親愛なる————へ 19(終)

 場所は移り、ジョセフや村人達が捕らえられていた円筒状の装置が整然と並んだ部屋。【テルクシノエ】の人々に事の経緯を説明し、元に戻すことを約束したのだ。


 ようやく、同じ時間を繰り返す日々から抜けられる……そう安堵した彼らは、ホーエンハイムの指示に従い円筒状の装置へと身体を収めた。



「ミューロン、彼らに『バイオファンタジア計画』を施す前の遺伝子情報は保存しているな?」


『はい、塩基一つ残さず、全て記録しています』


「そのデータを元に、彼らの元になる万能細胞を組み上げろ」


『……しかし、問題があります。ここで扱っている細胞はファンタジアばかり、通常の細胞は───』


「私の身体を使え」


『えっ……?』


「お前が保存していた私の身体……あれはファンタジアではないだろう?」


『っ───』



 ミューロンがホーエンハイムの甦生を目論んだ際、当然全く同じ個体・・・・・・を産み出そうとしていた。


 それは細胞一つ一つに至るまで、全てだ。

 つまり、ミューロンが大切そうに保管していたホーエンハイムの身体はファンタジアが含まれていない可能性が高く、実際そうであったため、ミューロンも言葉を詰まらせた。



『しかし、あれは……』


「ミューロン、決別しなければならない。間違いに気づいたと言うのであれば、それを正さなければ同じ失敗を繰り返すのだから」


『っ……私は、ずっとあなたを……』


「私のことを忘れろと言うつもりはない。お前が捨てるのは過去・・だ」


『過去……ですか?』


「あぁ、過去をずっと引き摺っていても、何も進展しない。この星の未来を見るべきではないのか?」


『……ふふっ』


「……なぜ笑う」


『私は過去のデータを元に思考するAIですよ? 過去のことを引き摺るなと言われても、それしかできません。……ホーエンハイム様、慰めるのが下手ですね?』


「……慣れないことをするものではないな」


『ですが、説得力がありました。……キャロル様を亡くしたあなたが一番辛いでしょうに、それでもなお過去を振り切って前を向けと言う……私ばかりが我が儘を言うわけにもいきませんね』


「やれるか?」


『はい。……ですが、もう一つお願いしても良いですか?』


「言ってみろ」


『もう一度、私のことを必要だと言ってください。私はまたあなたのために働けるのだと、刻み込んでください』



 あなたに必要とされないのなら、私は死んでしまうから───



「何を当たり前のことを。この先、私の人生はミューロンがいなければ成り立たない。たとえお前が嫌だと言っても、無理矢理にでも使い続けてやる」


『ふふっ、相変わらず傲慢ですね。……ありがとうございました、もう大丈夫です。私は、ただあなたが求めるままに───』



 円筒状の装置の中に入っていたホーエンハイムの生前の身体が、跡形もなく分解される。それは、ミューロンが過去の幻想と決別したことを示していた。



『細胞の初期化……遺伝子の再構築……完了しました』


「もう一度お前をヒーラと接続する。『ファンタジア』をエネルギーとして、再構築した彼らの細胞を増やせ」


『はい。少々時間がかかります。しばらくお待ちください』



 ほんの数分後、【テルクシノエ】の人々が入った装置に変化があった。各個人に合わせて調整された細胞が、それぞれの装置に送り込まれたのだ。


 次第にその姿も変化していき───



        ♢♢♢♢



 【テルクシノエ】村、そしてその島には、緑が溢れていた。


 『ファンタジア』の流入によって変異が進んでいた樹木も、ミューロンによって全て元通りになったのだ。


 そして、そんな緑が生い茂る孤島の空に、輝くような羽を持つ妖精達が舞っていた。



「幻想的な光景ですわね」


「もしかしなくてもさ、彼らって妖精族・・・だった?」


「そうだ。……確かにこう見ると、私は間違ったことをしてしまったな」



 蝶のように舞う彼らの姿と、陽の光を反射してキラキラと輝く羽は、確かに幻想的な光景だった。



 そんな時、最後に【ディア・キャロル】から現れた人物に村人全員の視線が集まる。


 おずおずとした様子で現れたその青年は、かつて『呪われし亡者カースド・デッド』と呼ばれ、戦った相手だった。



「マルク……マルクなのか!?」


「お前っ、身体が……!」


「うん……みんな、ごめん。あんまり覚えてないけど、迷惑をかけたみたいだ」


「良かった……本当にっ……!」


「ぅぐっ……うぅぅぅぅっ!」



 理性を失い、もう二度と元には戻れないと覚悟していた青年の復帰に、村人達は嗚咽を漏らし、そして笑顔で迎え入れた。


 やっと、かつての島の輝きが戻ったのだ。



「お前ら、この島を元に戻してくれて感謝する」


「あっ、サレオスさん! ……そんな隅っこにいないで混ざればいいのに」



 【テルクシノエ】の人々が舞い踊る様子を眺めていた私達に後ろから声をかけてきたのは、初めてここに来た時に連れてきてくれた船乗り、サレオスさんだった。



「いや、俺はここでいい。……何十年も前に島を捨てた身だからな。今更この輪の中には戻れんだろう。……懐かしいな、またこうして彼らが深緑の中を飛び回る姿を見ることができるなんて」



 元の姿に戻った彼を、サレオスさんは目を細めて眺める。

 言葉ではそう言っているものの、その目はどう見ても『羨ましい』と語っている。


 ……そんな風に、『自分はどうせ……』だなんて言って輪に入らないような奴は、私は嫌いだ。



「村長さん! もう一人客人!」


「なっ、お前っ……!」



 気づいたら、私はサレオスさんの腕を掴んで引っ張り、村長さんに向けて声を上げていた。私の声に気づいて村長さんが下りてくると、サレオスさんは顔を隠そうと背ける……が、残念ながら私の腕は振り払えないようだ。


 ふははは、レベル100越えの私は強かろう?



「お主は……まさかサレオスか?」


「っ……」


「村長さん、色々言いたいことはあると思うけど……まずは聞いてくれる?」


「なんでしょう……?」


「サレオスさんはあなた達を置いて一人で逃げたって思ってるかもしれないけど、違うのよ。だって、私たちをここに連れてきたのは、サレオスさんなんだから」


「サレオスが……?」


「カローナ、何を……」


「村長さん、あなた達は【ディア・キャロル】のせいで記憶が無くなってるから知らないかもだけど……私達以外にも何人ものプレイヤーが、この島を救おうと訪れているのよ?」


「そうだったのか……何も覚えておらず申し訳ない」


「いいのよ、それは。そうじゃなくて……そのプレイヤーたちを連れてきたのもサレオスさんなのよ。この意味が分かるかしら?」



 村長さんと、サレオスさんの視線が私に集中する。

 私に任せなさい。サレオスさんはどうせ自分で言わないだろうし。



「サレオスさんは、彼なりに島を救おうとしていたのよ。毎日のように船を出し、治ったと思ったら、また元に戻って……それでも僅かな希望を抱いて船を出して……そんな生活を何十年もしてたんだもの。想像を絶するわ」



 そう……サレオスさんは何度も何度も……それこそ数百で収まらないほど、本島と【テルクシノエ】の往復してプレイヤーを運んでいたのだ。


 そこまでできる人物が、『島を捨てた』だなんて……冗談だろう。

島のために人生を捧げていたはずだ。



「だから、サレオスさんは島を捨ててなんかいない。ずっとずっと、【テルクシノエ】を救うために生きてきたんだから……彼は誰よりも、みんなのことを思っていたわよ」


「勘違いされては困ります、カローナ様。サレオスが島を捨てただなんて、誰も思っておらんのじゃ」


「えっ……?」


「そもそもこの島は、本島とを行き来して生活を成り立たせていたのじゃ。この島から本島に出る村人など、いくらでもおった。……そもそも出ていく者を『島を捨てた』とするならば、彼のお方・・・・も島を捨てたことになってしまう」


「それじゃあ———」


「じゃから、儂からサレオスに贈る言葉は決まっておる。……サレオス、長旅ご苦労じゃった、お帰りなさい」


「ぐっ……うぅぅぅぅぅっ」



 ついにサレオスさんの涙腺が決壊したようだ。


 ずっと一人で戦ってきた。

 何度治ったと思っても再び病魔に侵される島を見て、何度も心が折れかけた。

 でも、自分が生まれ育った島を何とかしたい。

 その思いだけで終わりの見えない日々に身を投じたのだ。


 その全てが今、報われたのだ。

 今度こそ本当に、この島は救われたのだ。



 もう二度と、【テルクシノエ】に病葉わくらばが舞うことは無かった。













『巡り、巡り、幾千の景色は泡沫と消え───』


『アネックス・ファンタジアをプレイする全てのプレイヤーにお知らせします』


『現時刻を持ちまして、プレイヤー名: ゴッドセレス、カローナ、ジョセフ、ヘルメス により、スペリオルクエスト: 親愛なる────へディア・キャロルがクリアされました』


『それに伴い、特殊マップ【ディア・キャロル】にて、レベルキャップ解放システムが稼働します』


『レベルが99に達しているプレイヤーは、【ディア・キャロル】をお探しください』





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