N31C3b ready-2/6: 迅速 2
車を降りたら、雨がちらほらと降っていた。
雨粒だけなら気にならない。ヘルメットとフルフェイスマスクがある。撥水加工のおかげで視界はいつでも明瞭を維持してくれる。
気になるのは足場への影響だ。カーボンファイバーの足先は、一応の凹凸があるとはいえ、使用者の
これまでのあやは雨でない日にのみ動いていた。公共機関で目立たないようロリータ服に目を向けさせる都合で、濡れて傷める日を避けていた。
今は蓮堂が見繕った登山服だ。雨粒を防ぎ、同時に汗を逃す。外見は芋でも機能はロリータとは比べ物にならない。
「ドライヤーがある。安心して行ってこい」
「準備よすぎ。雨って知ってた?」
「人工衛星にはカメラもある」
「りょーかい。必ず雨雲に隠れるってわけね」
土と足の滑りを確認する。歩き、踏ん張り、ジャンプの具合をひと通り感覚で覚えたら、別行動の始まりだ。
獲物は鉄パイプを二本、もちろん中には仕込みがあるし、持ち手や滑り止めに加えて鍔も用意がある。すべて相手の武装を受け止めるために。あとは腰に十手とクボタンを一本ずつ、小回りが必要な状況で出番が来る。
決め手は左腕と一体化した投げ縄銃だ。五発と交換用マガジンがひとつ、計十発がある。ケブラー繊維のベルトを撃ち出して、命中したら掴んでくれる。生け捕りにする。
見せつけるためにこの経路を選んだ。先を打たせて、相手の目が上にあると明らかにする。上のどこにあるかを見つけ次第、遠くまで知らせてやる。
風は正面から届いた。潮の匂いと、植物の汁の匂いと、人工的な洗剤の匂い。確実にいる。
もうすぐ。
カーボンの脚で大股で進んだ。崖へ駆ける。海を一望できる崖へ。小舟を見つければ話が早い。相手も分かっている通り、辿り着くだけで戦略的に勝敗が決する。
もちろんそうはいかない。
立ち塞がる彼女は
腕も同じく第三の節で延長し、巨大な手を構えた。指の動きを油圧ピストンで増幅し、増幅した力を二重に増幅して、精密さと出力を両立している。不用意に近づけば全身をひと掴みにされておしまいだ。
巨人と向き合い、
「久しぶり。元気でよかったよ」
「心配ありがと。友達ごっこは楽しかったよ。おかげで彩の癖もわかった。ここで潰す」
巨大な手を構えて、長い脚はいつでも動ける構えで、しかし椎奈は待機する。後の先を取るつもりだ。カーボンファイバーの脚をよく分かっている。跳ねる力は目を見張るが、先に跳ねて空中へ出たら軌道を変えられない。着地場所へ先回りして一撃が来る。
椎奈の狙いは遅滞戦術だ。時間稼ぎをしていれば船が去り、そうなれば
先に動けば負ける。勝つには攻め込まなければならない。攻めきるには防衛側の三倍の戦力が必要になる。相手は黙っていても勝てる。相手が圧倒的に有利な局面だ。
すなわち、勝機がある。
「椎奈、うちに来ない?」
「は? どういう意味?」
「蓮堂探偵事務所でバするの。ああ見えて蓮堂は人道的に扱ってくれるよ。給料も友達価格で口添えする」
「わたしが人道的に扱われてないと思ってるんだ」
「そうでしょ? 予想だけどさ」
言葉には三つの役目がある。ひとつは懐柔。あわよくば戦わずして勝ち、しかも戦力の強化とする。
「彩、それは無理な提案だよ」
「なんでさ」
「わたしはこっちが楽しい。残念だったね、満足で」
懐柔は失敗した。挑発にも乗らない。椎奈はただ落ち着いて、
だから隙ができる。照明弾の位置に合わせて援軍がくる。
電波を見せず、受け取らず、プログラム通りに動く。
軽く跳ねて椎奈へ寄った。生身の脚では最高速でも、カーボンファイバーの脚なら初速だ。短距離走のクラス平均記録が十三秒の頃に、あやの参考記録は七秒だった。今ならもっと縮められる。
使用済みのパイプで脚を狙う。腕が巨大だからこそ受け止めるには制約がつく。椎奈は後退、直後に再びあやへ寄る。
「勘がいいよね。けどさ」
椎奈が一瞬だけ踏んだ場所が弾けた。ドローンからの爆弾だ。直撃こそしなかったが、落ちていた石ころが破片となり横方向へ飛ぶ。
「感謝してよ彩、破片から守ってあげた」
「しないよ。その破片はあたしに当たらない」
椎奈は腕で歩いてにじり寄る。脚を温存していつでも跳ねられる備えとする。強化外骨格の印象通りの動きだ。対する
少なくとも片方の腕を落とす。それでようやくスタートラインだ。
腕を落とすには内側のごく小さな接続パーツへ飛び込むか、耐久テストの延長戦を始めるか、自主的に外したくなる状況へ追い込むか。あるいは生け捕りを諦めるかだが、これは贔屓目にも気持ちのいい結果とは言い難くなる。
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