サイボーグ女探偵 二章 電子の落とし子

銀次

第1話 発端の火花

~ドミニカ シエラネイバ カスティリョ試験場 


 この日、軍事企業タイソンコントラクトの所有する兵器試験場は、武装集団による襲撃にあった。


 灼熱の太陽が照らし、周辺を草原に囲まれた試験場から、散発的な銃声が聞こえてくる。戦いの音ではない。虐殺の音だ。


 背中に大きく「セキュリティ」とペイントされた防弾アーマーを身につけた警備員は、壁にもたれ座り込み、今もおびただしく血を流す自分の右太ももを必死で圧迫しながら前を睨んだ。既に致死量の血液を流し、彼の視界は歪み、呼吸は乱れ、寒気が襲ってきていた。


 そんなすぐにでも絶命せんとしている警備員に、磨き上げられたスキンヘッドに口ひげを生やした、スラヴ系統の顔つきをした男が言葉を投げ掛ける。

「知ってるか、あんたも俺も身につけてる防弾チョッキの中身が何なのか。ああ、無理に答えなくていい。これの中に入っているのはな、コーンスターチなんだ。どうだ? 知らなかっただろ。俺も最近知ったんだ。非ニュートン流体って言ってな。そのままだと液体なんだが、強い衝撃。それこそ弾丸なんかが当たると、一気に固くなる。いやはや、科学っていうのは驚きばかりだね」


 警備員は、目の前の男が何を言っているのか理解できなかった。もはや何かを考えたりするほどの体力も残っていない。


「まあ、何が言いたいかっていうと、だ」

 男は笑いながら腰の鞘からナイフを引き抜き、警備員に見せつけた。そしてナノカーボン製のよく研がれた鋭いナイフの切っ先を、警備員の着た防弾アーマーの中心に向けた。


 ナイフがアーマーに突き刺された。刃が、アーマー表面の合成繊維をゆっくりと切り裂き貫通していく。


「ぐああ、あ! ああ」警備員の口から痛みに喘ぐ苦悶の声がこぼれでる。


「こんな風に、ゆっくりと、時間をかけて刺せば、簡単に突き抜けていく」

 男は微笑みを浮かべると、手に力を込めて、ナイフを強く押し込んだ。


 胸の動脈を傷つけられた警備員の口から、鮮血が溢れ出す。


「悪いな。これも仕事だ。恨むなよ」そう言いながら、男は立ち上がった。すでに警備員は事切れている。

 男は、空港の土産物屋で購入したレイバンをかけると、大きく伸びをしてから歩き出した。

 辺りには火薬と血の匂いが立ち上る。死屍累々の広い屋外試験場を、男は鼻歌交じりに進んだ。そして五メートルほど進んだところで唸りを上げながら待機している大型トラックの荷台に近づき、幕を避けて荷台を覗き込む。


「仕事は進んでるか?」男はオフィスワーカーのような気楽な口調で、荷台内で作業をしていた技術者に訊ねた。


 年の頃は三十代、後ろでまとめた髪には所々白いものが混じるその技術者は、男を一瞥してから、作業と平行して仕事の進捗状況を報告するため口を開いた。

「二分前に第三ロックを解除。今は第四ロックの物理錠の解析をしているところです」技術者は淡々と報告しながら、手元のハックデバイスから目を離さない。


「そいつは良い。まあ、無理はしなくていい。どうせ、あと五分もしたらここを離れるんだ」


「……やる気を削ぐような事を言わんでください」


「悪い悪い。それじゃ、頑張ってくれ。出発する時になったらまた知らせる」

 男は笑いながら荷台から離れた。


 男は肌をじりじりと焼いてくる強い日の光にうんざりしながら、携帯端末を取り出して耳に当てた。数回コール音が繰り返されてから、相手が通話に出た。


「どうも、同志ポーラー。バザロフです」

 スキンヘッドの男、バザロフは、軽い口調で依頼主に仕事の首尾を報告する。

「ええ、荷物は確保。ここにいた連中も全員始末済みです。警報? まさか! おたくの兵隊は優秀ですな。ほとんど銃も握らせずに制圧してましたよ」

 バザロフは軽口を交えて報告を続ける。時々横道に逸れるバザロフの報告にうんざりした通話相手が、簡潔に話せと怒鳴った。


「すいませんね。それで? この後は予定通りに荷物は海路で運べばいいんですか? 了解です。では、俺は飛行機で先に向かっておきます。では、追ってまた、それでは」

 通話を切ると、バザロフは生き残りの掃討を完了し、次の命令を待っている兵士たちに撤収の支持を出した。それからトラックの荷台を叩き、中の技術者に時間が来たことを知らせると、トラックの助手席へと乗り込んだ。停車していた複数のトラックが発進し、次々とゲートを通過していく。止めようとする者は皆、悉く死に絶え、もう誰もいない。トラックが試験場から二百メートルほどの距離まで来ると、バザロフは手のひらサイズのスイッチボックスを取り出して、その中心に存在する禍々しい赤いボタンを親指で押下した。


「ドカーン」


 試験場施設内の各所に設置されたプラスチック爆薬の信管が、一斉に作動した。衝撃波が周囲に広がり、少し遅れて爆発音が響いた。土煙が空へと舞い上がり雲を作る。


 その光景をミラー越しに眺めながら、バザロフは口笛を吹いた。彼は爆発が好きだった。音が、腹に伝わる衝撃がなによりも堪らなかった。

 彼は想像した。これから向かう先の都市が巨大な爆発に包まれ、何もかもが破壊される光景を。だが、きっとそうにはならない。今回の仕事に爆弾を使用する計画はないからだ。それでも、少しだけならば問題はないはずだ。混乱に乗じて区画の一つ程度吹き飛ばすのも悪くない。バザロフは、腹の底から熱いものがこみ上げてくるのを感じながら静かに笑った。



 

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