第1話 みーつ&はじまり。
最寄り駅から徒歩3分。お目当ての建物が現れる。
ここの2階に、書店がある。
隣の駅にはもっと大きな書店があるのにわざわざここに来るのは、ここの雰囲気が大好きだから。
入口は古い木の扉で、入った瞬間、優しい紙の匂いがする。
最近のヒット小説や芥川賞、直木賞とかの本が並ぶ小さめの棚を過ぎると、これでもかというほど本が敷き詰められた、天井に届く本棚がいくつもある。
本に囲まれるのが何よりも幸せなわたしにはうってつけの場所。
さて、手元には1500円分のカード。文庫本2冊か、単行本1冊は買えるはず。
まずはざっと本棚全体を見よう。
目の前にあった文庫本の背表紙を指でなぞった瞬間。
「…あ、あの!」
背後から声が掛かった。
聞いたことない声。
この辺りには、中学のときの友達しかいないはずなんだけど。わたしはゆっくり振り返る。
「はい。……えっと、」
「あ、えと、すみません、きゅ、急に声掛けちゃって! いつも金曜に、ここに来てるなって、それで、つい、お話したいなあって……。あの、驚かせちゃいましたよね、ごめんなさい」
やっぱり知らない子だ。見た目だけだと、わたしとは接点がなさそう。
メイクはばっちり、一つに結ばれた髪はインナーがゴールド。隠しきれてない。爪はそこまで長くないけど、ネイル自体は結構派手だ。
ピアスは両耳合わせると、1、2、3…。5個。
スカートは太ももが半分見えるくらい短くて、ベージュのセーターを羽織ってる。
黒いリュックに、そっちのほうが重いんじゃないかってくらい下がったキーホルダー。
所謂、ギャル。
にしては、言葉遣いがすごい丁寧で(偏見だけど)、わたしはちょっと混乱する。
対する私は、すっぴんに日焼け止めと眉毛を描いただけの顔に、肩につくかつかないかくらいの黒髪。
スカートは膝の少し上、リュックには何も付けてない。
「わたし、で合ってますか……?」
「……? はい、あなたです!」
目がきらきらしてる。
「あ、あたし、
「わたしは、とゆき。……わたしも高2。呼び方は、……なんでもいい」
素っ気ない人だと思われたかも。初対面の人に臨機応変さが足りない。
我ながら下手だな、と苦笑する。
「じゃあ、とゆ、で! ……あ、やばい、もうバイトの時間だ。じゃあまた来週! 続き! 話しましょう!」
「……じゃ、じゃあまた」
彼女はこっちを振り返って手を振りながら、慌ただしく階段を降りていった。
✧
本は買わないで帰った。
夕食は豚肉の生姜焼きで、1枚だけお姉ちゃんの皿に移し、残りの2枚は食べ切った。
一週間が終わった日、お腹がものすごく空いて、夕飯の前にプリンを食べたのがいけなかった。
お風呂に入って、SNSを一通り見る。
今日は夜までカラオケにいる子が多い。スターリーには色んな写真が上がっていた。
全部をチェックし終えて、ベッドに横になる。
今日の書店でのことを思い出していた。
あんなところで声を掛けられるなんて、微塵も想像してなかったし、いつも本に夢中で、他の人が居るのに気付かなかった。
来週も会う約束みたくなっちゃったけど、これ全部夢だったりしないよね?
右頬をつねってみたら、ちゃんと痛いし、こないだのニキビ跡が触れた。現実だ。
でも、あの子と会話続くのかな…。
ひなの見た目を思い出して、ちょっと不安になる。まあ、そのときはそのときで。
明日学校がないというなんとも言えない満足感に浸りながら、わたしはそっと目を閉じた。
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