サクラ 2

 サクラはコンビニ袋を手に帰路に着く。

 以前は夜遅くなることが多かったが、友達付き合いが少し変わってからは比較的早い時間に帰るようになった。

 近所の主婦が立ち話をしている横を軽く会釈して通り過ぎる。

 サクラも過去の素行のせいであまり近所の評判はよろしくない。今は非行と言えるようなことはしていないが、見た目はほとんど変わっていないのだ。

 ご近所からは白い目で見られ、挨拶を無視されることなど日常だ。もっとも以前はサクラから挨拶することなどなかったが。

 今日もサクラが目に入っている様子はないが、無視というより自分達の話に熱中しているようだ。

 その中に「怪物」という単語があるのに気づいてサクラは身を固くした。

「でもアレって変質者なんでしょ?」

「でも見た人は怪物だったって」

「怖いわね。殺された人がいるんでしょう?」

「でも山下さんの旦那さん警察官じゃない? 聞いた所厳戒態勢で捕まえるらしいわよ」

 サクラは早足にその場を離れる。

 心臓の音が早くなっているのを感じた。

 居住宅である安アパートを見上げ、異常がないことを確認すると少し息をつく。

 だがまだ安心できないと言わんばかりの硬い表情のまま、階段を上がるとそっとドアに手をかけた。

 なるだけ音を立てないようにそっと開く。

 鍵が掛かっていないということは叔父は在宅のはずだ。

 顔だけ中に入れて奥を窺うと人の背中が見えた。

「おかえり。今日も早かったね」

 その声にサクラは安堵の息を漏らして家に入る。

「コンビニで晩御飯になる物を買ってきたよ」

 サクラはガサガサと袋の中身を取り出す。

 叔父はよっこらせと立ち上がって腰を伸ばす。

 その前に置かれた瓶の中には、何やら模型のような物が入れられていた。

 いわゆるボトルシップというやつで、瓶の小さな口からピンセットで模型のパーツを入れて中で組み立てる。

 完成後は模型を取り出すことはできない。何も知らない人はそれを見て「どうやって模型を中に入れたんだ?」と驚くことだろう。

 根気と集中力のいる作業だが、サクラには何が楽しいのかサッパリ分からない。

 でも家で大人しくしてくれるのならそれでいい。

 サクラはコンビニの弁当や総菜をテーブルに並べた。

「コンビニ弁当ばっかりじゃ栄養が偏ってしまうかな。でも夜遊びが過ぎた頃に比べればマシか」

 サクラも叔父もまともな料理はできないし、家事もロクにできないので洗い物の必要が無い物を選んでしまう。

「やっぱり、例の彼氏とは別れたのかい?」

 もそもそとおにぎりを食べながら、デリカシーに欠けることを言う。

「ま、まあね」

「そうかい。こう言っちゃなんだけどガラの悪い男だと聞いてたからね。サクラが好きなら仕方ないけど。正直、僕は安心しているよ。大丈夫、サクラならすぐにいい人が見つかるさ」

 サクラは少し俯き加減で顔を赤くする。

「ん? どうしたんだい? ひょっとして、もう次の彼氏ができたのかな?」

「いやあ、まあ何と言うか……」

 口籠るサクラに、叔父の顔から笑みが消えた。

「ん? 何だい? また何か厄介な相手なのかい?」

 え? とサクラの顔が若干強張る。

「また、あの時の……、中学の時のような……」

 叔父の握る拳が震え始め、サクラは慌てて声を上げる。

「ち、違うわよ。そんなんじゃ」

「あの教師みたいな……」

 めきり、と細身の体から信じられないくらいの筋肉が膨れ上がる。

「違うわよ。凄い良い人よ。同級生!」

 サクラは唸り声を上げる叔父の体を抱きしめるように押さえた。

「落ち着いて! 花織かおるさん!」

 叔父――花織は唸り声を止め、徐々に落ち着きを取り戻した。

「大丈夫。大丈夫だから」

 宥めるように頭を撫でていると、風船のように膨れ上がった体も次第に元に戻る。

 サクラが体を離すと、花織はしばらく呆けたように遠くを見ていたが、

「……あ。それならいいんだよ。よかったじゃないか」

 と荒い呼吸は次第に穏やかになり、やがて何事なかったように笑い出す。

 それをサクラは若干引きつった笑みで返したが、徐々に元の調子に戻って食事を続けた。

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