N41D3a ready-6/6: 欲求 1

「実は彩さんは、自我が足りないっすよ。歳を踏まえれば当たり前っすけど、その割に他の部分ができてるせいで、ここだけが目立っちまいます。念のためですけど、初対面では必ず『かっこいいでしょ』から始めるのは自我じゃないっす。ああいうのは売り込み、プレゼン、キャッチとかの範囲で、あくまで主体は相手で、彩さんへの扱いを決めやすくしてます。誘導っすね。ここで本当は、誘導して何かを成し遂げようって自我があるはずなんす。けど彩さんからは見えてこなくて不思議でした。やっと今わかりましたよ。ない自我なんか見えるはずがないんす。これは調査じゃなくて私見になるんすけど、彩さんの話し方って、蓮堂さんを真似ていませんか。小手先の言葉じゃなくて、どこに注目して話すとかの。蓮堂さんのほうは調査があります。あの人は自我を通す術を心得ていて、小心者が少しでも揺らいだ瞬間に食い物にするくらい強烈な人っす。でもその副産物か、薄い人との関わりが下手すぎるんすよ。多分、彩さんを従僕にしようだなんて考えてないんすけど、むしろ自立した一人になれるように方策を巡らせてるんすけど、暖簾に腕押しっていうか、響いてないのが現状っす。そのくせ彩さんはわかってるみたいな言い方をするから、まあ、あの人でも見誤るでしょうね。理屈で知ってる程度で体感がないんすよ。あの人は昔からああだったらしいんで。でもね彩さん、すでに彩さんは自我の芽生えが近いっす。うちを助けたいって言ってくれたんでしょう。その一歩から巡り巡って、この結果に繋がったんです。本当に、ありがとうございます。これで味を占めてくださいよ。どんな欲求だって実現できます。でも始まりの欲求がなかったら何ひとつできやしません。少し前のうちがまんまそれでした。漠然と逃げたいって思ってるくせに、心のどこかではこのまま従うほうが楽かもって気がして、一歩を踏み出せなかったんす。一応で準備だけはしてました。やりたいと思ったらすぐ動けるように、普段から違和感ないようにして、あとは覚悟を決めたらいつでも可能って状況だけは前からあったんす。それって逆なんすよ、順番が。本当はやりたいって意思が先で、次に可能か不可能を調べて、可能とわかったら腹を括って始めるべきだったんす。癖にしたら手伝ってくれるとか疑われないとかで進めやすくなるし、もたもたしてたらチャンスを逃しちゃいます。よく言うでしょう、準備が八割、実行が二割って。その二割の内訳は、半分が最初の決意で、もう半分が最後の成功っす。だのにうちは逆に動いちゃったから上手くいかなかったんす。そんな足りなかった決意を、彩さんが出してくれたから、動けるようになったんす。わかりますかこの意味が。彩さんはうちの恩人ですよ。もっと踏み込むなら、うちだけじゃないっす。彩さんはみんなの希望の星なんです。学校の、地域の、あとはサイボーグの。サイボーグ差別は聞いたことあるでしょう。経験だってあっておかしくないです。はじめは楽な相手だと思ってたんすよ。塞ぎ込んで孤立してるようなのを見張るっていうね。ところがなんすか。蓋を開けたらまるっきり逆の、元気いっぱいで友達もいっぱいのクラスリーダーだったんすよ。勝てるはずないのはうちのほうだったんす。と思いきやその彩さんがうちに興味を向けくるもんだから、もしかしたらって下心が芽生えました。その意味でも希望の星なんす。念のためですが、決していい意味の言葉じゃないっすよ。他人の希望を押し付けやすい先、自我が薄いくせにそれ以外があるもんだから、都合よく星座を描いたり等級をつけたりして、いいように使えるんす。まるでバイトリーダーっすね。彩さんは決して、手放しに強いお方じゃないっす。けどその理由はたったのひとつだけ。自我の薄さは、他のすべてを台無しにする危うさです。だから彩さんは、それだけを育ててください。誰に邪魔されそうでも守り抜いてください。偉そうにって思うでしょうが、うち先輩なんで、二年分の経験があります。それも彩さんとは違う目線でね。少なくとも骨ではないと、自負してます。覚えといてください」


 深い呼吸をひとつ。リティスは最後に付け足した。


「すみません、つい長々と」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る