たったひとりのレディ・メイド
エコエコ河江(かわえ)
1章 あやには日常
N01A1a 銀色の手足 1
こんなことわざがある。「パーティに来ていく服がわからないときは、一番乗りをするといい。後から来た者は間違えたのは自分だと考える」イギリスの諺だ。
身の上だけを知れば誰もが悩む。悲惨な過去に同情するか、異様な現在を腫れ物のように扱うか。どちらも見誤れば逆に傷つける。
最初のひと言でそれらの不安を覆す。
「かっこいいでしょ!」
あやが初めましてと言えば、その次は必ず自慢を続けた。機械の手足への向き合い方を率先して示す。中学でも高校でも、ブレザーを捲って銀色を見せる瞬間は人の目が左腕に集まると実感できた。
かっこいいと扱えばいい。そのために銀色で機械らしさを際立たせている。
小走り程度ならできるが、あまり激しい運動はできない。機械の肘や膝がすり減るとか、油圧ピストンに勢いがつくと出力を見誤る。対外的にはそう説明している。
人はわからないものを恐れる。だから、わかるように見せつける。積み重ねの甲斐あり、中学ではクラスのリーダー格だった。
高校でも同じく。五月になり、グループが確立する頃には、あやが中心を担っていた。
休み時間には教室の一角でお喋りをする。決まりきった流れだ。女子グループの中でも発言力が高い集まりで、話題は面白そうならなんでも。特に他人の恋路の応援をたのしむ。
グループには隣のクラスから来る子もいる。
「椎奈はどこ中だっけ。あたしはほとんど中学で習った範囲だったけど」
「親の仕事の都合で、ずっと家庭教師だけで」
「まじ? お嬢様じゃん!」
家庭の話で盛り上がると、あや以外が微妙な顔になるので、すぐに気づいて自分の家庭も話題に出す。
「みんな今、あたしの親のこと考えてるでしょ。どっちも優しいし楽しいよ。歳は、みんなより上かもだけど」
「そうなんだ。産みの方は?」
と話を促す彼女は
「三歳とかだからね。ほとんど何も覚えてないんだ。だから育ての親があたしの親。授業参観では、なうちゃんとクラスが違ったから見てないかもだけど」
「かも。うちはお爺ちゃんとお婆ちゃんが構ってくれてたから話題とかは近いかも」
「や、もうちょい若い」
一番手が話題を決めて、二番手が流れを決める。扱っても大丈夫とわかり、安心して盛り上がった。
そこに珍しく男子が入ってきた。彼は
「実は茶道部のイロツキさんに相談が」
「お、なになに?」
あやは察知した。こういう始まり方なら続く流れは決まっている。
「茶道部の
恋バナだ。揃って表情が明るくなった。次の話題が決まったからだ。あやももちろん協力する。肝心な部分を聞き出す。
「戸浦先輩って誰? 二年?」
「三年みたいです。幽霊部員ですかね」
茶道部は毎週の金曜日に、小体育館で各学年が集まる。人数やおおよその印象は見えるが、名前だけは知らない。
「どんな人よ」
「物静かで、髪は肩甲骨くらいのおさげで、あとハーフらしいです」
「人種の話? 白系? 黒系?」
「見た目では日焼け程度の」
あやは訝しんだ。見た目で日焼け程度なら、日焼けではないか。それを人種に結びつけるなら、相応の理由がきっとある。
「どこ情報よ、そのハーフって」
「今朝の登校中に、セーラー服のグループが話してたので。他校との交流もあるのか、通学路が近いだけかはわからんですが」
「話半分に聞いとくね」
「すんません。頼みます」
「おっけ話つけとく。一時理助くんが一目惚れしたから会ってほしいって」
理助は必死に手を振るが、あやのにやけ顔は止まるらない。周囲の全員も満足げに頷くとかメモ帳に書き込むとかで、一目惚れ扱いはすでに既定路線だ。
相手と話をしたいのに自分だけではつけられないなんて一目惚れ以外の何があるか、理助は何も言えずに顔を赤くするばかりだった。
茶道部が集まるのは金曜日だ。それまでは覚えておくだけでいい。
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