上手く言い表せないけれど本当に不思議な体験だった。あっちゃんに教わってなかったら怖くて怖くてしょうがなかったと思う。
「最後に言った誓いの言葉は守らないとな」
「うん」
あの雰囲気の中で言うのは緊張したけれど、何度か練習したから上手く言えたと思う。
「山の神様も承認してくれたみたいだしな」
「なんで分かるの?」
「あの後、少し気持ちが楽になっただろ?あれは悪さしに来たやつじゃねぇんだなって山が理解を示してくれたからなんだよ」
「だからかー」
「あいつらの仲間達が遣いになって、お前がしっかり育ててるか見てるからな。責任重大だぞ。それにちゃんと育てればお前だったら良いって、来年も良くしてくれるからな」
「うん」
敦仁としても、この手の話は子供に生命の大切さを説く迷信じみたものだと理解している。しかし、心や脳が成熟していないこの頃の男の子にはこういったものの方が効果があるのも分かっている。大人になると迷信など非科学的なものを段々と信じなくなる。あの心が騒めく感じは、周りの状況を視認できない事からくる不安感だったり、肉食動物から身を守る本能からくるものだとか色々と説明ができそうだ。だからといってそれを説明したところでなんの面白みもない。畏怖の念を抱かせて、自然を大切にする心を養った方が得策だと思っている。
「まあこれは、兄貴達じゃなくて晴喜さんから教わった事だけれどな」
「晴喜さんて岩手にいるお母さんのお兄ちゃん?」
「おう」
「あっちゃん岩手に行ったことあるの?」
「お前の父ちゃんと母ちゃんが結婚する時に挨拶をしに行ったんだけれど、そん時になぜだか俺も連れてかれたんだよ。兄貴はああ見えて恥ずかしがり屋だから、俺を連れてったんじゃねえかと思ってるけどな」
「そんな事があったんだ」
「そうだよ、人生には色々あるんだよ」
父ちゃんがそんな感じだなんて信じられない。けれども、言われてみたらそうなのかもと思ってしまう。
「お前の父ちゃんもすげえけど、晴喜さんもすげえぞ。噂によると仙人なんじゃねえかって話だ」
「おじちゃんが仙人?本当にー?」
遠野のおじちゃんは白くて長い髭なんて生やしていないし、杖もついていない。歳もそれほどとっていない。
「なんだ疑ってんのか?河童や天狗は知ってるよな」
「うん。漫画に出てくる」
「岩手にはいるんだよ」
「ウソだー」
「本当だって。ちゃんと遠野物語って本に書いてあるから読んでみろ、多分お前ん家にあるから。どこにあるか母ちゃんに聞いてみな。そんな場所に仙人の一人や二人は居たって不思議じゃねぇだろ?」
「うーん。でもおじちゃん、白くて長い髭生えてないよ」
「バカだなー。それは仙人界でもボス的立場の人達だよ。仙人にも色々いるんだよ」
「ふーん」
あっちゃんは時々変な事を言う。
いつもの冗談だと思うけれど、冗談を言っている時の顔をしていない。
「お前信じてねぇな。晴喜さんは『大地のドラ』ってのを使いこなすんだ」
「大地のドラ?」
「そう、大地のドラだ。ものすげえ必殺技でな、一瞬でカブトムシを集めちまうんだぞ」
あっちゃんの口から興味深い言葉がでてきた。僕はあっちゃんの方に顔を向ける。
「秘伝の書もすげーけど、もっとすげーものもこの世にはあるって事だよ」
こんなにもすごい秘伝の書よりすごい大地のドラってどんなのだろう。
「岩手に行った時に見せてもらえ。秘伝の蜜とか仕掛けなんて必要ねぇ。一瞬だぞ、一瞬。それで大量のカブトムシが捕れるんだよ。あれを初めてみた時は目ん玉が飛び出るかと思ったよ」
「分かった」
ペラペラとページをめくると、紙が張り付いているページで指が止まる。そういえば朱音ちゃんの声が聞こえなかったなと後ろを見ると、窓に頭をつけて眠っているようだった。
その後も虫取りの事とか、実は草下の事が好きな事とか色々な話をした。
「よっしゃ、草下ちゃんのことは俺とお前の秘密な。その代わり、これの事は日和には内緒だぞ」
そう言われながら飲んだマンゴーフラッペは甘くて、冷たくてめちゃくちゃ美味しかった。
家に着いたから二人にお礼を言った。あっちゃんは「早くデカくなりてえのも分かるけれど、小せえのも小せえなりに良い事があるから頑張んだぞ」そう言って拳をこちらに突き出した。
僕はその拳に「うん」と頷いてからコツンと拳をぶつけた。
僕が車から降りると、朱音ちゃんが後部座席から助手席に移るために車を降りてきた。すれ違いざま「大地のドラ、鳴らせるといいね」と、ウインクしてきた。
「起きてたの?」
「その時だけだよ」
朱音ちゃんは笑っていた。
朱音ちゃんと僕の秘密は、知らないところでもう一つ増えていた。
顔を赤くした僕は、二人の乗る車にずーっと手を振っていた。
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