ヤケクソ泥酔エルフ拾った

二歳児

第1話

 真夜中。国境付近の森をぼんやりと歩いていた男、リベルは、盛大に困惑していた。

 原因は、目の前で真っ赤な顔でデロンデロンになっている女の存在だ。


 森の中の管理を任されているリベルは、夜更けの少し前に森の周辺を探索することを日課としていた。基本的に魔物などに遭遇するようなことはないのだが、それでも危険がないわけではない。

 しかしリベルは、厚でのブーツを履き、腰には使い古した剣をさして───と、警戒はしているのだが、それでも暢気に暗い森の中を歩き回っていた。ちなみに、腕に覚えがあるわけでもなく、ただただ能天気なだけである。


 そんな日課となっている森の散策だが、誰か人間に出会うことはほとんどない。それもそのはず、この周囲の2キロ四方あたりには誰も住んでいなかった。たまに旅人などが森を抜けてくることもあるが、関所を避けて無断で国に入っていることには目をつぶり、森の中を荒らさないように少し頼んでから、たまに気が合えば酒を一杯共にする程度だ。

 だからこそ、この森の中の少し開けた場所で、泥酔した女が一人でいるというのは珍しいことだった。


 こちらに気が付いているのかは分からないが、女はワインボトルを片手に何かを一人でブツブツと呟いていた。足元には大量のボトルが転がっているが、いくつかはまだ中身が入っているのか木の幹に立てかけて置いてある。


「………───本当に気に入らない。何故私があやつらごときに煩わせられなければならんのだ」


 危険人物という可能性もあるので一応は確認のために近づく───という大義名分を心の中で掲げて、願わくば晩酌のお供をという、完全に酒に染まった思考でリベルは女へと近寄った。そうして近寄るにつれて、彼女の女性にしては粗野な語り口調が聞こえて来る。

 首筋から耳まで夜中でも分かるほどに赤みを帯びているが、声は想像以上にしっかりとしている。基本的に無口であるリベルは酒に飲んで呂律が回らず困るようなことは経験したことがなかったが、以前ともに呑んだ旅人には酒が入るにつれて話す内容が全く聞き取れなくなるような酷い者も居た。どうやら彼女はその類ではないらしい。話している内容も、触りを聞いた限りでは意味のないものではない。


「おい、貴様。盗み聞きする位だったら飲みに付き合え」


 ふと、足音を抑えて近寄ったはずのリベルに急に視線を向けて、女はそう言った。酒のを飲むことに異論はなかったが、リベルはここに来て「グラスが無い………」と絶望的に呟く。

 普段であれば家に誘って宅飲みすることが殆どであるためグラスが足りずに困ることなどないのだが………。


 女は今気が付いた、というような顔をして、手を空中に向けて持ち上げた。それと同時に、地面から木の芽が生え出す。


 魔法だ、と心の中でリベルが呟くよりも前に、芽だったものは育ち、膝ほどの高さとなり、更に伸び、そしてある所で成長を止めて変形したかと思えばグラスを形どった。

 ほれ、という適当な言葉と共に、女がそれをリベルに投げた。


「口当たりは悪いかもしれんが、そんなこと気にしておってもつまらんだろう」


 そう言って、グラスを投げたのと同じ調子でボトルを放る。

 リベルは器用にネックの部分を掴んで受け取り、そのまま木でできたグラスの中へとワインを注ぎ込んだ。ボトルに何かが書かれているわけでもないため酒の種類は分からないが、香りは芳醇だった。


 酒を受け取り、一口呷ったリベルに満足したのか、女がまた語り始める。


 そこから先は、彼女の愚痴を聞くことに専念した。







 して、真夜中。何時までも続くかと思った愚痴だったが、想像よりも早く彼女───マーロが力尽きた。

 しかし彼女の話した内容は面白かった。


 まず初めに、彼女は人間ではなかった。姿形があまりにも人型だったために気が付かなかったが、マーロはエルフだったらしい。始めは俄かには信じられなかったが、フードを被っていたために見えていなかった先端が鋭利な耳を見せてくれた。

 そして次に、彼女が今までで里で没頭していたという魔法研究の話だ。生憎人間にとって魔法を使える者というのは貴重であり、こんな辺境で森の管理などしているリベルも例に漏れず魔法が使えない。そのためあまり関りのなかった世界だが、マーロ曰くエルフという種族は人間に比べてはるかに魔法に対する造詣が深く、研究もそれだけ盛んになっているらしい。そのため彼女も魔法研究に全身全霊を尽くしていたが、それがあまりにも他のエルフと方向性が違いすぎて色々と文句を言われた挙句、やってられるかと里を飛び出してきたのだという。

 話しぶりを聞くと、マーロを責め立てた者達の言い種と言うのは酷かったのだが、彼女が曲解して伝えているのかどうかは分からない。取り敢えず、マーロはお怒りだった。


 だが、この目の前で爆睡するこの女をどうしてくれようか。

 魔法が使えるという話なのであればこの森の中に放置していくのも吝かではないのだが、ここまで泥酔していると色々と不安はある。起き抜けに「二日酔いで動けませぇ~ん」などと地面にへたり込んでいる間に魔物に殺されたら流石に可愛そうだ。


 …………よし、仕方がないから持ち帰ろう。


 思い立ったが吉日。いや吉日というより吉時?

 まぁいい。鉄は熱いうちに打てという奴である。


 口を半開きにして眠っているマーロを抱え上げ、そのまま体を背中に乗せる。

 猪を抱えるときなどに猟師が良くやる、前脚を右手、後ろ脚を左手で掴むようなあの抱え方。マーロはまるで荷物のように背中に乗せられ、人を抱えたことにあまり気を遣わないで意気揚々と歩くリベルの背中の上で、時折「ぐぇ」と蛙の断末魔のような声を上げながらマーロは運ばれていた。


 森の中を毎日のように歩き続けているリベルの足にかかれば、彼の家に帰るのも直ぐだった。誰もいない家の中に入り、靴を脱いでマーロの靴も脱がせる。腹部に連続的な衝撃を与え続けられたせいでマーロが若干青い顔をしているが、リベルは酒の飲みすぎだろうと適当に推測を付けて、もう一度同じように彼女を抱えた。

 部屋の奥にまでそうして移動したリベルは、ベッドの上にマーロを放り投げる。涼しい夜中に動き回っていたせいで気が付かなかったが、乾いた汗が肌に張り付いて気持ちが悪い。微妙にベタベタとする嫌な感覚に一瞬顔を顰めて、マーロは隣の台所のある部屋へと移った。


 水瓶に張られた水の中に布を浸して、それで全身を拭く。出来れば水浴びなどできれば良いが、生憎この夜中に川に行くほどの元気はない。危険もある。

 そのため基本的にリベルは、夜中に出歩いた後は体を布で拭いて終わりだった。


 冷たく湿った布で気持ちよく全身を綺麗にしたリベルは、上機嫌で部屋へと戻った。そしてまだ疲れの残る体でソファへと倒れ込む。本当はベッドで体を休めたいが、今は拾って来たエルフが寝ているのだ。一人用のベッドに二人で寝るなどという狭い思いを態々するほど、リベルは馬鹿ではなかった。





 翌朝、リベルよりも先に目を覚ましたマーロは、自らが置かれている状況を鑑みて冷汗をかいた。

 知らない家、微妙に記憶のある男、そして知らないベッドの上。ヤケクソで大量の酒を流し込んだ記憶はあるが、二日酔いで痛む頭では昨日の出来事を上手く思い出すこともできない。なるべく音を立てないように、自身の上にかけられているブランケットから抜け出した。


 今まで閉ざされた環境である里の中で生きて来たため、男女のどうこうというのは基本的にかなりマイルドだった。というのも人よりも寿命が少しながいエルフにとって伴侶を選ぶという行為は慎重になるべきものであり、更に言えば狭い世間では物事の噂が一瞬で広まるためにあまり過激な事態が起こらない。

 だが、里を出た途端にこれだ。流石に家を飛び出すというのは軽率な判断だっただろうか。


 全身を無言で確認する。


 …………取り敢えず異常はない。ソファで凄い姿勢で横になっている男が、まさかアフターケアをするという繊細な事態に臨むとも思えないので、手は出されていないということだろう。

 一先ずマーロは安堵の溜息をついた。


 男を起こさないように息を潜めて部屋の玄関の方向へと向かう。と、一歩踏み出したところで男が体を起こした。

 寝癖が酷く後ろの髪が凄い形に跳ね上がっているが、男は無表情だった。今までの姿勢を無視するかのように無言で立ち上がる。


「マーロか。おはよう」

「………あぁ、おはよう」


 マーロがいることを全くもって気にしていないのか、男は無言で部屋の奥へと消えて行き、コップの中に水を入れて戻って来た。そして「飲むか?」と言葉少なにマーロに問い、彼女が首を振ると「そうか」とだけ言って、そのコップの中身を一気に呷る。


「………お前は誰だ。私はなぜここにいる」


 男がソファに腰を落ち着けるのを待って、マーロは問う。確かに昨夜この男と酒を飲んだような記憶はあるのだが………。


「リベルだ。マーロが酒に酔って寝たから持ち帰って来た」


 うん、何も分からない。


「何故私を持ち帰った」

「酒を飲む相手が欲しかった」


 なるほど。


 ………なるほど、か?

 何故このような森の中で一人で暮らしているのか。何故酒を飲む相手を欲しがっているのか。そもそも目の前の男は人間なのだろうか。


 様々な疑問が頭の中を過っては口には出ないままに消えて行く。


「私を連れてきて何かしようとは思わなかったのか?」


 一応、今後の対応の考慮に入れるために質問をする。馬鹿正直に答えるような男などいないだろうが、鎌をかける程度のことはしてもいい。

 この時点で度を越えた発言をしてくるようであれば警戒レベルを上げる必要もある。


 果たして、リベルは首を傾げた。


「何をだ?寝てるのに酒は飲ませられんだろう」


 …………この男は頭の中に脳の代わりに酒が入っているのか?


 あとちょっと悩むのは止めろ。「確かに頑張れば飲ませられるか………」とは何事だ。いやだから「まあ、晩酌の相手程度なら寝ていても仕方あるまい」ではない。


 本当に、この男は何者か。








【終わり】


 オチも何もない。


≪リベル≫

 両親が幼い頃に命を落とし、彼らの仕事を引き継いでこの森の管理をしている。小さな子供であったリベルに対して彼の両親は「森には妖精さんがいるから大切にするのよ」などと子供だましの台詞を多用していたため、頭の中は割とファンシー。

 ちなみに赤子はコウノトリが運んでくると思っている。酒に嵌ったのは十五歳。


≪マーロ≫

 精霊に頼らない形式の魔法を研究していたため、里の長老に目を付けられて結構面倒な嫌がらせを受けていた。途中でキレた彼女は長老に正面きって暴言を吐き、そのままの勢いで酒造から大量の酒を奪って、里から脱走した。ちなみにリベルと出会ったのは自棄酒二日目。連続飲酒記録二十七時間。

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