拙者の妹
川奈雅礼
序章
其の壱 部屋と妹と拙者
午後から降り出した雨は、夕刻を過ぎた辺りから本降りになった。
薄暗い
――
そんな未熟な心を投影するように、
思わずギョッとした。
普段の何気ない光景なのに、無様にも驚いてしまったのだ。恐らく連日のテスト勉強で、脳の疲労がピークに達していた
拙者は肩の力を抜き、右手の甲で額の汗を拭った。そして深く溜め息を
「……いや待て、これは違うのだ!」
「これは
一息で弁明を終える。
そのとき、降りしきる雨が拙者を
☆
待望の夏休みを目前に控え、いよいよ明日から期末試験が始まる。
「…………」
何をするにしても、まずは心を落ち着けることが肝要である。拙者は、頭に装着した女性用下着の乱れを整えると、
耳を
騒然たる無音。あるいは、雨の静寂とでも
しかし、そんな詩的な情緒に浸る暇もなく、音なき騒音は唐突な終わりを迎える。ガタガタという無粋な物音に取って代わられたのだ。
拙者は目を
「
拙者、歓迎でごぢゃる!
……いや失敬。文机の脇に降ってきたのは拙者の愛すべき妹だった。姫カットが似合う黒髪の美少女忍者、くノ一の舞衣だ。
「ぐぬぬ、オシリ打ったナリ」
ムフフ、オシリ
……いや失敬。妹は小さな尻を
敢えて手前味噌を並べるなら、舞衣は可憐で清純で、まさに天使のような妹だった。拙者的には嫁にしたい妹ナンバーワンである。
「舞衣、オシリを打ったのか。どれ、ここは拙者が優しく丁寧に朝まで撫でて――」
「平気でごぢゃる!」
舞衣は元気に立ち上がると、桃色の忍者装束をパンパンと
着衣の乱れを正すと、舞衣はモジモジした動作で拙者に近づいてきた。そして、長い
「お兄ちゃん、今夜はどんな術を教えてくれるでごぢゃるか?」
好奇心に満ちた声で問いかけてくる。そう、今宵の拙者は、舞衣に新しい術を教えると約束していたのだ。
「では、忍法『こむら返りの術』を伝授しよう」
拙者は胸を張って答えた。
忍法「こむら返りの術」とは、ふくらはぎの筋肉を
舞衣は最初、興味深そうに耳を傾けていた。実に楽しそうな表情だった。もし尻尾があれば、きっとパタパタして喜んだに違いない。
だが、すべての手順を聞き終えた妹は、まるで手の平を返したように唇を尖らせた。
「その術やだ。地味でごぢゃる」
殊のほか否定的な意見で却下され、拙者は危うく卒倒しそうになった。舞衣の冷めた態度にすっかり打ちのめされる。
「…………」
薄暗い拙者の部屋に、耳障りな雨音だけが虚しく響いた。
しかし、その陰気なムードを拭い去ったのは、他でもない舞衣の爽やかな一声だった。
「実は舞衣、凄い術を覚えたから、お兄ちゃんに見て欲しいナリ!」
落胆した拙者を励ますように、舞衣は愛らしい笑顔の花を咲かせた。
おお、いじらしい妹よ!
拙者はすぐさま立ち直ると、冷静に鼻息を荒くした。目顔で「ダメでごぢゃるか?」と訴える妹に、兄の寛大さをもって優しく問い返す。
「どんな術を覚えたのだ?」
「あのね、全力脱衣の術っていうナリ」
「……んなっ!?」
その術名を聞いた途端、拙者の思考はズキューンの様相を呈し、あまつさえキュンキュンでドッカーンに陥った。
――いや、いやいや、ちょっと待て!
拙者は平静を装って考える。
そのような十八禁術の使用を、おいそれと許可するわけにはいかない。世間には、検閲忍と呼ばれる忍者の厳しい目もあるのだ。
……だが! だがしかし!
愛しい妹が、拙者に見て欲しいと言っている。それを無下に断るなんて、兄として失格だし論外だし無理だし我慢できないし見たい!
「拙者としても妹の脱衣には興……成長には興味がある。
拙者は兄の威厳をもって、妹に的確なアドバイスを送った。
「うん、じゃあ始めるでごぢゃる」
そう言って、舞衣が桃色の忍者装束にそっと手をかける。いよいよ始まるのだ。
光源の弱さが吐血しそうなほどに悔やまれた。まったくもって痛恨の極みである。できれば昼間、もっと明るい部屋で、じっくり丹念に妹の成長を拝みたかった。
そんな拙者の切実な想いが胸に溢れた瞬間。
部屋を照らす蝋燭の炎が、風もないのにフッと掻き消えた。
☆
――それは心を乱した結果だった。
妄想の妹を具現化する「
「…………」
拙者の部屋は、暗闇と孤独と雨音に包まれた。
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