3
「やっとこさ、帰って来れた。今日もさんざんこき使われてクタクタだ。」
ミカミは街灯の少ない入り組んだ細い路地を歩き、幼児の背丈ほどある雑草が生い茂ったまま手入れのされていないアパートの入り口に到着すると、ため息混じりに呟いた。
「渇きを癒す為に今すぐビールか?
それとも耐えに耐えて風呂上がりのビールにすべきか?
俺よ。悩むな、悩むな。
なに、玄関開けたら今すぐ飲んで風呂上がりにまた飲めばいい。
我ながらナイスアイデア!」
もういっちょ、あとすぐ。
肉体労働で疲労困憊の身体に冷たいビールが待っている。
そう自分に言い聞かせながら最後の力を振り絞って玄関まで向かった。
「ジャンジャガ、ジャガジャガ、ジャンジャガ、ジャガジャガ!」
「な、なんだ?この音は?」
月明かりに照らされたミカミは謎の爆音に、事態を飲み込む事が出来ず茫然と立ち尽くした。
「デンデケデェー!デッデッデッデー!デンデケデェー!デッデェー!」
鋭く張り詰めたような音に我が耳を疑う。
「あ、あの野郎、こんな夜中にエレキギターなんざ弾いてやがる…。」
ミカミは昨日から隣に住む神園家の玄関のチャイムを鳴らさず、ドアをゲンコツでガンガン叩いた。
エレキギターの演奏は止まり、話し声が聞こえてくる。
それから数秒後、どこか申し訳なさそうなか細い声が玄関ドアを介して聞こえてきた。
「…どなた様でしょうか?」
声の主がソラだとわかるとミカミは疲れ切った表情を消しさり、精一杯の凛々しい顔と余裕のあるジェントルマンぶった声で話した。
「ゴホン、あぁこんばんわ。私は隣に住むミカミです。ちょっといいかな?」
玄関の向こうで、コソコソ、だから言ったでしょ?練習なんだからしょうがねえだろう、といった内容の会話が漏れ伝わってくる。
ソラは意を消したように、ゆっくりドアを開いた。
(ぐぬぬぬぬ!なんて可愛いフェイスだ!
今、まさに俺は美しき妖精と同じ空間で会話が出来るとはこの上なき幸せ!)
「あ、あのぉ?」
ソラは目を見開き瞬きさえしないミカミを不審に思い、ミカミの顔面付近に手を上下にかざした。
「んあっ、これは申し訳ない。ちょっと疲れていてボッーとしてました。」
「ブッ!コイツ、玄関を激しく叩いたかと思えば、今度は石みてぇに固まってやがった。」
白いエレキギターを持ったウミがからかう。
「ウミ!あの、ここに来た理由は私の旦那様のコレが原因ですよね…?」
ソラは背後にいるウミのギターに指を差した。
(ピンクのクマがイラストされた可愛いTシャツが、世界でこれほどまでに似合う娘がいるのか!!
…だめだ!このままでは可憐な貴女の虜になって、先程のように思考停止してしまう。)
「俺のギターの格好良さにビビってここへ来たんだろ?」
青い髪を掻き上げウミがポーズをキメて自己陶酔している。
「バッカヤロー!貴様のようなガキンチョのヘタクソな演奏なんぞに感動するか!この青ニ才め!」
「なっ!テメェ!もっぺん言ってみやがれ!このクソジジイ!」
「ジジイだと!?27歳の青年だぞ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り合う二人の男の間に挟まれたソラは必死に喧嘩を止める。
「お願いだから落ち着いてください!ウミもだよ!」
「女神さま、ゴホン。奥様がそういうなら、今日のところは引き下がります…。」
「おう!とっととけぇーれ!けぇーれ!」
ウミは唇を尖らして怒鳴りつけた。
「ダメよ!夜中にギターを掻き鳴らしたあんたがそんな言い方していい立場じゃないわ!
あ、あのもし良かったら、ウチに上がってもらえますか?
仲直りできたらいいかなって思いまして…。」
「何考えてやがんだよ?こんな野郎を部屋に招くのか!」
「いいじゃん!私達が悪かったんだよ?ちゃんと謝りたいの!いかがですか?」
「奥様がそこまでおっしゃるなら、お、お邪魔させて頂こうかな。あはっあはは。」
(嗚呼、貴女は美しいだけではない。なんと慈悲深く聡明なのだろう。)
ミカミは目を細め、天国の階段を登るかの如く、自分の部屋と同じ作りであるオンボロアパートの玄関に入った。
「勝手にしやがれ!」
「ウフフ、どうぞ上がってくださぁい。」
呆れ顔のウミとは反対にキラキラした笑顔のソラが手招きをして迎えいれた。
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