内気な聖女アンジェリカは目立ちたくない
安ころもっち
エルザード帝国・イースト地区編
/// 1.聖女アンジェリカは今日も無双する
ここはエルザート帝国の東、イーストエルザードのさらに南東、守護者のレッドドラゴンが鎮座するドラゴマウント。
「あにき!本当やるんですかい!」
「なーに!いつも眠っているあいつの周りにたまに落ちている鱗・・・あれを一枚拾ってくるだけで数年はのんびり暮らしてられるんだ!簡単なお仕事よ!」
最近、この眠り続けるドラゴンのうわさを聞きつけ、イーストにやってきたC級冒険者、ダメダとその子分のコーリャは、ドラゴマウントに軽装で登っていく。それなりに険しい岩肌が続くといわれるこのドラゴマウントも、C級とはいえそれなりに活動の長い冒険者にとってはそんなに苦ではなかった。登るだけであるならば・・・
寝ているドラゴンを起こさないように鱗を拾う。そんな簡単なお仕事だ。そんな簡単に成功するようであれば、そもそも自分たちより上のA級B級の冒険者であればなんなくこなすであろう。しかしここらを根城としている冒険者はだーれも簡単なお仕事、とは思っていない。この二人だってギルドでそういった依頼を受けたい!なんて話をしようものなら、場合によってはそのまま投獄されてしまうだろう。あのレッドドラゴンの機嫌を損なうこと、それはイースト周辺が良くて半壊、悪けりゃ完全消滅する可能性だってあるのだ。それは、噂を聞きつけギルドを通さず直接ここに向かったバカな冒険者には、到底知る由もなかった。
数百年前にもちょっとした手違いから、眠りを覚ましてしまったレッドドラゴンの軽い癇癪(かんしゃく)に、イーストの城壁は半壊、死傷者こそでなかったが近くにいた人々は、目覚めのあくびのような軽い動作から放たれるブレスで城壁の一部が蒸発するさまを、後世まで残すべく語り継いでいた。それでもこの地に街を構えるには、北東部のダンジョンから算出される潤沢な素材などの恩恵があるからである。
「おー。噂通りぐっすり寝てやがる」
「あ!あそこに鱗がありますぜ!」
小声で話しながら、すぐに鱗の存在を確認する二人。さすがに緊張を高めながら、レッドドラゴンの腹近くに転がっている鱗に隠密と忍び足の重ね掛けで慎重に近づく。そろりそろりと近づいたダメダが、その鱗に手をかけたその瞬間、レッドドラゴンの眼(まなこ)が開き、こちらをうかがっていた。
「「ウギャーーーーーーーー!」」
その凶悪な瞳ににらまれた瞬間、心臓が止まりそうな衝撃を受けながらも大声を張り上げざるえなかった。次の瞬間、その悲鳴と共に二人の意識はとぎれた。レッドドラゴンの凶暴なしっぽの一振りに、二人の上半身は一瞬で消失した・・・その後、レッドドラゴンは眠りを覚まし大声をあげたやかましい存在に憤怒した。大空に高く飛び立ち、たまたま前にあったイーストの街並みを望み、自分の眠りを妨げた存在が多くいるであろうと思われる場所へ、ゆっくりと近づいていく・・・
◆ イーストギルド
「なんですって!レッドドラゴンがこちらに?」
「はい!監視台からの報告で、何者かがレッドドラゴンにちょっかいを出した挙句、目覚めたレッドドラゴンの尾の一振りにより消滅!レッドドラゴンはそのまま空高く飛び立った後、こちらにゆっくりと近づいてくるとの報告が!!!」
「くっ!なんてことを・・・」
そう話すのは監視台からの伝令を伝えにやってきた警備兵と、ギルドの受付の女性、兎人のラビであった。
ラビはすぐさまギルド内に響く声で、レッドドラゴンによる強襲への対策として、中級以下の冒険者には付近の住民の避難誘導を、上級冒険者の中から魔導士を中心に魔力の高い者たちをできるだけ多く、迅速に集まるよう強制召集をかける。レッドドラゴンの被害をできる限り最小限にとどめれるよう、ギルド近くの広場からその地下にある魔道結界の魔具により多くの魔力を注ぎこむためであり、周りのベテラン冒険者たちもすぐにその意図を理解して、各々行動を始めた。
各自連携して防衛に備える者、近隣住民の避難誘導について話し合う者、最低限の荷物を確保して街を逃げ出すものなど、ギルドの内外問わずで大騒ぎとなっていた。
◆ イーストより南東、城壁より少し離れた平原
上空を、一匹のドラゴンがゆっくりと浮遊して近づいてくる。すでに騒ぎは広まり、そのドラゴンのやってくるであろうこのイースト南東の平原には、誰一人としてたたずむものはいなかった・・・この水色の髪が美しい一人の女性以外は・・・
レッドドラゴンが近くまで近づくと、なにやら矮小な羽虫がいると認識する。一丁前にこちらに殺気を飛ばしてくるのだ。小さきものでも意識してしまう。面倒そうにその存在もろとも目の前の城壁、街、それ以外のすべても消し去ってしまおうと、特大のブレスをはきだそうと大きく息を吸い込む。
次の瞬間、その女性の姿が消える。
そしてその次の瞬間には、レッドドラゴンの首から上は消失する。逆鱗のある喉元、そしてでっぷりとした腹の一部が四角く切り取られ同じく消失する。そのままレッドドラゴンは命を失い、ズドンという大きな音と、街全体が揺れたのではと思われる振動を伴い平原へ落下した。巨大な力を持った竜は死んだことも理解できないままにその命を刈り取られていた。
それがここら一帯の龍脈の力を管理する管理者、レッドドラゴンの当代の最後であった。
◆ イーストギルド
ちり~~ん♪
ギルド内に小さなベルの音がする。次の瞬間、裏の方では、ウワーー!だかウギャーー!だかの悲鳴がこだまする。騒然とするギルド内でも、聴力の良いラビにはその音や声に反応する。ラビが反応したカウンター上に設置されているベルは、一人の愛らしい女の子専用のものだった。ラビはいつも立っているカウンターの方に目を向ける。そこには一枚のギルドカードと、かわいい模様の書かれたお手紙が乗っていた。いつものようにその手紙に目を通す。
『ドラゴンは倒したので南東の平原に。
頭と喉は回収したよ。
お肉は少しだけ。
報酬とお肉は大樹の家に。
よろしくねラビお姉ちゃん』
お姉ちゃん、という言葉にいつもどおりキュンキュンしながら、ラビはギルドの端の柱の陰に目を向ける。いつものように水色の美しい髪を持つ美少女がこちらをニコニコと見つめていた。柱に自分の体のほぼ全部を隠して・・・ラビはにっこりと微笑んだ後、カウンター上のプラチナのギルドカードを魔道具に通し、操作をしてから抜き取りカウンターに置く。内心、アンジェちゃんならそんなこともあるかな~なんて思っていたラビも、まさか防衛準備を整える前に狩り終わってしまうとは思ってもみなかった。
「ラビさ~~ん!レッドドラゴンの首なんかが突然!!!これはいつものあれっすかねーー!」
「そうよ!頭と逆鱗は素材として、お肉と報酬はいつものようにね!」
「了解っすー!」
慌てて裏の作業場からでてきた作業員の報告に、いつものようにラビが指示をする。
「みんなー!おつかれさまー!もうレッドドラゴンの件は終了よー!アンジェちゃん案件で無事解決したわ!」
ラビがギルド内部に聞こえる声で発すると、中にいた冒険者は一斉に例の柱を見る。
「おー!あれが聖女様か!」
「アンジェ様キターーー!」
「まじかさすが聖女様!」
ギルド内では集まっていた人々の歓喜がこだまする。そして柱の陰の女の子は、急に向けられた一同の視線にたまらなくなり赤面が止まらない。
(み・・・みみ・・・みないでぇーーー!!!)
「あの!聖女様!ぜひ私と一緒にパーティを!!!いっそ生涯を共に!!!」
向こう見ずの冒険者から一人、その柱の陰に求婚ともいえる言葉を発する。そして赤面を一瞬上げ、困ったような顔をしてまたうつむくアンジェ・・・その愛らしいしぐさを間近で拝んでしまった冒険者は、自分の左胸に手をあてその手に力をこめる。まるで心臓をわしづかみするようにしてそのまま後ろに倒れ込むみ動かなくなった。
「また新たな犠牲者が・・・」
「こりゃー1時間ぐらいは戻ってこねーな」
「命知らずめ!アンジェ様の美貌にあてられたか!」
「俺も聖女様に見つめられて意識飛ばしたい!」
「ワシは半日は意識飛ばしたが最高な体験じゃったぞい!」
事情を知っているベテラン冒険者たちはまたか笑い、口々に周りの仲間たちと話をはじめる。
「しかしレッドドラゴンも瞬殺か!さすが聖女様・・・暴殺聖女様?」
そんな不敬な二つ名で呼ぼうと考えた冒険者に、柱の陰のアンジェは赤面顔を向けてほほを膨らませる。
(うぅ~~~!ひどい!私暴力女じゃないもん!!!)
そしてまた、失礼な言葉を発した冒険者は胸を押さえて倒れ込むのであった。
「ここにもまた新たな犠牲者が・・・」
「怒った顔もやべーー!」
「ほっぺぷにぷにしたい!!!」
「おれもやばい倒れそう・・・」
「はいはい!みんな撤収ー!後で素材回収依頼も出すけど、まずは通常業務にもどって依頼をこなしてねーー!」
ラビが周りに一喝する。いつの間にかカウンターの上からギルドカードは消え、柱の陰からその女の子も消えていた。それがこのイーストギルドでは当たり前の日常になるつつある今日この頃。
「め・・・目立ちたくなんか・・・ないんだよーーー!」
誰もいない某所でアンジェリカの絶叫がこだまする・・・(ことはないほどの小声でした)
その後、南東の平原へはギルドの素材解体班が総出で向かい、手伝いとして多数の冒険者たち、取り合いによる揉め事を排除するための治安維持隊が送られ、レッドドラゴンの素材が取りつくされるまで人の行き来は賑やかであった。その後は聖女様案件ということもあり、ほとんどの冒険者たちがその報酬の一部を辞退し、その分がアンジェの報酬として積み上げられていく。こういうことが定期的にあるため、アンジェのギルド口座の中身は、孤児院への援助や大規模な炊き出しといった多数の慈善事業に、使っても使っても一向に減らない不思議な口座・・・となりつつあるのはまた別の話である。
管理者たるレッドドラゴンについては、おそらく数週間後にはまた新たな管理者として、同種のドラゴンが生まれるだろう。当代以前の記憶も継承されるためその記憶がわすれさられる間の数千年は、めったなことではこのイーストにはちょかいは出さないようになるだろう。そのことについても、現段階では近隣住人の誰しもが知る由もなかった。
レッドドラゴン「人間・・・強い・・・水色・・・怖い・・・」
◆ 神界
「アンジェかわいいよアンジェ!!!(はあ!はあ!)」
そういうとアンジェに与えた水色の髪とおそろいの女神は腰をくねくねさせて悶えている。
「なに!あの男!アンジェちゃんに求婚!!!お前には不釣り合いにきまってんだろ!はーなーれーろー!」
アンジェに近づく無作法(ぶさほう)な男に向けて手をかざすと、その男は心の臓を抑えて後ろに倒れ込む。
「ふぅ~」
ほっと一息をつくも女神が次に見たのはアンジェちゃんのふくれっ面である。
「ちょ~~~!か~わ~い~い~~~!怒った顔もかわいいよぉ~~~!え~~~いっ!」
顔を高揚させて喜びながらも不敬な暴言男に対するお仕置きも忘れない。有能な女神である。
コンコンッ!
「ウィローズ様、予定通り到着なされました。ご準備を!」
「わかりました。すぐに向かいます」
「はっ!」
ノックの音とともに、部屋の外に音が漏れないようにかけていた遮断魔法を解き、予定していた来賓の到着を告げる部屋(といっても白い空間なのだが)の外からの声に、冷静に返事を返す女神。たとえまだ、下界のアンジェの映像によだれを垂らしながらだらしない顔をしているこの女神も、仕事については優秀であるといえよう。
(くそがーーっ!客なんてそっちで相手して適当にあしらっとけばいいだろぼけぇーっ!とにかく早く終わらせてアンジェちゃんを四六時中、愛(め)でなくちゃ!)
と思ったかどうかは定かではないが、女神をその空間からスルリと抜けると白い空間には誰もいなくなった。
「お待たせいたしました。ようこそおいで下さいました。歓迎いたしますわ」
外からは女神の神々しくも美しい声が聞こえるのだった。
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