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富升針清

一章 レニーといじめられっ子

第1話

第1章 レニーといじめっ子


 1


「ねぇ、見てよ。レニー」

 昼下がりの学校の廊下に彼はいた。

 レニーと呼ばれた美しい青年は気怠げに読んでいた本から顔をあげる。まるで絹で出来ているかと思う程に美しい金色の髪、ガラス玉よりも美しい蒼色の瞳、高級陶器のような荒一つ白い美しい肌。

 この学校で知らぬ者なの誰一人いないだろう美しき変わり者、レオナルド・モーガンとは彼の事だ。

 彼を呼ぶのは、銀色の髪を持つ褐色の同級生であった。

「何だよ、レイチェル」

 レニーは褐色の肌を持つ同級生をレイチェルと呼んで気怠な顔をする。

 レイチェルとは本来ならば女性の名前だ。しかし彼をレイチェルと呼ぶには些か……色々なものを超越しているように見える。一体、何故。

 しかし、その答えはすぐにわかった。

「あの子、見て。あの子昨日も沢山の缶を抱えて走っていたのよ?」

 レイチェルは女性のような美しい指先を廊下の奥を指差した。

 彼女は、身体は男だが心は女性である。本名はジム・アンダーソン。レイチェルは彼女の一番尊敬する祖母の名前をいただいたらしい。

 レイチェルが指差した先には、一人の眼鏡の青年。

 身長はレニーと同じぐらいで、黒髪に緑色の瞳。

 どこの時代だと言うような、古びた時代錯誤のシャツをズボンの中に入れている。

 見るからに田舎者である彼は、沢山の缶を抱えて慌てながら廊下を走っていた。

「なんだありゃ。ハリー・ポッター?」

 いつの日か読んだヤングアダルトを彷彿とさせる佇まいに、思わずレニーは鼻で笑ってしまう。

「あらやだ。本人なら魔法でサイン貰わなきゃね。って、違うわよ。あの子」

「いじめられっこ」

「あら、正解。『皆んなの執事』って呼ばれているんだって。所謂パシリ君よね」

「そりゃ可哀想に。で?」

 レニーは興味がなさそうにまた本を開く。

「僕に可哀想なハリー・ポッターを助けろとでもいいたいのか? 残念だな、マグルの僕は魔法学校の入学書を持ってないんだよ。送られてくるまで大人しく待っていた方がいい。でも、もし今すぐにでも彼を助けたいなら、レイチェルママがいじめっ子を懲らしめるだけで十分だろ。君から見ても分かるように、僕は忙しいんだ」

 レニーは長い睫毛を下げながら、今度はレイチェルを鼻で笑う。

 レニーは変わり者で有名である。

 絶世の美貌を持ちながら、人に興味がない。友人だっているのか怪しいぐらいだと、自称レニーのママであるレイチェルは語るぐらいだ。

「殺人事件現場に昨日も行ったんでしょう? もう探偵の真似事は辞めて、友達でも作ったら? 彼なんてどう? 劇的に助けて、友情を深めるの! どう? 素敵でしょ?」

 友達のいない彼の趣味は推理ゲームだ。

 美しい彼に神さえも心奪われたのか、彼には完璧な頭脳までも与えられてしまった様だ。主席で入学、彼は常に他者を寄せ付けぬトップに君臨している。学校では彼のファンクラブもあり、彼の事を『キング』と呼び慕う者も出ており最早宗教と呼んでも過言ではないぐらい、彼のカリスマ性は極めて高い。

「おいおい、レイチェル。君の冗談は相変わらず面白くないね。悪いが昨日の現場は、僕は呼ばれて行っただけだ。所謂、ゲストさ。さて、君に僕の行動をバラしたお喋りは誰だい?」

 一度昔に、ひょんなことからレニーが殺人事件を見事解決に導いてしまったものだから、それに味を占めた何処かの警部が彼をアドバイザーとして事件現場に呼びたがるのだ。

 これはレニーにとっても悪い話ではなかった。

 賢過ぎるレニーにとって、この世は退屈そのものだ。頭を使わなくても生きていける世界、これがこの世界だ。退屈なクロスワードよりも価値もないし、時間をかけることもない。

 誰かにとっては幸福でも、彼にとってはとてつもないほど地獄に感じる世界だ。

 何度も言うか彼は頭も良い。それは自他ともに認めるほど。だがしかし、自他ともの『自』は常々思っているのだ。頭がいいのはわかる。しかし、どれほど自分が頭がいいのかを自分は知りたい、と。

 彼は兎に角、頭を使いたい。

 解けない古代の謎も数式も楽しそうだが、彼は退屈な世の中の中で一つだけ楽しいゲームを知っていた。それは生きてる人間と競う『生』の時間を楽しむゲーム。時に自分の命までをかけて、かけられてギリギリの中を生き抜くゲーム。

 例えば、殺人事件の犯人を追い詰めるゲームとか。

 そう。彼にとっては殺人事件すらもゲームなのだ。

 それも、とても面白いゲームであると、最悪にも彼は思っているのだ。

「ホワイト刑事。学生の本分を何故か私に三十分ものバスタイムを止めさせて迄講義をしてくれたわ。本当、ありがたいことにね」

「はっ。白痴オウムめ」

 彼はパタリと本を閉じ、壁に寄りかかっていた背中を外して前へと足を進める。

「どうせその本も、昨日の事件と関係あるんでしょ?」

 しかし、レニーからの返答は帰ってこない。

 どうやら、レイチェルとのお喋りは終わりらしい。

 全く、とレイチェルは見慣れた背中に頬を膨らませようとした。

 その時だ。

「レニー!」

 レイチェルの声が廊下に響く。

「え?」

 レニーが振り向いた瞬間、何かが身体に強くぶつかった。

「ちょ、ちょっと! レニー!? 大丈夫!?」

 倒れたレニーの上には先程のパシリ君が、缶を散らかし、目を回しているではないか。

 どうやら、レニーがパシリ君の前に飛び出して、ぶつかってしまったらしい。

 これって、交通事故? 脳震盪とかあるのかしら? どうすればいいの?

 レイチェルは慌てながら周りを見るも、手を差し伸べてくれる王子様は何処にもいない。

 人生っていつもこう。

 レイチェル姫は仕方が無しに、缶を拾い持っていたカバンに詰めて、肩に二人を担ぎ上げ、医務室へ向かうのだった。


「やっぱり信じられるのは王子様よりも自分の筋肉よねぇ」

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