第13話 不退転

『救援対象の生存を確認しました』開け放たれたカーゴの側面で電磁式ライフルを構えたムカデ兵が、ヘルメットの望遠機能で地上のアレッサを確認して言った。


『よくやった』深緑のフルフェイスヘルメットを装備するムカデ兵とは異なる、二本の長い触角を生やした赤いムカデヘルメットを装備した小隊長は、隊員の報告に満足そうにうなずいた。『作戦エリアへの到着を確認。全メンバーの戦術リンクを構築。バイタルサイン測定、異常なし』抑揚のない機械的な女の声が、トランスポーターのカーゴ内で待機する隊員たち全員の通信インプラントに伝えた。

 赤いヘルメットの隊長が隊員たちの様子を見た。そして問題がないことを確かめると、オペレーターに向けて準備が完了した旨を連絡した。


『了解。こちらも戦術リンクの確立を完了』オペレーターの言葉を合図に、カーゴのもう一方のハッチも解放された。左右それぞれに五人ずつムカデ兵が立つ。地上のアスファルトには、トランスポーターの下部に装備されたホロ投影装置により、「KEEP OUT」「危ない」「危険」「警告なしで撃つ」の威圧的メッセージで形作った長方形が表示されている。

 カーゴ内の指示灯が赤から緑に変化した。『各員、行動を開始せよ』オペレーターの言葉を受け、ムカデ兵たちが次々と地上に向かって身を投げ出す。別の二機のトランスポーターからも同様に降下していく。誰も命綱はつけていない。不要なのだ。




 アレッサと警官隊を背後に、ロボット軍団を正面にするようにムカデ兵たちが地上に降り立つ。着地の直前、彼らの装備したタクティカルブーツの踵とふくらはぎ部分に設置された小型ジェットが噴射。着地の衝撃が大きく軽減された。

 敵を前にして、ムカデ兵たちは躊躇なく発砲を開始する。重度サイボーグにも効果のある軍用の弾丸が、非軍用旧式ロボットたちを打ち倒してゆく。「警告なしで撃つ」の脅し文句に偽りはない。警告とは、その内容を正しく実行するから警告として意味を成すのだ。形勢がまたたくまに逆転した。目に見えてわかるほどにムカデ兵たちがロボットを押し返していく。工場からロボットが吐き出されるよりも速く破壊していく。ムカデ兵たちの攻撃には迷いはない。ロボットの弾丸がフルフェイスヘルメットの目元部分を掠っても意に介さない。足に絡みついてくる半壊のガラクタには、無感情に手甲のナックルダスターを振り下ろす。ロボットたちは本来あるべき形へと変わっていく。溶かされるのを待つばかりのスクラップ塊へと。

 そして十数分が経過した。その頃には工場からロボットが出てくることはなくなり、立っているロボットもいなくなっていた。


 ムカデ兵たちは手早くロボットの残骸を片付け、空中で待機していたトランスポーター編隊に向かって合図を送った。地上の様子を確認したトランスポーターが、ゆっくりと地上に降下する。工場からの攻撃を警戒して、着陸は工場まで伸びる一直線の道中にある左右に分岐した道路に行われた。そこであれば工場からは建物でトランスポーターが見えず、仮に攻撃を受けたとしても離陸までの時間は稼げるだろうという判断だ。


 空中から、高速で人型のシルエットが接近してきた。白いエグゾアーマー、レックウを纏ったセナだ。

 セナはトランスポーターの簡易駐機場を飛行しながら見渡しアレッサの姿を認めると、彼女のいる方向に向けて降下した。降下の勢いで、着地した地面が陥没する。その姿は、どこからか赤いアメコミキャラクターのセリフが聞こえてきそうなものだった。


 ムカデ兵たちが動く。正体不明のエグゾアーマーへ、一斉に銃口を向ける。彼らにとってセナの存在はまったくの想定外なのだ。この対応も当然である。セナも素早く両腕をムカデ兵に向ける。その手は大きく開かれて、抵抗の意思がない事を表現している。

「撃つな! こっちは人間で、たぶんそっちの味方よ!」セナが声を張り上げて言った。ムカデ兵は警戒を緩めずにじりじりと距離を詰めてくる。「ヘルメットを外す。だから撃ってくれるなよ!」その言葉に合わせて、エグゾアーマーのヘルメットが口元から頭頂部の順に浮き上がり、パーツが前後に割れてスーツの首元に収納された。そして白を基調としたアーマーとは対照的な艶やかな黒髪が現れる。


「まったまった待った! 大丈夫、彼女は味方! 味方!」緊迫した空気を打ち消す慌てた声が聞こえ、セナとムカデ兵の間にアレッサが割って入ってきた。


「聞いただろう。全員銃を下ろせ! そこのあんたもだ!」赤いヘルメットのムカデ兵リーダーが隊員たちに命令してから、セナにも指をさして言った。隊員たちが銃を下ろす。それに合わせてセナも手を下ろした。そして手首を捻り、エグゾアーマーのガントレットに装備された多目的射出装置をガントレット内部に収納した。無抵抗の様子を見せつつ、いざという時には接近してきた相手を確実に一人は仕留められるように準備をしていたのだ。そのことに、ムカデ兵リーダーだけが気づいていた。小細工を看破されたセナは、舌先を少し出していたずらっぽく笑った。そのやり取りを見たアレッサの口から、自然と呆れと驚きの混ぜ込まれた非難の言葉が飛び出す。

「信じられない…… まさか無抵抗のふりしていつでも攻撃できるようにしていたってわけ⁉ 周りにこんなに兵士がいるのに? こんなど真ん中で? あっきれた。薄っすらと思ってたけど、バカなんじゃないのあなた⁉」


「何よ、そんな言い方しなくてもいいじゃない。結果オーライ。そうでしょ」セナは肩をすくめて言った。その自身はいったいどこから湧いて出てくるのだろう。そもそも彼女の態度は自身から来るものなのだろうか。明るく魅力的に映るその笑みには、どこか不安を掻き立てるものがある。そんなふうにアレッサは感じ、そんな不思議な気持ちを誤魔化すように兵器工場の方に目を向けた。彼女の銀髪の一房がそよ風で静かに揺れた。




「ずいぶんときれいな髪色だこと」高倍率望遠スコープの丸いスクリーン上に収まったアレッサを見て、金髪の女は一人呟く。その唇は血のように赤いリップが塗られ、服装はワインレッドのパンツスーツだ。


 女はジャケットの内ポケットから板状の通信端末を取り出して画面を操作、雇い主にコールした。


『どんな様子だ』

 コール音が数度しないうちに、雇い主であるバザロフが応答した。

 女はバザロフの髭面を頭に思い浮かべながら報告を始める。

「おもてに出したロボットは全滅。向こうの戦力はトモエのムカデ兵三個分隊が合流してかなり充実している。しかも、あのマークは第一部隊だ」


『そりゃあいい、とてもいい。嬉しいね。まさかそれほどまでの大物まで引っ張りだしてこれたなんてな』バザロフは通信機の向こうでニヤリとした。


「おかしな事を言う。ムカデが相手だというのにずいぶん余裕そうだな」女はギリギリと押し殺したようなしゃがれ声で雇い主を遠回しに非難する。


『そうとも、余裕だ。むしろもっと増えてくれてもいい。なにせ、こちらには山ほどの軍隊がいるんだからな。データは多ければ多いほど良い』そこまで話して、バザロフは自身が喋り過ぎた事に気づいた。そこで彼は咳払いを挟んで話を変えた。『まあ、そこはどうでもいいんだ。とにかく自分たちの仕事を果たしてくれればそれでいい。契約の内容は覚えているな?』


「かく乱と突出している奴の相手だろ。バカにするな」


『これは失礼した。わたしは疑り深くてね。しかも人見知りときた。なかなか他人を信用できないんだ。でも、理解しているようなら結構だ。信じるとしよう。動きがあればまた知らせてくれ』


 通話が終了すると、女は端末を懐にしまって後ろに振り返った。

「ジャック……」いつの間にか、背後に爬虫類の目を持つ血色の悪い顔をした男。ジャックが立っていた。

 ジャックがゴロゴロと喉を鳴らして女を、主人でありパートナーであるクイーンの顔を見つめた。クイーンもジャックの顔を見上げてその目を見つめ返す。二人の身長差は頭二つ分だ。

「クイーン……」

ジャックの聞き取りづらい声に、クイーンは静かに微笑む。そして相棒の胴体に手を回し、わずかな間、二人の時間を堪能した。


 クイーンが閉じていた目を開いた。彼女の耳はジェットエンジンとプロペラの回転音を察知していた。彼女はジャックから身を離して敵が陣を敷く道路を見た。三機のトランスポーターが浮上を開始している。「奴らが来る。ジャック、準備はいいな」クイーンは振り返りもせず言った。



※※※



 轟くような威嚇的エンジン音を上げながら、トランスポーターから荷下ろされた兵員輸送車が工場のゲート目がけて突撃した。輸送車のフロント下部に装備された衝角がゲートを易々と引き裂く。

 敵の侵入を聞きつけた見張りがすぐに集まってきた。ロボットではない。人間だ。バザロフの雇い主が貸し与えた兵士たち。彼らの手にはコンパージョンキットでサブマシンガン化した拳銃が握られている。そして幾人かは、使い捨て小型ロケットランチャーを持っており、すでに発射準備に移り始めていた。いくら装甲で硬く守っていても、ロケットランチャーの一斉砲火を浴びれば無事では済まない。ロケットランチャー兵たちが膝立ちになって狙いを付ける。トリガーに指を伸ばす。そして銃声。ランチャー兵の一人が崩れ落ちた。工場から五〇〇メートル離れたビル屋上からの狙撃だ!

 また別の発砲音。今度はけたたましい連続した銃声だ。空中から急降下で接近する、レックウに身を包むセナの仕業だ。トモエカミナリ社正式採用ライフルであるアラシカゲが二丁、両手に握られていた。トモエの雷が兵士たちに降り注ぐ。兵士たちも応戦する。セナはそれを空中で巧みに回避。ランチャー兵に狙いを定めて引き金を引く。背部ジェットパックの大推力で銃の反動が相殺。弾丸は狙いを過たず、ランチャー兵に吸い込まれていった。ランチャー兵全滅!


 最優先目標の排除を完了したセナは、輸送車の上に着地した。そして両手のアラシカゲを乱射して敵兵士を牽制しながら、乱暴に輸送車の天板を踏み鳴らした。その音を合図に輸送車の後部兵員輸送庫の扉が開かれる。中から完全武装のムカデ兵たちが飛び出してきた。敵兵士がすぐさま攻撃を仕掛ける。だがムカデ兵の装甲に通常の拳銃弾は効果が薄い。ムカデ兵たちは合図や声を掛け合うことなどせずに、各々が最適な動きで場に広がった。先頭の兵士のボディアーマーに弾丸が当たる。方向からして右側面からの攻撃であることが撃たれた本人にはわかった。だが、先頭の兵士は攻撃の来た方に見向きもせず前方への攻撃を継続した。その代わりに、右後ろに控えていた仲間が右側面に応戦を開始。右側面の敵を蜂の巣にする。互いに互いの死角を補い合う。彼らは体内にインプラントしたナノマシンと補助装置の助力によって、部分的な感覚の共有を実現していた。企業製の高級テックで強化されたムカデ兵。彼らは個体にして群体、一個の歯車であり一つの暴力装置だった。


 状況の不利を悟った敵兵士たちが、互いに声を掛け合い施設内へと後退を始めた。バザロフの部下たちもまた、強化の施されたサイボーグだったが、ムカデ兵と比べてしまえば数段格が落ちる。ムカデ兵は各種アーマーを装備済みで、遠く離れた管制室からの常時モニタリングを含めた情報支援もある。対して彼らは勝手の分からぬ異国の地で孤立無援の秘密作戦。真っ向から戦っても勝てる見込みは少なかった。


 兵士が野球ボールサイズの黒い塊をムカデ兵たちの頭上に放った。その投擲物をセナのカメラセンサーが捉える。携行型小型分裂爆弾だ!


「グレネードッ!」セナが警告を発した。それを聞いて、ムカデ部隊の先頭に立つ切り込み役のムカデ兵たちが統率の取れた動きで左腕を頭上にかざし、一斉にアーマーの変形機構を作動させた。アーマーのガントレット部が変形。背面バックパックから細いアームが飛び出す。その先端には小さく何重にも折りたたまれた装甲板。太もものアーマーも合わせて可動する。グレネードが炸裂する直前、それらアーマー群が一斉に変形を開始。一秒にも満たぬわずかな時間で、先頭のムカデ兵の背後にいる仲間までも覆う大きく広いタワーシールドが形成された。一瞬にして爆弾の前に黒く高い壁が形成される。その直後、爆弾が破裂! 内部から無数の小さな爆弾が飛び散りさらに連鎖爆発した! 携行型の小型クラスター爆弾。そのあまりの非道さから第一種禁止兵器として生産禁止とされた武器が最新鋭テック戦士に降り注ぐ! 無数の小爆発がシールドに強力な圧力を叩きつけた。だがシールドムカデ兵たちは一歩も引かない。ムカデ兵にとって、自らを危険のワンインチ距離に置き、その強固なシールドで背後の仲間を守ることはこの上ない栄誉の一つだ。そして栄誉に浴し続けるには責任が伴う。だからシールドムカデ兵たちは一歩も引かず、自らの身が傷つくこともいとわず盾を構え続ける。彼らは自分たちの命だけを守っているのではない。部隊の仲間たち全員の命を保護しているのだ。彼らがシールドを手放すのは死んだときだけだ!



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