コンビニレジバイト、今日もうまく話せない……大好きな人についての憂鬱

成瀬 栞

第1話 ガードの硬い浜田サン



「いらっしゃいませ~」



 ピロピロ、と軽快な入店ベルを鳴らす客に向かって挨拶した浜田亜優は、にっこりと笑顔を浮かべた。お辞儀をした拍子に、後ろで一つにまとめたポニーテールがぴこりと揺れる。



「暑いのによくやりますね、浜田サン」



 隣のレジで制服の襟元を緩めながらぼやくのは、同い年のバイト仲間である金田享だ。すべての客に対し紳士的な態度を見せる浜田に対し、あきれを通り越して尊敬します、と追加でいらぬことを口にする彼は、実は浜田のことが好きだったりする。



 ぱたぱた、と大げさに手で顔を仰ぐ金田に対し、浜田はそうかな、と軽く小首を傾げた。



「クーラーかかってるし、そんなことはないと思うけどなぁ」


「あぁ、まぁ、そうっちゃそうなんですケド……」


「暑いなら、ペットボトルのんだ方がいいよ!」


「あぁ、ハイ……」



 ぷつ、と会話の糸が切れた感覚に軽く顔をひきつらせながら顔をそらした金田は、心の中で涙を流した。


(浜田サン……なんてガードが堅いんだ……! 十秒も会話が続かないなんて、情けねぇ……)



「すみません、レジい~ですか~」


「あ、ハイ……」



 悔やんでいる間に声をかけられ、金田は浜田に向き合っていた体を渋々方向転換させる。愛想笑いを浮かべながらバーコードでささみバーらプリンやらをスキャンし、代金を読み上げるころには、浜田も別の客を対応していた。


(あ~ 浜田サンとの会話、再開する機会がなくなっちゃったよ。なんだよこの客。ささみバー買うくせにデザートにプリンとチョコシュークリームとか、やせる気ないだろ)


 思わず心中で毒づきながら女性を見送った金田は、プリン頭をわしわしと掻きながら落胆する。傷んだ自分の髪と違って、艶のある黒髪を揺らしながら対応をする浜田は、金田の目から見ると何割にもまして可愛らしく映っていた。


(いつもよりは会話続くと思ったのにナ~)


 そうこぼす金田自身、この店内が暑いと感じていたわけではない。

合間を縫って浜田に話しかけることで、何とか共通の話題を見つけようとしていただけなのだ。

 

 その日見かけた近所の猫の話や、雲の形が飛行機だったとか、そんなとりとめのないことを話して、浜田が少しでも自分に興味を持ってくれれば、という淡い期待の下での行動。


 しかしシフトが重なり機会が増えているというのに全く進展のない現状に、金田はようやく焦りを覚え始めていた。


(もうそろそろこのコンビニでのバイトが終わってしまう……その前に、浜田サンの連絡先をゲットしなければ!)


 期限は今月末。急に決定した、都市開発に伴い閉鎖されるこのコンビニ内で、金田が彼女と一緒にバイトをできる日数はもうすでに限られていた。


 感覚的には面白い話を提供できている気がするのだが、その会話内容は浜田をひきつけるに至っていない。そしてそれを自覚していないことがいまいちアタックにかける原因ではないか、とは同じく同僚の沢村の言葉である。


 彼女への恋心を自覚してこの方連絡先も交換しない小心者へ向けられたメッセージに最初こそ反発していたものの、出会いの場がなくなってしまえば浜田との関係も切れてしまうという未来が、彼の重い腰をようやく持ち上げかかっていた。


 彼女と会える日数の中で、連絡先を交換する。あわよくば告白して受け入れてもらう。これが、八月下旬に差し掛かった大学生バイトの素直な心境だった。


 でも、それが本当は敵わない希望だということを——————金田は強く、理解していた。



「よ、お疲れさん二人とも。俺が見とくから、バックいってい~よ」


「! 諸星さん、お疲れ様です!」


「あ、ドモ……」



 バックヤードから現れた一人の青年に対し、浜田の顔がぱっと華やぎ、対して金田の顔が曇る。ぱたぱた、と諸星のほうへ駆け寄る浜田の姿を見て、金田は複雑な心境に陥った。



「浜田、休憩入ります! わ~、今四時だし、アイス食べちゃお~かな~? ね、諸星さん。私新作アイス入荷したの見逃してないですからね? 今回も開発の人、いい仕事してますよね!」


「はは、流石亜優ちゃん。新作逃さないね……よし、その眼にかけて奢ってあげよう!」


「やった~! うれし~!」



 そうだ。この浜田の目……銀に染めた長い髪に、金色ピアスをお洒落に着けた諸星というこの男に対して向けられた、輝かんばかりの視線————それが、どんな言葉を意味するのか。恋愛経験の少ない金田でも、それに気が付かないわけがなかった。


 三個年上のコンビニリーダー、完全無欠のイケメン大学生。諸星という人物は、男の金田から見ても頼りがいがあり、その性格は嫉妬するほど完璧に近かった。


 自分と浜田の次にシフトが入っている諸星は、こうしてしょっちゅう浜田と会話をしている。それに対し浜田はその都度嬉しそうな表情を浮かべ、諸星のほうも絡みに対してまんざらでない表情を浮かべていることが、金田にとっては最大の脅威になっていた。


 だから。


 「話を聞く限りそれはもう両想いなんじゃないか」と一度沢村に突っ込まれてからいやでも目に入るようになってしまったこの、自分を取り囲む歪な関係に、金田はどうしてもなじめずにいた。


(今日も何もできなかったか……)


 さよなら浜田サン、とこことでつぶやきながら金田がバックヤードに足を向けると、不意に浜田からの声が背中にかかった。



「ねぇ金田君、諸星さんが金田君も、って」


「へ?」



 一瞬何を言われたのかわからずすっとんきょんな声を上げた金田に対し、浜田がゆっくり繰り返す。



「だから、奢ってくれるって。金田君にも諸星さんがアイス」


「え、いいんですか?」


「うん、金田君の好きなの奢ってあげるよ。仕事お疲れ様」


「あ、ドモ……」


 軽く諸星に礼をしながらアイスの種類を覗き込んだ金田は、急にふわりと花の香りが鼻腔をくすぐりピクリと肩を震わせた。ぱっと横を見ると、浜田の顔が間近に会った。


(近っ……!? 良い匂いがする……!)


 ドキリ、と心臓が高鳴るが、当の本人はその古道の荒さには気が付いていないようだ。ふわり、と笑みを浮かべて金田に話しかけた。



「ね、この粒っこアイス、私ピーチにしたから、良かったらマスカット選んでほしいな。交換しようよ」


「え、交換? いいんスか?」


「言いも何も、私が頼んでる立場だからなぁ。いや?」


「い、いえ、マスカットにします」



 同様で顔を赤く染めながらこくりとうなずく金田と見つつ、アイスをレジで購入した諸星は、二人に聞こえないようにぽつりとつぶやいた。



「はは、二人はほんと仲いいなぁ……」


「諸星さん何か言いました?」


「ううん。はいどうぞ、亜優ちゃん」


「ありがとうございます! はい、金田君の」


「あ……」



 浜田からひんやり冷えたアイスを掌に乗せられ、一瞬身震いした。いくら真夏とはいえ、先ほど金田が言った通り店内にはクーラーがきいているため、アイスに触れる瞬間には悪寒がする。



「ふふ」


「!」



 ぱ、と諸星のほうを見ると、金田の反応が面白かったのか、くすくすと笑われてしまった。ただ、その笑いに敵意は感じない。


(同じ男として、歯牙にもかからないってことか……?)


 どこかプライドに引っ掛かるところもあったが、そこでいちいち反発していては実が持たないだろう。いや、諸星なら飄々と乗り越えてしまいそうだが、金田は自分が諸星に何か言っている、と浜田に捉えられることが耐えられないからだ。


(まぁ、敵視してもしょうがないよな。俺は俺のみ、魅力で浜田さんの愛を勝ち取らねぇと……)


 自分で考えながらも赤面してしまいそうになり、アイスのパッケージを頬にあてる。先ほどのことから分かるように、諸星が別段自分に対して辺りが強いわけでもなく……むしろ良くしてもらっている印象が強いというのもあって、この行き場のない感情に困惑しているというのが現状であった。


(まぁいいか)


 切り、と顔を引き締めた金田は諸星に対し軽く合唱をした。



「御馳走になります」


「ん! 大学一年なんてまだまだ食べ盛りだからね。いっぱい食えよ~」


「ね、早く交換しよ。……はい、あ~ん」


「あ、あ~ん⁉」



 驚愕して金田が横を向くと、包装紙から取り出したボール状のピーチシャーベットを差し出す浜田が、新作の味を試すのが待ちきれないというように笑顔を浮かべていた。



「ほら~」



 浜田のつややかな唇が金田に催促する。上目遣いでスプーンを差し出す浜田に、金田があらがう術を持っているはずがなかった。



「っ、はい……」



 満面の笑みを浮かべる浜田の表情に複雑なものを感じながら、ぱくりと口の中にアイスを請け負う。下の上で蕩ける甘みと冷たさに、金田は目をつむる。


(浜田サンのおすそ分けってだけでうまさが増す……)


 浜田に自分のマスカット味も渡しながら、今日もあいまいに一日を過ごしてしまったことを改めて実感した金田は、今度こそは連絡先を、と焦燥にかられた。


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