第7話 マンゴーフラッペ

「それによ、持ち主が名前通りだとしたら、宝物は大事に仕舞っておく兄貴がそんな事するとは思えねえだろ?」

「確かに」


 言われてみたらそうかもしれない。


「さっきの話の続きで、初めのうちはみんなで仲良く育ててたんだよ。でもよ、人間てのは欲深いものだよな」


 敦仁は冷笑を浮かべる。


「きっかけは忘れたけど、誰のものかで喧嘩になってな。お前の父ちゃんは見つけたやつのものだって言うし、お前の父ちゃんだと手が太すぎて穴に入らなくて三番目の兄貴が手突っ込んで取り出したから手柄からして自分のものだって言い張るし、二番目の兄貴はその場所にいなかったから面白くなくて、俺がいなけりゃその穴を探さなかった。って俺の味方になってくれてな。誰一人として譲らねえから段々と熱くなってって、本格的な兄弟喧嘩になったら後はいつもの通り…」話している途中で口はへの字に曲がる。「角刈り筋肉ゴリラのお出ましだよ」


 敦仁はその顔のままクッと顎を引き、げんなりと肩をすくめる。


「みんながヤベーって思った時にはすでに遅しで、四人全員頭を押さえて座り込んでな」


 お父ちゃんがよく言っているけれど、お爺ちゃんのゲンコツはものすごく痛いらしい。

 想像しただけで僕の顔も、あっちゃんと同じみたいに歪んでしまう。


「俺なんてある意味とばっちりだろ?やってらんねえよ。あん時はあまりの痛さに、「そんな喧嘩すんだったら逃しちまえ」って親父の言葉なんてどうでもよかったからな。で、揉めに揉めたけど結局は逃すのは勿体ねえってなって、小学校にあげることになったんだよ」

「そうだったの?」

「おう。誰のものかはっきりしたわけじゃねえから苗字の前に(仮)って書いたら、先生にめちゃくちゃ怒られたけどな」

「何それ」


 僕は思わず吹き出してしまう。


「今度よーく見てみろ。消しきれずに薄ら残ってるから」


 敦仁もケタケタと笑う。


「今じゃ笑い話になったけど当時は結構尾を引いてさ、しばらくは兄弟みんなギスギスしてたよ」


 父ちゃんから聞いていた話だと、「兄弟で捕りに行った時に偶然見つけた」と、ほぼ自分のもののように話をしていた。


「あんだけのヒラタ見つけて自慢しねえのは、兄貴としても多少の引け目なり負い目を感じてるんだろうな」


 僕だったら自慢しまくるのに、そう思っていた。お爺ちゃんに似て、父ちゃんもあまり話さない人だからそれでだと思っていたけれど、そういう事情があるんだと知れて面白かった。


「小学生ん時は、あのクワガタ見る度に俺の名前がないのが不満でよ。あれは俺のおかげでもあんじゃん。マジでおかしいだろ?それを兄貴に言う度に「俺は長男だから」って笑うんだよ。末っ子の辛いところだよな」


 弟には弟なりに、大変な事があるらしい。

 さっき、ピンクの天然石がキラリと光った事が頭に浮かんだ。


「でもよ、お前の父ちゃんは「どんな時でも兄貴は弟の前でカッコよくなけりゃいけない」なんて言ってるから、兄貴は兄貴で大変なんだろうな。こっちとしては、そんなこと知らねえけどよ」


 あっちゃんは父ちゃんへの文句や愚痴みたいのをたまに言う。


「あの時も尋常じゃねえぐらい痛いはずなのに、平気なフリして俺達の前に立って一人で親父に怒られてたからな。そんなことするぐれえなら、初めから俺に寄越せって話だよ。こっちは流したくもねえ涙を流してるんだからよ」


 でも、この笑顔を見る度に、父ちゃんの事を好きなんだなって思えて嬉しくなる。


 それに、当たり前だけど父ちゃんもお爺ちゃんに怒られた時はあったんだなと思ってしまう。

 怒ると怖くて、たまに面白くて、日和にばっかり優しくて、無口だけど一緒になって遊んでくれて、でもやっぱり怖い。僕は父ちゃんの事を父ちゃんとしか知らないけれど、いきなり父ちゃんになったんじゃ無くて、色々あって父ちゃんになったんだなと改めて思った。


「日和もマンゴーフラッペ飲みたかったかな?」

「なんだ、なんだ」


 あっちゃんの口調が、僕を揶揄う時にするやつに変わる。


「急に妹の心配しだすなんて、俺の話に感化されたか?」


 何も考えずにあっちゃんに聞いただけなのに、そんな風に言われるなんて思ってもみなかった。

 言われてから気がついたけれど、言い当てられたみたいで少し恥ずかしかった。


「違うよ」


 僕は慌てて首を振る。

 

「自分も行きたかったって拗ねられたら嫌だなって思っただけだよ。それにあんなに幸せそうに寝てたんだからもし文句を言われても言い返してやる」

「どうした急に早口になって。寛仁兄貴みてえだな」

「父ちゃんみたい?」

「どうせ都合が悪くなったんだろ?よく喋るから母親似かと思ってたけれど、そういうところは似るんだな」


 少し前にある信号が、黄色から赤に変わる。


「それに素直じゃねえところもそっくりだ。血は争えないってやつか?」


 座席の肘掛けに体を預けて、あっちゃんがじぃーっとこっちを見ている。対向車のライトで、唇の端っこが上がっているのが分かる。


「信号変わったよ」

「おっ!?何だお前、生意気なこと言うじゃねえか」


 あっちゃんは僕の頭をガシガシしてきた。いつものガシガシより力強くて痛かったけれど、いつもより嬉しかった。


 僕は唇を尖らせる。あっちゃんは笑っていた。

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