第6話 カブト、クワガタ

 僕ん家に着いた。


 あっちゃんが、僕達のリュックを持って家の中に入る。

 少しすると玄関からお母さんが出てきて、寝ている日和を朱音ちゃんから受け取る。朱音ちゃんはお母さんからビニル袋を受け取ると、何やら話をしている。

 僕は虫籠と虫取り網の他に、車の中に残されていた日和の荷物を手に持つ。


 何も言わずにお母さん達の横を通り過ぎた時に、日和の指にピンクの大きな天然石がついた指輪が嵌められていることに気が付いた。朱音ちゃんに買ってもらったもので、おめかしする時にいつも嵌めているものだ。

 僕は唇をキュッと結ぶ。


 玄関の手前で、あっちゃんとすれ違った。その時にポンッと頭を触られた。


「荷物置いたらドライブ行くぞ」


 僕は顔を上げて振り返る。

 あっちゃんは振り返りもせずに車へと歩いて行く。


 家の明かりが浮かび上がらせたあっちゃんの背中は、見惚れるほどに印象的だった。


 僕は玄関に物を置くと、急いで車に戻った。

 お母さんの「気をつけてね」という言葉に朱音ちゃんは頭を下げると、車に乗り込むために後部座席のドアを開けた。


「いいの?」

「今日は助手席に乗る約束でしょ」


 朱音ちゃんとハイタッチをすると、僕は急いで助手席に乗り込んだ。


「なんだ、持ってきたのか?」

「うん」


 敦仁は片手に秘伝の書を持っているため、シートベルトを締めるのにまごついている寛明に声をかける。


「おもしれーだろそれ?」

「うん。色々な事が書いてある」

「俺たち兄弟の血と涙の結晶だからな、面白くねぇ訳がねえ」


 敦仁はうんうんと頷く。


「どこ行くの?」


 準備万端整った僕は、急かすようにあっちゃんに行き先を尋ねる。


「そうだな、クソガキから成長したご褒美として、マンゴーフラッペってのを飲ませてやるよ」

「何それ?うまそう」

「だろ?最近発売したやつで美味そうだから飲み行くぞ」

「やったー」


 僕は元気よく拳を上げる。


「よし、行くか」


 敦仁はシフトレバーをDレンジに入れ車を発信させる。


「母ちゃんごめん。荷物そのまま」


 窓を開けてお母さんに手を振ると、ハザードの点滅で顔が数回照らされた。

 なぜだか笑っていた。




「まだ小学校にヒラタクワガタって飾ってあんの?」


 気持ちよさそうにハンドルを切っているあっちゃんが聞いてきた。


「父ちゃんが捕ったってヤツ?」

「そうそう」

「うん、あるよ」


 僕の通っている小学校の理科室には、ヒラタクワガタの標本がガラスケースの中に入れられている。自然界で育ったもので8cmに届きそうな個体は国内でも最大級らしく、珍しいからと学校に寄贈したらしい。

 大きく開いた二つの顎の上にある『卒業生 杉本寛仁 寄贈』という文字を見る度に胸の辺りがむず痒くなるけど、父ちゃんかっけぇと思ってしまう。


「あれ、兄貴一人の手柄じゃねえんだぜ。俺のおかげでもあるんだよ」


 敦仁は片眉を上げ寛明に目をやる。


「あっちゃんのおかげ?」

「まあ、俺がいなかったら手に入らなかったから、ほぼ俺の手柄だな」


 敦仁は顎に手を当て、ニヤリと笑顔を浮かべる。


「どういう事?」

「やっぱ知りてぇよな」

「うん。当たり前だよ」


 敦仁は、そこまで言われたらしょうがねぇなと話し始める。含みを持たせた顔が渋々では無い事を物語っている。


「まだ俺がお前より背が小せぇ時によ、お前の父ちゃんがお守り役で、三番目の兄貴とクワガタ捕りに行った時の話なんだけれどよ」

「うん、うん」


 僕はあっちゃんの方に体を向ける。


「クワガタってのは穴の中にいるだろ?まだクワガタ捕りに慣れてねえ俺に、こうやんだよって俺の身長に合わせて普段の兄貴だったら覗かねえ低さの穴を探したら…、いたんだよあれが」


 敦仁は最後だけ大袈裟に抑揚をつける。


「そうだったんだ」 

「そーよ。デケェ、デケェって騒ぎになって、三番目の兄貴もこっちに呼んでさ。そんで、いざ捕ろうとしたらヤツもこっちに気が付いたのか、穴の奥に逃げ込んじまってよ。棒突っ込んだり色々やって、どうにかして引き摺り出したらあのデカさだろ?みんな大盛り上がりよ」

「うわー」


 聞いてるだけでドキドキする。


「あんなでけえの他で見た事ねえだろ?」

「うん」

「昆虫相撲も最強だったぞ」

「やっぱり?」


 僕の小学校では夏休みの登校日に昆虫相撲が開かれる。それにエントリーするためのカブトムシは虫籠の中に用意できている。


「見るからに強そうだよね」

「おう」


 その日は昆虫相撲ともう一つ、狩人のプライドを賭けた戦いが存在する。その戦いには、大物のヒラタクワガタを捕る事ができた者だけが挑戦権を手に入れられる。

 しかし、その戦いを笑顔で終えた者は一人としていない。

 挑戦者はガラスケースに映る自分の悔しがる顔を見ることになり、王者は観戦者からの羨望の眼差しを受けて黒褐色に光り耀く。


 その無敵のチャンピョンの上には、父ちゃんの名前が飾ってある。

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