4・カマキリ

4・カマキリ

 コハルが朝起きると、毎日テーブルには朝食とヒトの手書きと思えるメモが置いてあり、学校が終わったあと家に帰ると、テーブルの上にはメモ、冷蔵庫の中にはラップした夜食が置いてある。

 メモは、普通のチチとハハが書きそうなことしか書いてない。

 コハルの学校のこと、友だちのこと、セカイのこと。

 家事は家事用の、形はヒトと似ているキカイがだいたいやってくれる。

 学校が休みの日でも、家にヒトである誰かがいる、ということはない。

 携帯端末でたとえばこんな通知のやりとりをすると、だいたいこんな感じ。

 あなたって実在するんですか。

 するに決まってるよ、なんでそんなことを考えるの。

 それは、コハルが携帯端末上のフレンドとやりとりする場合と同じくらい、実在の疑わしさを感じさせるものだった。

 それを、たとえばアキラに話したとしたら、そんなことは考えてもみなかったな、つまり、自分もしくはコハルのどちらかが実在するか、どちらとも実在しないか、ってことか、みたいなことを言う。

 ミユキは、それは神の存在を疑うようなものです、と、真顔で冗談みたいなことを言う。

 ナツミは、ぎゅっと手を握って、このおれの体温と力強さがおまえには感じられないのかよ、と言いながら、いた、いた、いたいな、やめてよ、と、コハルが嫌がるまで話さない。

 同じようなことを、家事用キカイで試してみたら、あたためますか、と聞いて、コハルの手を適当な強さで握り返してくれた。

 キカイは、ヒトを困らせるようなことは言わないし、嫌がるようなことはやらないのである。


     *


 大きな公園は夏草の盛りでもすみずみまで手入れが行き届いていて、歩道沿いに植えられている街路樹の下の草木や、近くの公園の雑草よりずっと草が短い。

 そしていつもカマキリ型のキカイが何台か、草を刈り続けている。

 上半身はカマキリの顔と手だけど、足は4本で先がコンパスの針のようにとんがっている、かしかし、と、いかにもコンチュウ型のキカイっぽい動きをする。

 普通のキカイはキカイとすぐ、遠目でもわかるような、あるいは街の景色に埋没してしまうような、メタリックな金属は灰色だったり灰銅色だったりしているものが中心だけど、ヒトに近い距離にある機械はいろいろな色をしている。

 コンビニで働くキカイは緑と青と白だったり、緑と赤と橙だったり、緑と白だったり。

 家で働くキカイは、アイボリーとかそんな感じの、もうすこしやさしい色をしている。

 公園で働く草刈りのキカイのカマキリは、薄い赤色の警戒色で、ときどきこちらを警戒しながら、つまりあまりヒトに近づきすぎないようにこちらを見ている。


     *


 コハルたち4人は公園でボール遊びをする。

 2人でテニス、3人でサッカーかバスケ、4人では野球。

 テニスのメンバーはコハルを除く3人で入れ替わったり、サッカーとバスケはオフェンスとディフェンスで3人が入れ替わったりして遊ぶ。

 その間コハルは日の当たらない東屋か日傘の下で相手を相手のプレイを見ている。

 テニスで1人あまったときは3人のうちの誰かと将棋をさしたりもする。

 1分制限の早指し将棋で、そういうのはアキラがいちばんうまくて早かった。

 ミユキは時間制限ギリギリまでうんと考えて、もうこれでいいやという感じでやるし、ナツミはもっとおおらか、悪く言えば雑な打ち方をして、時間に関しても考えたり考えていなかったりするようで、あまり熱心ではなかった

 こういうのは多分ある種の遊戯にかかった時間と腕が対応しすぎたせいなんだろうかとコハルは思った。

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