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「はぁ。大変な事になっちゃった。」


ソラは玄関ドアに背中をもたらせて、夫であるウミが帰宅するまで独りで過ごす時間を苦々しく感じていた。


「怖いよぉ。ウミィ、早く帰ってきてちょうだい。」


ソラはまたしてもベソをかきそうになったが、泣いてばかりいられないと思いグッと腹に力を入れて気持ちを切り替えた。


「これは神様が私に与えた試練。

乗り越えれば、もっと素敵な奥様になれるはず。

それにウミだって、私の事、あれほど心配してくれたのだし…あはっ!愛されてるって嬉しいな。」


そうと決まれば私も頑張って家庭を守らなきゃ。ソラはそう心に誓い努めて明るく振る舞う事にした。


手始めに何をすべきかと部屋を見渡した。


「う~ん。外出は禁止だからお買い物はできないでしょ。

それならば、まずはお掃除よね。

綺麗なお部屋でなきゃ幸せが逃げていってしまうもの。」




ソラは掃除機を丁寧にかけた後、キッチン、シューズボックス、洗面所、トイレの順で掃除をおこなった。


「我ながらお部屋が綺麗になったわ。

水回りもピッカピカで気分がいいよぉ。

ウミも絶対喜んでくれるはず。

特にキッチンの掃除は捗ったので百点満点!」


さっそくソラは綺麗になったキッチンに置いてあったグラスを手に取り、水道の蛇口の栓を捻って水をなみなみと注ぐと一気に飲み干した。


「ゴクゴク、ぷはぁ~。喉が渇いて死にそうだった。

でも、真夏のせいで水道から出るお水はぬるくて不味い…。

お水を飲むたびに氷を入れるのは手間だし。

冷えたペットボトルのお水や麦茶を買いたいけどお買い物は怖くてできない。」


キッチンに備え付けられている長方形の閉めきった曇りガラスの窓を見ながら少し寂しげに呟いた。


水を飲んだグラスをすぐに洗うと水切りカゴに戻した。

そこにはウミ専用の大きなグラスが置いてある。

ソラは自分が使っているグラスをウミのグラスにピッタリくっ付けるように置いた。

そうしないと心が離れてしまうような気がして落ちつかないのだ。


「私も朝が早かったから眠たくなっちゃった。

これだけ家事を頑張ったのだから、少しくらい休んでもいいよね?」


6畳の部屋でグデンと横になって3本のエレキギターを愛おしげに見つめた。


「ギターを弾いている時、いつも以上に格好良いよ。

これからも、ずっと、ずっとそばで見ていたい…。」


ソラは重くなった瞼を閉じた。







一方、妻のソラに愛されている夫のウミはーーーー


「お疲れっす!

あ~待ちに待った昼休憩だ。

朝はあっという間に時間が経つくせに、仕事中は時計の針がなかなか動きやしねぇ。

しっかし腹減ったなぁ。

ソラの作った弁当、ワクワクするぜ!」


ウミは手際良く弁当箱を開いた。


「ぐっ!そうだった…。

何を期待していたんだ、俺は。

オカズが梅干しだけの日の丸弁当じゃねえか。

俺ら金がなくて肉や魚は買ってねえもんな。」


ウミは酸っぱい梅干しを口にして、スッパイ現実を思い知らされていた。


夫の悲哀などはつゆ知らず、午前中、モーレツに家事に勤しんだソラは汗だくのままスヤスヤ眠りについていた。

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