不動産管理のお仕事日記
@wasabiiii
第1話 空き巣被害?
クレーム受付日時:5月28日(金曜)12時30分
物件名:ハイム○町
部屋番号:106号室
対応担当者:水野
クレームの連絡が来た時、昼休憩中の僕は明日からの休みをどう過ごそうか考えていた。
数日前からずっと雨模様だった空は今朝からやっと晴れて、充実した休日を予感させるような天気になった。
車を走らせて塩釜にあるチャーハンのおいしいラーメン屋に行くかとか、ボルダリングで仕事のストレスを発散させるかとか、土日休みなんだからもっと遠出もいいんじゃないかとか、明日からの2日間に心を踊らせていた。
そんな僕に喝を入れるかのように会社の電話が鳴った。
嫌な予感がしながら電話を取る。
「お電話ありがとうございます。杜(もり)不動産管理の水野です。」
電話口の人は何も言わない。
しかし女性の啜り泣く声が聞こえる。
「もしもし?どちら様でしょうか?」
不審に思いながらもう一度問いかけると返事が返ってきた。
「…あの…ハイム○町…106号室の三田なんですけど…」
名前を言われて顔が浮かんでくる。
三田さんは去年の春から入居した女の子だ。
大学に合格して隣県から仙台に引っ越してきた人だった。
「ああ!お世話になっております。どうされました?」
「なんか…泥棒に入られたっぽくて…帰ってきたら開けてなかった引き出しが開いてるんですよお」
言いながら三田さんはまた泣き始める。
「ええっ!警察に通報はしましたか?」
「まだです。も〜最悪。なんでこんなことになるんですか!どうしてくれるんですか?!」
興奮しているのか語気が強くなってきた。
どうしてくれるもなにも状況が全く分からない。
「落ち着いてください。とりあえず私今から向かいますので。」
さっきまでまったりと明日からの休みを想っていたのが嘘のようだ。
三田さんは心配だが、電話の感じからだと物件や管理会社のうちが責められる部分があったのかもしれない。
ため息をつきながら車を走らせた。
会社から車で20分くらいのところにハイム○町はある。
間取りは1Kのみ、コンパクトで賃料も安い、よくある木造2階建ての単身者向けアパートだ。
物件に着くと建物の前にパトカーが止まっている、あれから警察に通報したようだ。
車を降りて部屋に向かうと106号室の扉は開けられている。
玄関から覗きながら室内に声をかける。
「お世話になっておりまーす。杜不動産の水野でーす。」
玄関と繋がったキッチンにいた三田さんと警察官2人が一切に振り返る。
初老の男性警官と若い女性警官のコンビだ。
「あ〜どうも!今警察の方に状況とかお話しするところでした。」
電話では泣いていた三田さんは泣き止んですっかり落ち着いているようだった。
警官2人に挨拶をしてから、ちょうど良いので一緒に聞かせてもらった。
「昨日は大学の授業があったので、朝に部屋を出ました。大学終わってからは友だちと遊んでそのまま友だちの家に泊まったので帰ってないです。で、今日帰ってきたら閉めてあった収納開けられてて。怖くて不動産会社に電話掛けたんです。」
言いながら三田さんはリビングの扉を開けた。
部屋の中はかなり荒らされていた。
床には服やぬいぐるみが散乱して、テーブルの上には化粧品や大量のレシートが乱雑に置かれて山になっている。
収納や棚の扉も全て開けっ放しだ。
「あーこりゃひどい。服とか全部放り出されてるねぇ。盗られたものはあるの?」
室内を確認しながら男性の警官が三田さんに聞く。
「いや服とか物は最初からこの状態です。」
あっけらかんと三田さんは答えた。
「服の収納も基本開けっ放しなんですけど、あそこは閉めてあったはずなんです。」
三田さんが指差した先にはラックが置いてあり、上には木製の小物入れが置かれている。
三段の小さな引き出しは全部開けられていて1番上の引き出しの中にはピアスやイヤリングが見えた。
男性警官は一瞬渋い顔をしたが再度質問する。
「あそこだけ?中に入れてたもので無くなってるやつはある?」
「多分全部あると思うんですけど。あんまり使わないアクセサリーをまとめてたんで無くなったものがあるか分からないんです。でもでも家出るときは閉めてあったはずなんです。」
三田さんは何度も閉めてあったと主張するが、雲行きが怪しくなってきた。
「これは…正直どうなんでしょう?」
男性警官が三田さんに質問を続けていたので小声で隣にいた女性警官に話しかけてみた。
「うーん。ちょっと…微妙ですね。被害がはっきりしていれば事件なんですけど…。」
そりゃそうだよなあと思いながら部屋を見渡す。
三田さんは服やアクセサリーがかなり好きなようで、部屋の収納にはそれらがギッチリ詰まっている。
床にも服が散乱しているしかなりの衣装待ちだ。
見つからないものがあっても無くしたのか盗られたのか分からないだろう。
そもそも余程気に入っていなければ無くしたことも気付かないかもしれない。
「…分かりました。貴重品は持ち歩いていたし、帰った時には部屋の鍵も窓の鍵も施錠されていたんだね。」
いつのまにか男性警官は三田さんへの質問を終えていた。
「警察的には被害が分からないとどうしようもないからね。とりあえず部屋片付けて無くなったものがないか確認してちょうだい。」
あっさりした対応のためか三田さんは少し不服そうだったが了解する。
警官2人は引き上げる準備を始めた。
鍵や部屋の設備が壊された様子もないので僕も会社に戻ることにする。
「三田さん。設備等壊されていないようなので私も失礼しますね。もし何か出てきましたらまた連絡ください。」
そもそも来る必要はなかったなと思ったが顔に出してはいけない。
「わかりました。すみません。電話の時泣いちゃって。」
いえいえ、しょうがないですよと答えて物件を後にする。
入居者との関係は退去まで続いていく。
多少の手間でも責めるようなことはせず、深刻な状況じゃなくて良かったというスタンスで対応するようにしている。
しかし午後のスケジュールはかなり狂ってしまった。
午後イチで作る予定だった来週使う契約書類はまだ手付かずの状態だ。
会社に戻ってクレーム対応の報告書を作成し、本来行うはずだった仕事にかかるが結局残業して書類は完成した。
くたくたになりながら帰りの電車に乗ったところで休みの予定を決めていなかったことを思い出した。
少し考えて、とりあえず部屋の片付けと掃除はしようと決めた。
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