N46D4c あやの居場所 3

 時は流れて八月、体が夏休みに慣れてきた頃。


 一大イベントの知らせを届けた。あやからクラスの皆へ。あやから蓮堂とハマカンへ。蓮堂から付き合いある皆へ。


 新生『レディ・メイド』の開店だ。炎天下では青空の人気がビルや雲を下回る。真昼はビルの影に隠れられず、雲ひとつない暑い中で、行列ができている。サイボーグがいるメイド喫茶だ。


 大急ぎで手書きの整理券を配り、開店を早める知らせを出した。待ち時間は一時間半から三〇分になった。


 義肢のデモンストレーションをできる。精密動作はもちろん、本物と遜色ない色気を間近に見せる。機械ゆえの美は時に生身さえ上回る。伝聞や写真より動く姿を見たいが機会が見つけからない、そんなミスマッチを解消したら需要になる。


 行列にはあやの友達もいる。一時いちどきくんの復縁について賑わう中、今村が別の一団へ手を振った。他は面識ない大人グループの、蓮堂から挨拶を始めた。ハマカンと共にあやの親として、岩谷や医者は友人として。若者と初老が混ざって総勢九人のグループとなった。


「職人さんってことは、彩の手脚もお義父さんが?」

「そうとも。どうだい、友達から見て彩は」

「彩のおかげでの友達ですよ。わたしなんか落第しかけたし」


 笑いが生まれた。接点と話題があれば歳の差を超えられる。年長者は穏やかな受け応えをする。


 いよいよ整理券の番号で呼んだ。高校生組と大人組に分かれて、しかしテーブルは隣なので、あやは同時に話をできた。


「お帰りなさい、ご主人様」


 蓮堂が苦笑を浮かべた。


「本当にやるのか、その台詞」

「もちろんです。プロですから。そ・れ・よ・り」


 あやは一回転して見せた。遠心力でサーキュラースカートが広がり、下着ぎりぎりを攻める。


「どうよ。かわいいでしょ」


 装いはパフスリーブとフリルが輝くドレス、肘や膝が出るので機械になった部分がよく見える。腰周りはコルセットで絞り、肘の硬さから服を守る。


「確かにかわいいが、もうロリータじゃあないか。メイドというより」

「かわいいから仕方ないよ」

「わかったよ。異論は?」


 大人組は揃って頷いた。若者を見守る顔で。対する高校生組は手放しにカワイイと繰り返す。どう受け取るかはあやが決める。


 あや以外にも義肢のキャストがいる。生身のキャストは今日はリティスだけで、生身との違いが出た場面を裏話として語る。ポットを渡すときに底を支えたから油断して受け取ったら火傷したとか、ポットの底持ち禁止令に異議を唱えるも生身は禁止と言うまでもなく持てないとなだめた話とか。


 もちろん義肢本人はあちこちから引っ張りだこになった。体重が少なくてコーヒーを飲めない話は何度でも納得の声になった。冬は手脚が冷えると尿が近くなるらしいが、あやは冷える手脚が一本しかないのであまり変わらない話も。


 禁じている話題は、義肢を使い始めた時期やきっかけのみ。よからぬ記憶に繋がりやすいので、入口前はもちろん、席ごとにもシールで示している。少数を禁じると、逆説的に他の話題は禁じていないと明らかになり話しやすくなる。


 馬力や使い勝手といった客観的な違いよりも、経験なしでは考えに至らないような主観的で些細な話題が受けると気づいたら、記憶から呼び出して話し始めた。ゲストは知的好奇心が強い者が多く、知らなかった世界に触れて楽しんでくれる。


 人との関わりが増えれば注目点も増える。ある者は義肢を使い分けるかと問うので、家用と外出用だけと答えた。ある者は買うときに既製品から選ぶのか特注するのかと問うので、長さ太さ重さを微調整できるので理論上は選べるが眼鏡と同じように特注のほうが多いと答えた。


 席ひとつにつき、話が数分、話題や人柄を手帳にまとめて数分、帰りの方には生身より優先して出番が来るのでレジ打ちに数分。積み重ねると一時間に五席が限界だ。


 再び蓮堂の席へ向かう頃にはすでに帰り支度をしていた。レジへ向かう頃には他の客にも家族と知られていて、近い席の者からは会釈があった。


「ねー蓮堂、さっそく相談だけど」

「さっそくすぎるが」

「実は電マを入れたいな!」

「は?」

「ちょっと触れるだけでイイの、楽ちんだよね」

「は?」

「いろんな人といろんな話して思ったんだ。この夏、電マがアツい! だから一緒に店長を説得してして!」

「待ってくれ、追いつかん」


 大慌ての蓮堂と、ざわつく店内。母親だと思った相手に何を言っているのか、もしくはこれが日常のご家庭か。キャストも狼狽うろたえている。


「念のためだが、略さずに言ってみろ」

「そりゃ電子マネーでしょ。あれあれあれ、なぁにを想像してたのかなー?」


 にやけ顔でネタバラシをした。これには蓮堂も呆れ顔だ。


「ドドドドド ドドドドドドド ドドドドド 下品娘め、悔い改めろ」

「わお、ドが多すぎて短歌になった」

「ここにいる客の数だけドがつくぞ。十七人分悔い改めろ」


 いつもニコニコの現金払いで高校生組の分まで支払い、今の話を店長に伝えて、背中合わせに扉を通った。蓮堂は出入り口へ、あやは控え室お説教ルームへ。


「皆様たいへん失礼しました!」から始めて、間違えたら謝れるし声を張れると見せた。


 外見が特異に見えても実際はどこにでもいる女の子だよ。それだけを伝えられればこの店はあやの目的を果たしている。


(了)

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