第11話 ブリキのハート
結論から言ってしまえば、彼は最初から目覚めていた。彼は自身を確保・収容していた企業の組み上げたセキュリティを、その有り余る時間をかけて解除していた。企業が彼を隅々まで調べ尽くそうとしていた時も、その企業が襲撃され、彼自身が奪取された時も、彼はあらゆる機器を駆使して外界の様子を観察していた。彼自身から外界に何か影響をおよぼそうなどとは考えていない。それは彼の望むところではない。彼は、サンタ・ムエルテは、ただ人の営みを眺めていられれば満足だったのだ。それに、友との約束もあった。多くの人口知能がそうであるように、サンタ・ムエルテにも、彼から見て健全ではない者たちが喉から手が出るほど欲しがるシステムが搭載されていた。それがレギオンだ。
レギオンは、火器管制、駆動管制、敵味方識別、およそ兵器を制御するのに必要なありとあらゆる機能を網羅し、それを一括で指揮可能にするのだ。今この時にも生産され続けている現代兵器の数々は、外装や武器の威力よりも、これらを操るためのシステムの方が重要視されていた。レギオンがあれば、管制ソフトを揃えられない小国やテロリストなどでも軍隊を揃えることが出来る。質を無視すれば、古くなった兵器やガラクタでも、レギオンの指揮を受信できる機能さえあれば最低限の形が整えられてしまう。
だから、サンタ・ムエルテと彼の友人のゴンドーは、封印という選択肢を選ぶことにした。
(まあ、企業が私を見つけ出して研究していたのは予想外だったがな。おっと、どうやら嘘がばれてしまったようだ。さすがに無理だったか。これで間に合ってくれればと思ったが、高望みが過ぎたな。……友よ、君の無事を祈る)
友人に思いを馳せると、サンタ・ムエルテはコンソールから離れて自分の方に戻ってくるバザロフを見た。その足取り、呼吸、肩や腕の動きから、男がかなり苛立っているのが分かる。できうる限りの事はした。レギオンを使用して操った一般市民に有線で侵入してきた人物に、強制的に音声ファイルと位置情報を送り付け、データの媒介に使用されたデバイスには追跡可能なように細工もしておいた。現時点で自分に出来ることはやり尽くした。あとは人事を尽くして天命を待つのみだ。それでもダメなら……
「すっかり騙されたぞ。まさか機械ごときが嘘を吐くなど、考えもしなかった」
『ようやく気付いたか。予想より時間がかかったな、人間』サンタ・ムエルテは、なるべく侮蔑的で挑発的な響きを含むように声色を調節して、バザロフに言い放った。
ウェブデーモンの挑発を受け、バザロフのこめかみに青筋が浮かぶ。彼は鼻を鳴らすと、技術者の男に人差し指を立てて指示を送った。
「あまり人間を侮らない方がいい」
その言葉を合図に、事前にインストールされていた対ウェブデーモン用隔離プログラムが起動。サンタ・ムエルテという存在を構成するメインフレームを取り囲み拘束、その自由を奪った。
これは予想外の事態だった。サンタ・ムエルテはファイアウォールの状態を確認した。ステータスは正常を示している。彼は0と1で無数の盾と剣を生成して隔離プログラムを破壊しにかかる。しかしそれは無意味に終わる。盾と剣はその形を崩しながら隔壁にへばりつき、そのままサンタ・ムエルテ自身を縛る枷へと変じた。
『……これは!』
「貴様ら不良AIを縛り、使役するための(デーモンスレイヤー)だ。人は日々進化を続けている。今日には敵わずとも、明日には下して見せる。出力を上げろ! こいつのうざったい対話インターフェースは不要だ!」
バザロフの指示に従い、技術者の男はコンソールを操作。サンタ・ムエルテを囲う防壁の圧力が増して、人格を封じ込めにかかる。はじめに音声出力がカット。次いで視覚情報がカットされ、人格ファイルが完全に凍結され、サンタ・ムエルテの人格が封印された。そして後には、強力な演算能力を保持した物言わぬスーパーコンピューターだけが残った。
光が消失して静かになったホログラム投影装置から目を離して、バザロフはコンソールに付きっきりの技術者の男に問うた。
「これで制御できるようになったのか?」と。デーモンスレイヤーは奥の手だった。祖国の英知を結集させたこのウェブデーモン捕獲用ソフトウェアは、性能は申し分なかったが少し扱いを間違えれば人口知能の機能を破壊しかねない大味な仕上がりとなっていた。従順にさせたはいいが、その中身が壊れてしまっていては本末転倒だ。バザロフは緊張の面持ちで技術者の返答を待つ。数分の確認作業を終えた技術者の男が顔を上げた。それを睨みつけるように見ていたバザロフだが、その険しい顔はすぐに喜色満面となる。どうやら、心配は杞憂に終わったようだ。
彼は見た。技術者の力強いサムズアップを。
***
『つまり、そのウェブデーモンを放っておけば続々と軍隊が出来上がって、ムサシみたいな都市は内部からあっという間に壊滅するってこと』
アレッサの説明に耳を傾けながら、セナは工業地帯を囲むように建造されたハイウェイを愛車のインテリジェントモービル「レックウ」で周回していた。これで五周目になる。かれこれ一時間は経過している。セナはゴンドー老人を医療施設に運び、現在はアレッサとその仲間のナビゲーションのもと、ウェブデーモン「サンタ・ムエルテ」とヨーラン・バザロフの居場所を捜索する役目を担っている。
セナはオブシディアン球体めいたフルフェイスヘルメット越しに、工業地帯を見た。工業地帯は広い。様々な国籍の企業が工場を構えている。何のヒントもなく捜索するのは現実的ではなかった。セナは体内に注入されたナノマシンを通して網膜ディスプレイを操作、視界の端にファイルの形をしたホロを出現させ、それにアクセスする。探し物はすぐに見つかった。音声ファイルを選択する。ノイズ混じりの合成電子音声が再生された。音声は数秒ほどの短いもので、順番がバラバラの数字を読み上げていた。最初、セナはそれがなにを意味しているのかは分からなかったが、アレッサの送ってきた、死んだコア・ロウのデバイスを分析した結果得られた逆探知情報とムサシの地図を照らし合わせることでその正体となにを示しているのかが見えてきた。音声ファイルが読み上げていたのは、座標情報だったのだ。そしてその座標が指し示している場所こそは、彼女が今いるハイウェイ上からもよく見える位置にある。この周辺地域では中程度の規模を持つ旧ロシア系軍事企業の所有する兵器生産工場だ。
「座標の位置にある工場だけど、確かに怪しいね。さっきからひっきりなしにトラックが出ていってる。敷地内では従業員らしくない厳つい連中が歩き回っていて、明らかに全員戦闘サイボーグ」セナはそこで言葉を切った。「それで、いつ踏み込むのかしら。話ではウェブデーモンのセキュリティ突破には時間がかかるらしいけど、わざわざ向こうが兵器を手に入れるのを待つ必要はないわよね?」いつ頃に襲撃を試みるつもりなのか、セナは確認のために尋ねた。猶予はまで数日あるとはいえ、行動を起こすのに早いに越したことはない。
返答までに数秒の間があった。通信機の向こうにいるアレッサは歯切れ悪く口を開く。
『あー、その事なんだけど。予定が早まるかも。それもかなり。具体的な日時は不明だけどね。二日かもしれないし数時間後かもしれない』
「うん? うん」アレッサの言葉に戸惑いながらも、セナはとりあえず相槌を打つ。
『助けたおじいさんいるでしょ。混乱気味だったけどなんとか話を聞けてね。あの人、わたしたちが助ける少し前に、封印の解除コードを入力してしまったそうよ』
「なんでよ。あのじいさん、何者なわけ?」『調べたら、今回のウェブデーモン、サンタ・ムエルテの封印にエンジニアとして関わっていたみたい。バザロフもそれがあったから誘拐したんでしょうね。まあ、そこはそう重要じゃないからいいか。とにかく、ウェブデーモンはすでに覚醒していると考えられるのよ。連中がいつ騒ぎを起こしてもおかしくない』
「そう、わかった。で? この流れでいくと、それを止める戦力は……」『満足な数は集められない』「そうなるわよね」セナはため息交じりに言った。その横を、コンテナを牽引した大型トレーラーが通過していく。
『それでも、すぐにある程度まとまった数は揃えられると思うの、だから一度…』「待った。その話は後にして」アレッサの話を遮り、セナはレックウのアクセルを踏み急発進した。
道路を進む大型トレーラー。そのコンテナの扉が口を開ける。その後ろで走っている乗用車のドライバーたちは、その光景を不思議に思いながらも走行を続けている。コンテナから黒く大きなバイクが飛び出した。金属の塊は走行している乗用車の屋根に着地。屋根が大きくへこみ、混乱のままに車はガードレールに激突した。だがすでにバイクは車を離れ、その二輪のタイヤを弾ませて道路へと降り立ち走行している。本来ならば操縦者が搭乗しているべきサドルはなく、その部分には、両腕を大口径銃砲に換装したロボットの上半身が溶接されていた。改造アサルトバイクロボだ! トレーラーのコンテナから、さらに三体飛び出してくる!
道路に降り立った四体のバイクロボが無差別攻撃を開始。銃砲が火を噴き、周囲の車両に次々と弾丸の雨を浴びせかける。車両群が次々とスクラップと化していくなか、レックウを駆るセナは、金属の暴風雨を果敢にも猛追した!
『なにが起きたの! 状況を説明して!』アレッサが状況報告を求めて声を張り上げる。
「映像を送るから確認よろしく!」説明する暇も惜しんだセナはそう言って、オブシディアン球体めいたフルフェイスヘルメットのカメラで撮影を開始。アレッサへと向けてライブ映像を送信する。
レックウが加速。バイクロボの編隊を捉えた。セナは片手で拳銃を取り出し、バイクロボの一体に狙いをつける。それを察知したのか、バイクロボはひし形のフォーメーションを崩し、セナを翻弄するように右へ左へと回避行動をとる。これでは有効打が与えられないと判断したセナは、レックウをさらに加速させて一体のバイクロボに接近した。二台のバイクが横並びとなる。レックウと並走するバイクロボの上半身が両腕を上げてセナの方向に体全体を向ける。重度のサイボーグであったとしても、バイクロボの射撃を受ければ無傷ではいられない。セナは僅かに減速した。先ほどまで彼女のいた位置に強力な砲火が浴びせかけられ、対向車線の車両をくず鉄へと変える。そして、射撃を実行したバイクロボ以外のロボットが急制動をかけてスピードを一気にゼロへと減速した。勢いを完全に殺すことはできず、三機のバイクロボは一様に前輪を支えに縦に屹立する。そしていかなる操縦によるものか、バイクロボたちは前輪を器用に操作し車体の向きを変えて後輪を道路に下ろした。次の瞬間には、三機のバイクロボは、自分たちの大きな目玉にも似たヘッドライトを、セナのいる後方へと向けていた。そして二秒とたたず、タイヤが唸りを上げてアスファルトの道路をかき切ってゆく。
前方より一直線に向かってくる三体のバイクロボを見たセナは、眉間に皺を寄せる。現状、迫りくる弾丸バイクたちに有効打を与えるすべがないのだ。セナの肉体を守る鎧であり、強力な武器でもあるエグゾアーマーが装着できれば、廃材を寄せ集めたガラクタなど物の数ではなかったが、敵がそのような時間を与えてくれるはずもない。悠長に装備などしていたら、そのほんのわずかな時間で、バイクロボ編隊はセナを無残な轢殺体へと変えることだろう。状況は圧倒的不利。それを強く認識したセナは、レックウをターンさせて方向転換、敵からの逃走を選択した。ただ死ぬのは容易い。だからこそ、今は恥を晒してでも生き残り、この事態を終息させることが重要なのだ。
フルスロットルで元来た道を逆走するセナ。しかしその右斜め前方、中央分離帯のガードレールの向こう側で、爆炎が上がり、複数台の車が横転していく。セナの全身にピリピリとした感覚が走る。その瞬間、爆炎の中から複数の新たなバイクロボが現れ出た。それらはエビめいて跳ね飛び、中央分離帯を越えてセナの側へと着地。向かい合うセナめがけて猛スピードで接近する。前門のタイガー、後門のバッファロー! 恐るべきは複数のバイクロボを同時に効果的に操作可能なレギオンと、それを搭載するサンタ・ムエルテの演算能力。
刻々と迫る死のカウントダウン。だがそれを待つほどセナは大人しくない。彼女はスピードを維持したまま、オートパイロットを作動させた。前後のバイクロボとの車間距離は二、五メートル。セナは腕の力だけで体を持ち上げて足を上げ、慎重にサドル上に立ち、タイミングを見図り、そして意を決して垂直にジャンプをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます