〝限界オタの私が異世界でイケメン二人組に助けられて受け攻めをキメきれない〟(企画参加・読切版)

鳩鳥九

第1話



 同人誌に埋もれて死ぬのが私の夢だった。

私の名前は地味埼かえで、高校2年生だ。

腐って夢見て、何でも食べて生きている。

本棚を斡旋する1000冊の同人誌こそが私のサンクチュアリで、

今日もまたオリオンをなぞりながらバイトに勤しむ


「バイト行ってきまーす」


馬鹿者、私の労働シーンなんぞダイジェストだ。オールカットだ。


「ただいまー」


 ふぅ、流石に土日のバイトはしんどいな。つらみが深い。ぴえん。

いつか同人誌だって書いてみたいが、設定資料集の山ができるばかりで、

私は出資するお金をかき回すだけで精一杯だ。

今日もタピオカは飲まない。推しが飲まないって言ってたから、


「はーー、そろそろ足の踏み場作んないと、ゴミ出しゴミ出しっと」


 学校なんて寝るために存在をしているし、

推しだって3か月に1回変わってしまう。1クールと同じだ。

それでも苛烈なほどの愛は注いできたし、クソデカ感情だけは負けない。

でも、でも……何かが足りない。愛の注ぎ方が、まだ腑に落ちないのだ。

私生活を全部オタク活動に注ぎ込んでも、未だに心に引っかかるものがある。


「はぁ、私も何か……作りたいんだけどなぁ」


 インプットばかりなのは悔しい。

お金を沢山注いで、彼らが登場する物語は全部買っている。

そして毎晩のように尊いしんどみ辛いエモいetc……と泣きわめいているというのに、

しかし、私自身が何かを作ったわけではない。

声優を目指したり、同人誌を書いたり、

小説投稿サイトに応募したり、コスプレイヤーになったり、

受け手ではなく、供給する側の快楽を享受したことがないのだ。

そんな気持ちに私は……って、あれ?


「やばっ……」


 私のサンクチュアリはまさに、飛行石を失ったラピュタの如く、

徐々にその角度を変えてグラグラと揺れ始めたのだ。


(私、〝バルス〟って言ってないのに……!? )


 確かにその本棚は同人誌だけではなかった。

確かに1000冊の本は莫大だが、同人誌は薄いのである。

通常はその薄さだけで圧死するわけではない。

しかしながらその本棚はフィギュアやDVD、イベントグッズも積まれている。

それだけではない。私の数年分の重すぎる愛がそこには凝縮されているのだ。

そう、薄い本たちは、あまりにも厚みがあった。

熱くて厚いの愛の結晶が、私の華奢な身体を潰さんと眼前にまで迫ってくる。



同人誌に潰されて死ぬのが夢だった。



 その瞬間、私の人生は終わった。〝第三部完ッ!〟というやつだ。

まだまだ欲しい物は会った。秋アニメの覇権もチェックしてた。

ソシャゲの周回も終わってないし、さめまる先生の新刊も……

視界が真っ暗になる。何も考えられずに巨大本棚の下敷きになる。

(そういえば身体は子供の名探偵でこんなシーンあったな)

そんなことを思い出しながら、私の意識はゆっくりとフェードアウトしていった。




※※※




 目が覚めたら、そこは青い空と草原が広がっていた。

走馬灯であるのなら、ここはコミケ会場のはずなんだけどな。

どうやら限界オタク特有の限界の思考回路をブン回すくらいには、

頭が働いていたと見える。多分、母親が救急車でも呼んでくれて……



「大丈夫か? 」

「大丈夫かい? 」



 突如私の視界に乱入してくるイケメンによって私の意識は覚醒した。

なんの声だろうか、美声が過ぎるんだぞ。多分CVは裏切りそうなあの人と、

ハスキーボイスが素敵なあの……ってちょっと待て誰だ?

このままでは独り言が奔流してしまう。

限界オタク女子の語彙が濁流を起こしてしまう。

はやく緊急避難命令を出さなければ地域住民が溺れる。


「あ、あなたは……」


 その二人の紳士のような男の二人組は、私の身体を優しく起こしてくれた。

片方は濡れたような漆器のような黒髪で、身長が高かった。

もう片方は太陽のように輝く金髪で、幼さの残した顔をしている。


「この一帯は魔獣の群れが多いからね。気を付けろよ」

「大丈夫? 傷は浅いみたいだから大丈夫だとは思うけど……」


 二人ともまるでアニメに出てきそうな、誂えたかのようなイケメンで、

腰に重たそうな剣を携えている。柄には魔法陣のような文様がある。

海馬のキャパシティがオーバーフローした私は、

この出来過ぎたような展開に思わず神を疑う。

キラキラのトーンが貼ってあるようなオーラを醸し出すその青年二人に、

私の限界オタの脳みそは限界をいとも容易く突破した。


「立てるか? お前はどこの町から来たんだ? 」

「ひとまず安全な場所へ移動するよ。さぁ掴まって」

「……っ……あ、あなたたち……は…… 」


 名前と住んでいる場所を問われた気がするけど、聞こえていない。

どこの仮想ヨーロッパの武人かは知らないが、

今の私の心臓の躍動を舐めて貰っては困る。



「どっちが受けなんですか!!!!????? 」



 これが私こと、限界オタクの地味埼かえでと、

上級貴族のストレチアさんとローダンセさんとの出会いだったのです……

ってか顔がいいんだよ顔が!!


「はぁ……? 」




〝限界オタの私が異世界でイケメン二人組に助けられて受け攻めを決めきれない〟



※※※


 私は剣術の稽古中だったという二人に連れられ、

草原の真っ只中から最寄りの街にまで送り届けられることとなった。

2人が言うところによると、遠くで強い光を確認したということで、

剣の修行を一度中断し、光っていたところに駆け寄ったところ、

私が気を失って横たわっていたというところだ。


「あ、あの……さっきは本当にすいませんでした……

 意味のわからない言葉を口走ってしまって……」


 私は頭を何度も下げて謝罪の言葉を口にした。

明かに日本とは程遠い土地で目覚めて、右も左もわからないとはいえ、

迷惑をかけてしまった人には感謝と謝罪を述べるべきだと、

私はそう思ったからだ。


「あぁ気にしないでね。誰だってあんな体験をしたら気が動転するよ。

 でも大分落ち着いてきたようでよかった」


落ち着いてません。ごめんなさい。


「自己紹介が遅れたね。ボクはローダンセ

 こっちの背が高いのはストレリチアというんだ」


 背丈が180にギリギリ届かない金髪で幼顔の青年がローダンセさんと言い、

それよりもさらに身長が高く、黒髪で鋭い目をしている青年がストレリチアさんと言うらしい。


「わ、私の名前はじ、地味崎かなで……

 同人誌の山に潰されちゃって……気がついたら……」


ローダンセさんがきょとんとした顔で言う。


「ドージンシ? ……カエデ、それはなんだい? 」


 同人誌を知らない……? ってことはやっぱりここは日本じゃないんだ!

どうしてだか言葉は通じているんだけど、私は別の世界に……

……あ、違うわ。別に同人誌を知らない人だって普通だったわ。

普通の人生を送ってたら同人誌を知らないのは変じゃないわ。

変なのは私の方だったわ。草生える。


「とっとにかく! ここはどこなんですか!? 」


 一歩、また一歩と3人で足を進めながら、

私は可能な限りの質問をしたのだが、わからない単語が増えるばかりであった。

知らない名前の土地を知らない固有名詞で説明されても、それは分からないのと同じであった。

それだけではない。電車や車、新幹線や飛行機など私たちが日常で使うような乗り物もほぼ存在しないということだった。

私は元の家に帰る方法が見当もつかなくなっていた。

だが腐ってばかりもいられない(腐ってはいるが)

私は今日の寝る場所と食べる物を求めるために、

一度このお二人についていくことにしたのだ。すると……


「あ……! 犬!? 」


 目の前に明らかに様子がおかしい一匹の犬がいた。

一件シベリアンハスキーのような犬種に見えたのだが、私の知っている犬ではなかった。

身体の半分が紫色に変色し、耳の一部が溶けて垂れさがっている。

あのような状態でまともに動けるはずがない。

なんとなくそれはゾンビになってしまったかのような犬であると、

この世界に詳しくない私でも直観した。


「魔獣だ」

「え!? ストレリチアさんがさっき言ってた……!? 」


 ローダンセさんが距離を取る様に私に言った。

私は3歩ほど下がって、彼らに守られるように見守るしかなかった。


「犬が……ゾンビみたいに……」

「アイツらは魔獣……魔力を〝腐らせて〟作るんだ……」


 どうやらこの世界には魔力という不思議なエネルギーが存在しているらしい。

ここで普通の人なら驚いてしまうところだが〝ドージンシ〟なるものの存在を知っている私である。なんとなくこの世界に順応してきた気がしないでもない。

いや、そういうことではなく……


「〝腐ってる〟……」


私と一緒だ。同志じゃん。誰推し? てかLINEやってる?


「だがまぁ心配するな。あれは犬の魔獣……取るに足りない」

「うん。僕とストレリチアなら問題なく対処できるよ」


 2人の青年が剣を抜いた。俗にいう抜刀というものだ。

問題なく倒せる魔獣と言ったが、二人の顔つきは真剣そのものだった。


「さて……今日もオレに合せろよ? 相棒」

「うん。任せて」


 ストレリチアさんの口角が上がり、ローダンセさんが首を少しだけ傾げる。

ふわりと金色の髪が揺れ、二人の剣気が……ってあ、ちょっとまって!

え、何、そういう関係なんですか? 滾るんですけど、やっぱりそうなんですか?

そうなんですよね? いや、そういう解釈でええんですよね?


「はっ! 」


 いやもう言っちゃうけどカッコいいんだなコレが、

ストレリチアさんの屈みこんだまま突入して全方向に上段から切りつける姿がめっちゃエロい。なんとか魔獣は避けるんだけど、

その工程がそのまま囮で、そこにサイドからローダンセさんが切り込んでくるってわけよ。ちょーーーーーーヤバいじゃん!

もうだって実質結婚みたいなもんじゃない?

ケーキ入刀じゃん! ウェディングケーキはゾンビ犬だったんだね。

なんか白い煙になって消えちゃったけど、きっと二人の尊さに蒸発したんだわ。

あーーーーもう納得しちゃったんだもんね。

この二人はできてる。絶対デキてるわ。

エッチだもん! エッチ! エッチ!


「……ふっ、他愛もない」

「まぁ……こんな感じだよね」


 はぁーー、納刀する姿も溜まりませんわぁ

こりゃ芸術だ。刮目しちゃった。ご無沙汰だね。しゃーないわこりゃ!

いいね。やっぱホモだよ。何歳差なのかなぁ……

やっぱストレリチアさんが攻めかなぁ? ストロー? ロースト?

あーーー、でもローストの方が肉食っぽくていいよね。

きっと帰り道とかで服の袖にちょっとだけ触れるやつーーーー!

あっ耽美、あっ美味、あっ崇高……


「魔獣も知らないのか、田舎者だなお前は」

「えーでもストレリチアだって院にいた頃は何も知らなかった癖にー」

「うるさい」


 ストレリチアさんはローダンセさんの頭に軽くチョップをした。

チョップを受けた側のローダンセさんは照れくさそうに笑い、

私はその場で卒倒した。嗚呼、これはこれはこれはこれは……


「おい大丈夫かお前」

「カエデちゃん!? 」


私はガッツポーズを空に掲げて、こういった。


「ご馳走様でした……」



※※※



 町についた。赤と茶色とオレンジのレンガ作りの街で、

ざっと200世帯くらいが住んでいるという。

商店街とレンガの街、名前はチュートンというらしい。

私は元の世界に帰る方法はあるのかと二人や町の人に聞いて回ったのだが、

彼らはそもそもニホンという地名さえ一度も聞いたことが無いらしく、

ストレリチアさん達は私のことを哀れに思ったらしく、

一週間分くらいの宿代を私にくれた。

この二人とはどうやらここでお別れになるようで、

私は急に心細くなってしまった。


「ここでお別れだ。オレ達はもう少し東の国にそろそろ帰らなければいけない」

「初めての土地で分からないことばっかりなのに、

 してあげられることが少なくってごめんね。

 ボクらは貴族なんだけど、他国の人間にそこまで施しをするようなことは、

 控えろと父上様方に言われているんだ」


 確かに、確かにそうだ。別にこの二人はあくまでも他人だ。

同人誌の山に押しつぶされたとしても、誰も彼もがいつだって、

私のことを助けてくれるとは限らないのだ。

ここからは自己責任、自分の力で生きなければならない。

七日分の宿代を頂いて、幸い何故か言葉も通じるんだから、

心細くなんかなってないで、食い扶持を探さないといけない。

幸い私はバイトの経験と体力だけは高校生離れしているとよく言われる。

多少、舞い上がってしまったというか、

目の前のイケメン貴族の、ささやかな、けれど濃厚な友情の熱い一幕が見れたのだから、限界オタク冥利に尽きるというモノだ。

興奮したり心細かったりと、異世界に入って若干ラリってきた私の情緒だったが、これからはこの二人は助けてくれない。

そうだ。最後に質問をしないと……


「あ、あの……最後にいいですか? 」


片言が抜けていない。それなのに特有の早口言葉ばっかりが脳を侵食していく。


「なんだ? 」

「答えられることは答えるよ」


 私の顔が恍惚な表情を浮かべる。隠し切れない。

一体全体どうなっているんだ私の神経系は、やれやれ、


「おっ、お二人の関係は……どういったものなんですか? 」


固唾を飲む。美味しい。


「なにって……」



「「幼馴染だけど? 」」




キターーーーーーーーーーーーーーーーー!!

ウオーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

ヨッシャーーーーーーーーーーーーーーー!!




 いやぁもう王道パターンでございましたか、そうですなぁそうですなぁ!

これぞ公式からの配給! 後方支援を怠っては前線も前立腺もままならない!

いやぁ、未成年だけど酒が進む進む。快勝でござる。甲斐性もあるでしょう!

男の子!! 男の子ですわぁ!! そりゃそうなっちまいますもん!

院の時代から一緒だったんですわよね幼馴染!

だって人間ですもの、ホモがサピエンスしていらっしゃる。

ひやはや、浮き世も捨てたもんじゃあありませんな。ウキウキ浮き世ってね。



「ストレリチアは伯爵の息子でね。

 本来ならボクの方が官位が下だから、従者ということになるんだけど、

 でも昔から、ボクを一人前の相棒として扱ってくれるんだ」



「ローダンセはオレより2個年上なんだ。

 でもオレの方が背が高い。でも剣の実力だけはどうしても勝ち越せない。

 貴族としてオレは、好敵手としていつか、

 剣の実力は年齢が決めるものではないことを証明してやるのさ」



あああああああああああああああ!!(多大なる激怒)

あああああああああああああああああああああ!!(襲い来る歯痛)

ああああ!! うわああああああああああああああああああ!!(銀河系爆発)

は?????????????尊いんだが???????????

もうそろそろ嘔吐するんだが????????酸欠だが??????

酸素が足りない。CO2が足りない。

スーハースーハー! ヒッヒッフー!C!O!2!C!O!2!

あっ! CO2は酸素じゃない! 二酸化炭素だ! うひぃ!

チクショウ、畜生、畜生道! 餓鬼道! 修羅道! 地獄道!

なんだこれは! 走馬灯か? 走馬灯が名神高速道路を走ってるのか?

ここがバビロニアか? 神聖ローマ帝国だったのか?

金剛力士像だってパンツを脱がざるを得ない!

おお神よ神よの龍田川! から紅に水括るとは!!

なんという僥倖! 快楽! 思想がピンク色に染まっていく!

これがホントの思想膿漏じゃあああああああああい!



「ち、ちなみに付き合ってるんですか? 」



 情緒の最終防衛ラインが突破された。

限界オタクなればこそ、限界を超えなければならない。さらに向こうへ、

オーバーザファンタスティックドリーマー!

言霊がダイレクトに螺旋状に回転し、私の脊髄を刺激して堪らない。



「バカ、何言ってんだよ。男同士が付き合ってるわけねーだろ」

「そう……だね。えへへ」



 ゲームセット、パーフェクトゲーム、逆転サヨナラ満塁ホームラン

内閣総辞職、ビックバン、オレ達の戦いはこれからだ。悪・即・斬!

実質朝チュン、エモーショナル、春はあけぼの、いざ鎌倉、カーテンコール



地味崎かなでは、本日三度目の気絶を果し、果てた。


※※※


 1日3回の昏倒というものを経験したのは、これが人生で初めて出会った。

2次元寄りのイケメンというものは今の私には刺激が強すぎる。

目が覚めたらそこは宿で、隣に腰の曲がったお爺さんがいた。

お爺さんはターバンみたいなものを巻いており、落ち着いた声音で私に話しかける。


「気が付いたかい? 」


私は遅れて答える。


「え、あ、はい……」


 もうあの2人はどこかへ行ってしまったのだろうか、

どうか健やかにより一層親睦を深め合っていてほしい。

そう願わずにはいられな……じゃなかった。いかんいかん。

妄想癖があまりにも酷い。悟りの開祖になる前に行動を起こさなければ、


「災難だったね」


いや、むしろエクスタシーだったとか言えない。


「ところでお前さん、向こうの草原から光って現れたとうのは本当かい? 」


顎をポリポリとかきむしりながら喋る老人


「はぁ……私は意識がなかったのでよく知らないんですけど、

 そういう事らしいです」


 そうか、私は光の腐女子だったのか……

発酵すると発光してしまうのかもしれないな。

誰がヨーグルトやねん。


「ふむ……もしかしたらこりゃ御伽噺の……

 ウパチョ、これ来なさい」

「はいジジ様」


部屋の奥の扉から気怠そうな子供が出てきた。お孫さんだろうか、


「ジジ様ではない。オーナーと呼びなさい」

「はいジジ様」


宿屋のオーナーであるそのお爺さんは、ちょっと嫌そうな顔をした。


「この手紙をストレリチア様とローダンセ様に届け、呼び戻しなさい。

 まだそう遠くには行っていないはず……

 場合によっては国王様にも知らせねばならん……」


 そういうとウパチョくんは皮で出来た靴の紐の手入れを始めた。

外から獣の匂いがほんのりと匂うので、この世界では馬のような生き物がいるのかもしれない。



「救世主が現れた」



 非常に不躾で風情もへったくりもないことを言うのであれば、

私はオタクだ。それも限界オタクだ。高校2年生にして、

1000冊の同人誌の山に潰されて、この世界にやってくるほどのオタッキーだ。

まるでわんこそばの如く、この展開はパターンとして考えていた。

服装も白のTシャツだけという、この舐めきったような格好だ。

何もかもが違う。注目を集めないようなことは不可能だろう。

そもそもこの世界にこんな格好をしたやつが突然現れたら、

こういう騒ぎに発展するかもしれないことは明白だ。

目立つことは避けたかったけど、あの2人のイチャイチャが見れるとあれば、

それも致し方の無いことなのかもしれない。そう、運命である。


「……すまんなお嬢ちゃん。何を言っているかわからなかったじゃろう? 」


大丈夫です。なんとなくわかります。ラノベでよく見た展開です。


「今、この国の歴史から説明をしてやろう」


そうそう、そういうやつね。いつもの老舗の味だ。テンポ早めで頼んます。


「あれは今から3000年前の事じゃった。かの悪逆の巨人が……」


 もうそういうの大丈夫なんで、早くあの2人のスキンシップを見せてほしいな。

早く、早く、ハリーハリー! ハリーアップ! プリーズ!



 今回は卒倒はしなかった。良かった。

感情の乱高下がノンストップ過ぎて、ちょっと慣れてきたのかもしれない。

落ち着いてきたからこそ、脳内会議独り言街道まっしぐらな私でも、

語り口が徐々に流暢になっていくのであった。続く。


※※※



この世界は腐っている。


3000年前、腐敗を司る悪霊が遥か北の山河に住み着いたという。


その悪霊の名前を〝ラフレシア〟というらしい。


ラフレシアは人々や自然から徴収した魔力を腐らせて、


動物を模した魔獣を大量に生産し、人々を襲って困らせているという。


近隣の国々は交易などで平和に過ごしてきたが、


ラフレシアの出現によって状況は一変し、


7人の国王はそれぞれで同盟を組み合うことによって、


魔獣に対抗してきたという。


そこから1000年の歴史が流れ、


ある日魔物は特大級の魔力から生成した魔獣を投入し、


7つの国々を滅亡寸前のところまで追い詰めたという。


人々は誰もが切望し、この世界の終焉を覚悟したその時だった。


天が割れ、地が裂け、全てを包み込む神からの光が突如として上空から出現し、


この世の者とは思えない衣装を身にまとった天使が現れ、


魔獣を打ちのめしたという伝説が今も老人の間で語り継がれているのであった。


……って、えぇ!? これってなんか私っぽくない?


この世の者とは思えない衣装を着て、光りながら突然現れたってことなんでしょ


いよいよ大事になってきたというか、だから救世主だとか天使だとか言われたのか……


別に特別な力が使えるようになったわけじゃないんだからさ……


っていうか、この世界には魔法とかあるのかな?


私も地獄の特訓とかしちゃえば、凄まじい炎とか出てきちゃったりするのかな?


それだったら楽しいなぁ……エモいし、


どうやら天使が出現して特大の魔獣を倒したからと言って、


ラフレシアという悪霊が消えたわけじゃないらしいから、


この世界の危機は過ぎ去ったわけではないらしく、


だからこそ、第二の天使の出現を願うべく、伝承としてこの御伽噺が伝わってきたのだろう。


そして、目の前の宿屋の老人は、私が第二の天使かもしれないと思ってる。


……やべぇなこれ! 私どうなっちゃうんだよ。


次のコミケ行けるんかな……



※※※



 という感じで、御伽噺をその老人から聞かされ、自分なりに補完をしたところで、二人が戻ってきたようだった。

私が気絶している間に、さっさとお別れを告げて目的地に向かうということは、

この二人にとって、救世主である可能性が無かった頃の私の存在は、

ただの珍妙な田舎娘その①だったのだろう。

だが、私の存在なんてそのくらいで丁度いいのだ。


「ストレリチアさん! ローダンセさん!」


 むしろストレリチアさんとローダンセさんの、

これからの人生の愛の道にとって辺境で唐変木でデクの棒で凡骨な私めは、

その辺の地べたに這い蹲った布切れのシミに等しき存在なのである。

私はシミ、ミス・シミだ。失敗する方のシミなのだ。

染み付いてしまっていると言っても過言では無かろうて無かろうて、


「おい爺さん、本当にコイツがあの救世主なのかよ」

「やぁカナデちゃん、またキミに会えるなんてね」


 ほらもう、ストレリチアさんの顔がいい。

若干めんどくさそうにその長くてセクシーな腕を、日焼けした腕で、

頭を掻きむしりながら宿主の老人に問を投げる姿は大変素晴らしい。

美青年を通り越して美美々青年と言ったところである。

一方で、孫のウパチョくんとそのペットの馬と一緒に、

お手手を繋いで私なんかミス・シミに声をかけてくれるローダンセさんは、

めっちゃいい。風情がある。情緒情緒、この指止まれ、


「あくまでも可能性ということでございます……

 一度お調べになるのがよろしいかと……」

「なんだよそれ、コイツを父上のところまで運ばなくちゃいけないのか? 」


あー、やっぱりストレリチアさんは攻めで、ローダンセさんが受けなんだろうなぁ……


「年々、ラフレシアの魔力は増しているとも噂に聞きます。

 老人の戯言でありますれば、どうか検討をして頂けれないでしょうか?

 この町の為……引いては七か国連盟の為になるやもしれませぬ……」

「黙れジジイ、辺境の街の一介の宿屋であるお前が国政を語るというのか?

 伯爵の息子であるオレに意見があるというのか?

 事情を知らぬ民草は意見を有する資格さえ無いわ! 」


ほらあーーーーもう、ふわ~お♡

いやんもう、格下の一般庶民にはちょっとSっ気があるのも素敵……

貴族貴族してるのも良き……何もかもがカッコイイ……


「まぁまぁストレリチア、堪えて堪えて、

 カナデちゃんを首都にまで連れていくこと自体は別に負担ではないでしょ?

 我々は貴族であり武人だ。敵を殲滅する手段を模索するのも務め……

 この子を連れていくことで魔獣を殲滅できる可能性があるのなら、

 それを検証することも立派な伯爵の為すべきことだとは思わないかい? 」

「いやしかしだなローダンセ……」


あ、なんかそういう関係も可愛いな。


「ここは宿屋のお爺さんの意見を飲もうよ。

 この子、例え1週間あっても故郷には帰れないかもしれないし、

 キミとずーっと同じ話をするのもいいけど、たまには別の人を交えながら、

 国に帰るのも面白そうじゃないか」

「ローダンセ、お前はいつもそうやって方針に私情を交える……」


〝キミとずっと同じ話〟をしてきたんですか? わかりあってますねぇ!

お熱いじゃないですか! 炎属性なんですか? 友情の血潮が熱血なんですか?


「ねぇストレリチア~、頼むよ~~」

「……わかったよ」



あああああああああああああ、クリティカル頂きましたああああああ!

ひぇえええ、カメラ持ってくるんだったー! キミとボクの一眼レフ!

そっかそっかってアレ? もしかしてローダンセさんが攻め?

やっぱりストローじゃなくてローストだったの!?

ワンコ系年上低身長攻め? だからローストだったの!?

やっぱり肉食だったんですか!? ん??? 公式の配給どうしたの????

北の蛮族でも攻めてきちゃったわけ? 文明開化じゃん!

っていうかやっぱりこのカプさぁ……受け攻めわかんなくない???

知恵熱と成長痛が同時に来たみたいだ。

これは三次方程式でも解けないパズルだわ。

スパコン持ってこないと……スパコンでドタマカチ割らないと……私の、


「よし、方針は決まったな」

「うん。いいよねカナデちゃん? 」


ドタマが割れているので、相槌が一拍遅れた。止血しないと、


「ありがとうございますお二方……ほれ、ウパチョ挨拶しなさい」

「あ、ありがとうございました……」


 こうして私たちは、赤レンガと商店街の街チュートンを後にしたのであった。

それと同時に、私のこの〝腐ってる〟世界での冒険が始まったのだ。

しかしこの時の私は、どっちが受けでどっちが攻めなのかを考え続けることで精いっぱいであった。



「あーーーもう私のバカバカ! 別に同軸リバも逆カプ地雷も全然イけるのに!

 でもでも、初見基本スペックとしてどっちが攻めでどっちが受けなのか、

 それくらいの分別はつけておかないと歴戦の腐女子としては失格なのに!

 普通はパッと見た瞬間にどっちかわかるのに!

 第六感やシックスセンスが働くニュータイプなのに!

 それすらも決められないなんて!

 やはりストローとローストは人智を超えた最強無敵の完成されたカプなのかもしれない……」

 ああもうこうなったら私の残りの全人生!

 威信とプライドに賭けて! どっちが受けでどっちが攻めなのか!

 分析してやる、重箱の隅に至るまで爪楊枝でなめとってやる!

 レポートにして教授に提出して学界を震撼させてやる。

 そう、私はレオナルド・ダ・ヴィンチなのだ!

 この腐った世界で! ローストなのかストローなのか!

 完全なる決着をつけてやるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」


ストレリチアさんは言った。


「なんで独り言でそんな早口なんだよ気持ち悪い……明日に備えて寝ろ」


ローダンセさんが言った。


「キミは……なんというか、壊れた辞書みたいに饒舌なんだね」


私は言った。


「ありがたき幸せ!!! 」


すぐ寝た。寝られなかった。


※※※


 チュートンから西にゆっくりと歩いて3日ほどの距離にあるというを目指す。

石ころと砂と雑草の轍を前に前に進んでいく。

ここら一帯を一つの国とするのであれば、それらの中心部であり、

強大な魔獣が出現した時に備えた軍隊なども派遣されるという。

かくいう私は未だに魔法を使うこともできず、この世界のことも全く知らない。

ローダンセさん曰く、これから知って行けばいいということだったのだが、

小麦に似た植物も、見たこともないシダ植物のようなものも、

瑠璃色に棲んだ湖も、空をかける翼鳥の群れだって、

まだまだ学ぶことが沢山あるというか、未知の中に漂っているということだ。

今分かっていることと言えば、私はこの世界にとっての、

天使の再来である可能性があるということと……


目の前にいる二人のイケメンの、どっちが受けでどっちが攻めか、


分からないということである。



「ストレリチアは彼女が本当に超常的な御伽噺の存在だと思う? 」



ほらもう顔近いし、多分息がかかる距離だし、これでただの幼馴染でライバルで貴族だと言い張るんだから、もう詐欺師じゃん、道化師じゃん。ペテンじゃん。



「オレは全く思わないね。人智を超えたような独り言を発しては、

 1日に何度も何度も気を失うような田舎者ってことしかわからん」

「気を失ってる間にエネルギーを貯めてたりしてね。

 交信してるんじゃない? もっと我々が知覚できないような何かを」


はい。いつだって脳内の美男子とは交信しております。


「は、冗談」

「でも今までボクたちが関わってきたどのような人間とも違う雰囲気だ。

 なんというかこう……一つのものしか見えてないような……」


はい。夢中になると周りが見えなくなると精神的にエンストを起こします。


「価値観の違う人間が技術革新をもたらしたという話は枚挙に暇がない。

 彼女が天使ではなかったとしても、異国の地でも折れない屈強のメンタルをもちあわせているのなら、

 きっと面白い人材になるに違いないと思うよ」

「お前はなんでも買いかぶるな……

 っていうかいいのか? アイツに内緒でこんな話をひそひそと……」


あ! いえ、大丈夫です! こういうのも詫び寂びがあって最高なんで!

どーかどーか、文字数の続く限り続けて頂ければと……


「なんかアイツ気持ち悪いよな。さっきからくねくねと」

「……いいじゃないか、子供らしくて」

「オレは嫌だぞ? 得意技が発狂芸の子供と同行するだなんて……

 父上らが聞いたら笑われてしま……」


 ストレリチアさんが私の発狂芸にドン引きしていることを表明したところで、

2人の視線は整備のされていない前方の砂利道の先に移る。

そこには熊の形状に酷似した魔獣が出現した。それも3匹、


「おい! お前! 今すぐ距離を取って逃げろ! 」

「この形状の魔獣はこのあたりでは出現しないはずでは……」


 えっと、2人の反応を見るにかなり強そうな魔獣ということなのだろうか、

ツキノワグマなのかヒグマなのかなんて判別は付かない。

何故ならその3匹はあまりにも腐敗が進んでいて、片腕が無いのだから、

その隻腕の熊もどきの見た目はグロテスクだった。

前回こそ、私はハッピーに興奮していたからそれほど気にはしていなかったが、

その見た目に少しだけ萎縮する。

そのせいか、肝心な時に私は躓いて転んでしまったのだ。

転んだ時の音に刺激を受けたのか、3匹は猛スピードで突進をしてきた。


「バカお前! 何やってんだ! 」


 ストレリチアさんが1本の剣で二頭の突進を受け止めようと構える。

ローダンセさんが右手に構えた剣を小ぶりに素早く振り、

敵を近づけさせないように間合いを強調する。

あぁ、そうか今のアタシは足手まといなんだ。

私が逃げ遅れたせいで庇いながら戦わなきゃいけない。

ローダンセさんの表情から察するに2匹なら2人で問題なく処理できたのだろう。

でも魔獣は3匹だ。余った魔獣が私を襲えば、私ではどうにもならないだろうと、


「カナデちゃん! 早く立ちあがってくれ! お願いだ……」

「なんでそんなに私のことを……」


私は見知らぬ他人なのに、おまけにちょっと頭がおかしいのに、


「魔獣に負けるなんてことは死ぬほどごめんだが、

 こんな遠出の途中で人死にが出るのも気に喰わねーんだよ!! 」

「確かにこの世界は、ラフレシアの出現によって腐り始めているかもしれない。

 でもそれだけじゃない。まだこの国には綺麗なものや面白いものがある。

 それを紹介しないままカナデを死なせてしまうのは……

 貴族の息子としては気に入らないんだよ」


 ローダンセさんが器用に切っ先を誘導させて牽制を繰り返しているが、

それでも注意を引けるのは1匹分だけだ。

残りの2匹の重たく重厚な負担がストレリチアさんの体力を奪っていく。


「嫌……そんな……ごめんなさい……アタシ……」


 ストレリチアさんの右側から威圧をかけていた魔獣が、

突進だけではなく手を大きく振り上げた。

まるで鎌の如きその一撃をどうにか一本の剣で受けようとするが、

その衝撃に跳ね飛ばされて後方に後ずさる。


「うがぁああ! 」

「ストレリチアさんっ! 」


 その隙をついてもう一匹が私の方へ突貫してくる。

ダメだ。もうどうだって助からない。

訓練を受けて居ない私が今から走ってもすぐに追いつかれるだろう。

私が死んだら、結局状況はまた3対2に戻ってしまう。

そうなったら怪我を受けてしまったストレリチアさんが……


「それはダメ……」



※※※



 ストレリチアさんとローダンセさんが、離れ離れになるようなことはあってはならない。

血が熱い、魔法の使い方でも教えてもらうべきだった。

魔獣特有の腐ったドブの様な匂いに気圧される。

突貫をどうにかギリギリで回避はするものの、

体力が少しあるだけの女子高生の私ができることはそれまでだった。

私は余波で地べたに横転し、仰向けになったところで熊が立ち塞がる。

どろりと腐り果てた熊のような魔獣の耳〝だったもの〟が私の腹部にペトリと落ちる。


「ーーーッ!! 」


 私は多分死ぬ、私が死んだら1匹分の魔獣がフリーになって、

またストレリチアさんが狙われる。そうなったらもう2人は会えない。

それだけは、ダメだ。2人は未来永劫来世に至るまでニコイチでなければいけない。

思考回路が狂い始める。妙に精神が饒舌になり、頭がおかしくなっていく。

アドレナリンが大量にあふれ出す。色濃い走馬灯が流れる。




本当は同人誌に埋もれて死ぬのではなく、同人誌を作りたかったんだ。私は、




勇気も技術もお金も時間も無かった。私には何も……


愛しかなかった。情動でしか私の身体は動かなかった。


限界オタクは文字通り、限界だったのだ。


オタクとして死ねるなら本望だと思っていた。


けど、オタクとして、もう一段階上の大好きを模索したかった。


そんな人生だった。私は読んでばかりで、狂ってばかりで、


何かを産み出す喜び、書き出して吐き出す喜びを何一つ知らなかった。


それなら最後に、例えその望みが無理だったとしても、


もうひと頑張りくらい、してみようじゃないか、


だってだってだって、私はストレリチアさんと、ローダンセさんが、


〝大好き〟なのだから、




「ラブラブなの……」




「ローストとストローは、極限究極のラブラブパラダイスなの!! 」




「それだけは絶対に奪わせない! 」




「何がラフレシア……何が腐った魔獣だ。私の方がよっぽど腐ってる!

 まだこの人たちの受け攻めを決めきれてないけど! 」




「私の〝大好き〟を絶対に邪魔なんかさせない」




「私は私の〝大好き〟が、大好きだから!! 」




 腹部に落ちた魔獣の耳が蒸発し、異臭が吹き飛ばされる。

私の中に抱えられている何か得体の知れないものが活性化していくのがわかる。

そっか……私が天使……キューピットだったんだ……

この腐った世界そのものが、私が本当に作りたかった同人誌だったんだ。

誰が何と言おうと、魔獣の邪魔が入ろうと、私は今ここにいるのだから、

身勝手でも独りよがりでもいい。

ストレリチアさんとローダンセさんが今の私の言葉を聞いて、

意味わかんないって顔をしててもいい。

私が二人をくっつける。私が二人の腐れ縁になってやる。

私は私の〝大好き〟に従う。



例え頭がおかしくても、この気持ちだけは本物なのだから、



 私の頭は、壊れたモーター、ヒビの入った蓄音機

掻き回していない安物のコーヒー、自己の遠心力に耐えられないドラム洗濯機

今日は舌が良く回り、羞恥心に翼を生やして飛んでいく。

私の重たい感情が発酵していく。私のエゴは糠なのだ。

心は朽ちて腐って行くけれど、それでも腐らず前を向く。

私の〝大好き〟は、腐れるほどに美しく!





「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」





 天高く伸ばした腕が、魔獣の顎を押しのける。

空気中の魔力を凝縮した光の光源が出現し、私の背中に翼を授ける。

私は私のこの力を全く制御できなかった。

間違えてローダンセさん達を攻撃してしまうかも知れなかった。

けど、それは無いと確信していた。

だって、私は私の大好きに従っているから、身を委ねているから、

私は私をこそ、信じてあげているからだ。



光が収束し、3匹の魔獣がその異端な現象に一旦距離を取るが、もう遅い。



圧倒的なエネルギーが一対の弓と矢に形を成していく。



私は今、その弓矢に名前を付けた。




〝私だけの薔薇〟(オンリーマイローズ)




高密度の光の粒子がその矢じりたった一点から解き放たれ、



こうこうと鳴る耳鳴りのような音と共に、



魔獣の体躯そのものをかき消していった。




「薔薇の意味は……ボーイズラブです!! 」




ストレリチアさんが言った。




「いや、……意味わかんねぇよお前」


※※※


 こうして私の意味わかんないやべぇやつ感がさらに強くなったまま、

熊の魔獣を退治することができた。そのまま足取りは王様のいるところへ、

熊の魔獣は下級の中でもかなりの実力を持ち、

屈強な剣士でも1対1に持ち込まなければ勝てないという強敵だった。

私はどうして勝てたのか今となっては分からず、

あの摩訶不思議な天使の力をどう扱えばいいのかさえ知らないまま3日が経過する。


「……ここが、お二方の故郷なんですね」

「オレとローダンセの生まれ故郷……作物と貴族の国……〝ドーグラン〟

 七か国連盟の一角を担うこの辺の街や村々の中枢の首都さ、

 この国の貴族はみんな、この町の出身なんだぜ」


 ストレリチアさんも、私に遠慮なく色々と教えてくれるようになった。

私も私のことをよくわからないのだが、兎に角、お互いがお互いの命を守りあった仲、ということなのだろうか?(いいねそういうの萌えだね)

実際問題、3日前のあの覚醒の様な物のせいで、

この世界に転生してきた私の中に何らかの、

この世界で言うところの天使の力の一部が入ってるかもしれないので、

それを調査しながら、今後のことを考えるということなのだろう。

つまりは、健康診断だ。どうしよう。

スリーサイズ調べられるのかな……超ウケるんですが(震え声)


「さて、とりあえず今回のことを王様に報告するね」

「王様ってことは……」

「うん。ボクとストレリチアの父上が、お仕えしている方でこの国の支配者さ」


 この国は税金が高めで、その税を免れるには兵役を行うしかないという、

よってこの国は質のいい作物と忠誠心の高い軍隊と器用な貴族、

それに商業的に成功した富裕層の一部が暮らしている。

そのどれにも当てはまらなかったものは、周辺の街や村に散らばっていき、

例えばチュートンの宿屋のお爺さんのようなポジションに収まるのだ。


「だからさっきから綺麗な家ばっかりなんですね」

「そう。ボクらの王様はね、

 税制と兵役を使ってこの国に貢献してくれる人間ばかりで固めたんだ。」


 道路もコンクリートもどきのような固まりやすい石と泥で補装されているだけではなく、

道端には大工さんのような人たちもちらほらと見かける。

出店からは焼き鳥のような匂いもしてくるし、汚いという印象は無い。


「ついたぞお前ら、ここが宮殿だ」


 ストレリチアさんが宮殿を守る番のような兵士にコンタクトを取っている。

いかにも宮殿というような栗のような形状の黄色の屋根に、

真っ白な壁で囲われた3階……いや4階建てかもしれない。

そこに上半身裸の男性の彫刻だったり、一直線に長く伸びた階段があったり、

その階段の手すりには精密な彫り物が彫ってあったりと、

ともかく昔の世界遺産特番でしか見たことが無いような、そんな建築物だ。

この時代であるなら十二分に高く、そして広くて巨大な宮殿だった。


「ストレリチア様、ローダンセ様!

 先にご家族に会わなくてもよろしいのですか? 」

「火急だからな。先に王に報告しなければならんことができた」


 はぁーー、部下っぽい人に厳しそうに言うストレリチアさんもかっくいい……

クンカクンカしたい。いや、しよう。クンカクンカ……!

クンカクンカの、〝クン〟ってさ! 燻製の〝燻〟だよね!

燻すよね。燻す銀ってやつだね。あ、間違えた、それは〝いぶし銀〟だ。


「おいバカなことやってないで行くぞ! 」



はいっ!



※※※



「ストレリチア、ローダンセ、ご苦労だったな」



 おぉ……今度はイケおじですかい……じゃなかった。

厳粛にしないと、自制を保たないと、失礼があったら殺される。

この国では品位の高い者が通る道であればあるほど、絨毯の枚数が変わるのだろうか?

王様の座っている椅子の周りの絨毯だけ、3重に折り重なっている。

非常に変わっている文化だし、この王様も顔がいいな……じゃなかった。

いかんいかん、私は発狂芸、昏倒の他に、面食いなのかもしれない。


「表をあげよ」

「はっ」


 宮殿の中には金銀財宝が……ということもなく、

内部も真っ白な壁がずっと奥まで続いており、

ガラス細工の灯りが昼間にも関わらず灯っている。

周りがシンプルであるからこそ、ところどころに敷かれている絨毯が立派に見える。

私が入ってもいいと許可を受けた場所があまりにも限られているので、

実際のところはなんとも言えないのだが、

内装も外装も、質実剛健の白を印象付ける。

その上から、派手で綺麗なオレンジと赤の絨毯が並べられていて、

たまーに、それらが2重3重に折りたたまれている箇所があった。


「要件は従者に聞いた。その子が天使の再来であると? 」

「は、熊の魔獣を一瞬で打ち破る光の弓矢を作り出したところを目撃しました」


そこだけ聞くとエグイな私、こっわ、引くわ。


「ふむ……お前たちがそこまで言うとは、信じる価値はあるかもしれんが……

 この件はこの娘の中に秘める力の信憑性が確定するまでは、

 大事にはしたくない。わかるな? 」


なんでや、わからんぞ私は、


「大事になれば他の6つの国もカナデの力を欲しがる……

 そうなれば連盟内で混乱が起こり、それをラフレシアが放置するわけがない。

 考えられる一番のベストは、他の6か国が感づく前に、

 カナデの能力を確定させ、わが国単独でラフレシアを叩くこと……

 6つの国が力を合わせることができたのは、

 パワーバランスが同じであり続けるから、明確な敵がいるから……

 できるだけ早く、目立たないようにラフレシアを倒し、

 ラフレシア討伐後の6か国にも優位に立てるような体制を整えることこそ、

 国防の覇道と言えるから……ということですよね。王」


おっしゃ、わかったわ。ありがとう。

私、頭のいいストレリチアさんも好きよ。攻めっぽいし、


「ふむ。その通りである。聡明になったなストレリチアよ」

「有難き幸せ」


王は肩が凝ったのか、ぽきぽきと鳴らしながら話を続ける。


「でも、それにはまだ問題がある」


健康診断のことかな?


「カナデとか言ったな? お前の意思を知りたい。

 このままだとお前は別の土地から来た田舎娘であるにもかかわらず、

 国の行く先を決める実験や戦いに参加してしまう危険性があるのだ。

 それを拒否する権利はお主にだってあってしかるべきだ」


 確かに私も健康診断で見知らぬ人おじさんに体重を見られるのは嫌だ。

でも私の腹はもう既に決まっていた。そんなことで私の〝大好き〟は揺るがない。


「いえ、私の望みは……少しでもストレリチアさんとローダンセさんの……

 恋の道中を見守ることだけです! 是非とも協力させてください!

 そう、それがお二人の傍にいることに繋がるのなら! 」


決まったぜ、これが限界オタク冥利に尽きるというものだ。


「な、なに! ストレリチア! ローダンセ!

 貴様ら……男同士でそんな……衆道だったのか!」

「お、王! 誤解しないでいただきたい!

 私とローダンセは決して! 決してそのような関係では!

 おいお前! 王になんてことを言うんだ! 」




ああああああああああああ、やっちまったああああああああああああああ


ミスったああああああああああああ、殺されるぅぅぅ


口が滑った。死んだ。調子乗った。


死刑、打ち首獄門島流し、磔石抱き獄中殺、健康診断、人間ドック……ザ・エンド……


終わった。オワコンだ。オワタ、マジワロス、くっそ、恥ずかし……






 その後、ローダンセの必死の弁明により誤解は解け、

ストレリチアさんにはめっぽう強く怒られた。

そう、別にこの二人はそういう関係ではなかった。

それは全て私の妄想であるからだ。

あらぬ現実を突きつけられてしまった。

でもまぁいいや、この妄想は私だけの愛なのだから、

ってかこれからくっつける。もっと距離感を縮めてやる。

しめしめ、とはいいつつ、今の関係も結構美味しい。

このまま素材の味を楽しむのも一興ではないか、



「全く、これからこんなやつと一緒に行動しなきゃいけないのかよ」

「まぁまぁストレリチア、先は長いよ。

 どうなってもいいように余裕をもって前に進まないと」

「そうだな。けどな。オレはお前となら、どこに行ってもいいと思えるぜ」




っっつつぁああああああああああああ~~(歓喜)

そうだよ。そうだよ。そういうとこだから~~(踊る猿のサーカス)

いいじゃん。めっぽう、非常に、大変趣深し、レッツ衆道(弾ける如来)




 そんなこんなで私たちの、自分勝手で独りよがりな腐った好きの物語は、

私の天使の能力を育てながら、目立たないように遠回りをしながら、

3人でラフレシアの本拠地である北の山河へ向かうこととなった。

まぁ別に、私はこの二人のチュッチュ乳繰り合うのが見たいのがメインだから、

世界の平和は二の次だから、何かあったら命がけで頑張ればいいんだけどさ、

でもそれでも私は人生で初めて、同人誌を作っているのだ。

本当の意味で自分の〝大好き〟と向き合っているのだ。

それはとっても、前向きなことなんじゃないかって思うんだ。




「おい、ぐずぐず独り言なんか言ってないで、さっさと行くぞ」

「忘れ物は無い? 長旅になるから覚悟はしなきゃね」




私は向き合う。自分勝手に進む。できるだけ楽しく歩く。騒がしく歩くのだ。




「あ、あのね。二人とも」




この世界は腐ってる。でも私の方がもっと、腐っているのだ。




「結局どっちが受けでどっちが攻めなの? 」




ストレリチアさんが言った。




「わけわかんないこといってんじゃねええええええええ!! 」




おしまい

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〝限界オタの私が異世界でイケメン二人組に助けられて受け攻めをキメきれない〟(企画参加・読切版) 鳩鳥九 @hattotorikku

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