その翼に誇りを、その瞳に覇天の輝きを 27

 なんか最近、カグラ様が私に厳しくない?


 私が梵天丸さんに200回ぐらいボコられるのを黙って見てたっぽいし、今回も単身で堕龍おろちのところに突撃しろって……鬼かな?


 鬼だったわ。



 のじゃロリ可愛いからって、何をやっても許されると思わないでほしいわ。


 ……のじゃロリ可愛いから許すけど。



 堕龍おろちの元へ向かう途中、一定の距離に入った途端、地面の様子ががらりと変化した。まるでディッシャーでアイスクリームの表面を削るように、草木もろとも深く抉られた地面が硬い地層を見せている。


 なるほど、さっき堕龍おろちが放ってきた巨岩の球は、周囲の地面を削って固めたものだったようだ。



 その一撃によって前線が崩壊したようだけど、それも一時的な話。

 スペリオルクエストに遅れて参戦してくるプレイヤーは山ほどいるし、そもそもプレイヤーはリスポーンするから人の波は途切れることはない。


 実際、堕龍おろちのあの一撃を受けた後の戦場には、すでに多くのプレイヤーが集まっており、ここからでも喧騒が聞こえてくるほどだ。



「討伐じゃなくてドラゴンの回収と考えると、少しだけ気が楽になるわね。とりあえず堕龍おろちの行動も把握しておきたいんだけど、視聴者さんに行動把握してる人いない? って、聞くまでもないか」


 ・見れば分かるもんなぁ

 ・晴れ時々ハリケーンって感じ

 ・意味わからんけどその通りで草



「笑い事じゃないって」



 私の視線の先にいる堕龍おろちの周囲には無数の竜巻が発生しており、何人ものプレイヤーが巻き込まれているのが見える。


 どうやら堕龍おろちは、天候を操ることができるらしい。



「ボスモンスターだから広範囲攻撃は分かってはいたけど天候とは……スケールが大きいわね。あの竜巻はともかく、雷とか落とされたらさすがに私も避けられないわよ?」


 ・普通は雷を避けるとかいう発想は出ないのよ……

 ・まぁでも竜巻を起こせるやつが雷を発生できないとは思えないし



「だよねぇ……」



 コメント欄と雑談しながら、対策を立てつつ歩いて向かう。

 まぁ、実際は対策なんてできないんだけどね……。


 天気予報なんて無いし、襲い掛かる自然現象を何とかしようなんて、到底無理な話だからね。

 『雨が降ってたから傘を差す』はできるけど、そこに雷が落ちてきたら終わりだし。



「ん? なんか今……」


 ・お?

 ・どしたん、話聞こか?

 ・どこのナンパ野郎だてめーは



「いや、こっちの話、ごめんね?」



 色々と浮かんできた考えの中の何かが、頭の端の何かに引っかかったような……。

 違和感と言うか既視感と言うか……なんだろう。



「……っと、余計なことを考えてる場合でもなくなってきたわね」



 いよいよ堕龍おろちの攻撃範囲に入ったのか、強大なモンスターの威圧と、あちこちに発生している竜巻の風圧を感じる。



「えっ、あっ、カローナちゃん!?」


「こんにちは! 堕龍おろちはどんな感じ?」


「えっ? えっと、まぁ、見た通りって感じ? 竜巻がキツくて有効打が入らないな」


「ありがとう! やっぱりヘイトが向いていない間に最短距離を行くしかないよなぁ……」


 ・たまたまそこにいたプレイヤーに話しかけるカローナ様のコミュ力よ

 ・急に話しかけられるプレイヤー可哀そう

 ・でもちょっと嬉しそう



「カローナちゃんは今からの参戦なんスね?」


「ワイバーンとウンディーネをはしごした後に連続でここに来たからね、ちょっと疲れちゃってるけどね……おっと?」


「え、おぉ?」



 私とそのプレイヤーが見ている目の前で、堕龍おろちの無数の触手が点を突くように空を向く。

 そして、その触手一本一本が淡い水色の光を灯す。



「雪……いや、ひょうか!」


「え……っ!?」



 その瞬間、周囲の温度がガクンッと下がり、空からビー玉ほどの大きさの氷の塊が降ってきた。いや、降ってくるだけならまだいい。そのひょうが竜巻の勢いに乗り、弾丸のような威力で一帯を襲い始めた。



【パドル・ロール】、【アン・ナヴァン】起動!



「いてててっ!」



 とりあえず近づけなくなる前に接近する!

 AGIバフを掛けながら『ダイハード・バックラー』を取り出し、せめて顔だけは、とバックラーに頭を隠す。


 速くて数も多いけど、単純な物理攻撃だから『ダイハード・バックラー』を抜けるほどの火力はない。それに、私自身のVITは低いけど、その分は『冥蟲皇姫の鎧インゼクトレーヌ・クロス』が補ってくれる。


 とはいえ生身の部分は普通にダメージを受けるから、さっさとこの場を抜けるべし!

 誰かさんのせいで背中の露出が多いからね!



「おっと、【グリッサード・プレシピテ】!」



 風にあおられて根こそぎ抜かれた樹が私に向かってきたのを視界の端に捉え、【グリッサード・プレシピテ】を起動する。


 前方移動アビリティを使用してさらに加速!

 飛んできた樹を置き去りにしてさらに接近し———



「【ア・ナリエール】!」



 身体の向きはそのままに、まるで地面の上を滑るように後ろへ下がった私の目の前で、2つの触手が勢いよくぶつかった。


 グシャッ! と音を立てて鱗が飛び散る。

 そんな様子も尻目に、触手を足場にして【トゥール・アン・レール】と【グラン・カブリオール】を発動。


 連続して上から降ってくる触手を回転で躱し、続く大ジャンプでさらに奥へと侵入!

 さらに【グラン・ジュテ】を発動、空中を反復横跳びのように左右に移動しながら触手を避け、堕龍おろちの巨体に肉薄する。



 すでに堕龍おろちの足元だ。

 改めて見るとすごい大きさ———



「なんか今度は黄色になってるわね!?」


 ・お、マジだ

 ・いつの間にか雹やんでるな

 ・カローナ様しか見てなかった

 ・黄色……あっ……(察し)



「GyuoooooooooooooO!!」



 世界に轟く咆哮と共に、空を割く雷鳴と閃光が辺りを蹂躙する。

 堕龍おろちを中心に半径数百m内に無数の雷が乱舞し、プレイヤーもモンスターも一様に消し飛んでいく。


 流石に、音速を超える非物理攻撃だ。

 プレイヤー内でも上位のスピードを持っている……と思う私でも避けることは不可能——



「避けられなくても、身代わりはできるもんね」



 そんな言葉と、灰になって消えていく『檜の棒』を残して私はさらに地面を蹴る。

 雷はより高い場所に落ちる。だから私は、『檜の棒』を突っ立てて身代わりにし、自身は少し離れた場所に伏せてやり過ごしたのだ。


 ・カローナ様生きてた!

 ・え、避けた?

 ・眩しくて分からん

 ・無事なら何でもいいか



 私の思い出の初期装備だったからちょっと寂しい気もする。

 檜の棒あなたの想い、無駄にしないからねっ!



 【グラン・ジュテ】の最後の一歩を使って堕龍おろちの懐に飛び込みつつ、HPポーションとSPポーションを口に流し込む。


 後はドラゴンの石像を探すだけなんだけど……【霧隠れの霊廟】が崩れちゃってるから探しにくい。


 ・またまた来ました、アーカイブのリアルサポート班です

 ・もともとの石像の位置と霊廟の崩れ方から、今どこにあるのかを大体算出しました

 ・我々がナビするんで、それに従って移動してください

 ・また来たww

 ・ほんま優秀



「あなた達、有能ってよく言われるでしょ?」


 ・言われます

 ・このために勉強してるみたいなところあるし

 ・ちょっとは謙遜しろよww

 ・実際有能だからなんも言えねぇ

 ・とりあえず西北西方向へ


「了解!」



 まさか『アーカイブ』の面々がここまで便利……じゃないや。有能だとは思わなかったわ。下校後から始めてもう日が落ちる時間になっているっぽいし、集中力が切れてきた今の私にはありがたい。



「本当はアビリティのリキャストが回復するまで休憩したいけど、仕方がないわね」



 それに思ったより堕龍おろちの攻撃は激しくない。

 おそらく他のプレイヤーが頑張って攻めているのだろう、おかげで私は意外と苦労せずに侵入できている。



 ———っと。

 ゾクッと、背中が泡立つ気配と共に、私は上を見上げる。

 するとそこには、私を捉える無数の目を開いた大量の触手と、同じく無数の目がついた堕龍おろちの巨体があった。


 どうも、身体の部位は関係なくどこにでも目を生やせるらしい。



 息を限界まで吐き出し、その後胸いっぱいに空気を吸い込む。私が気持ちを落ち着けるために行ういつものルーティーンだ。


 ……堕龍おろちの目と目が合って、怖かったわけではない。

 ないったらない!



「石像回収RTAェェェッ!」


「GyuoooooooooO!」



 ・その掛け声は草

 ・ヒェッ

 ・いやエグい



 【レム・ビジョン】、【セカンドギア】、【エアスリップ】———あぁぁ全然足りない!


 雨……と言うか、ミシンの針のように連続して突き下ろされる触手を、ステップを刻んで避けまくる。目が付いているからか、最初よりも狙いが的確だ。

 でも、正確だからこそ大きく動かなくても避けることは可能!



 ステップ系のアビリティは重ねない方がいいな。

 AGIバフを途切れさせないように、効果時間が途切れた瞬間から次のアビリティを発動されていく。


 かつてないほどにアビリティがフル回転し、私の脚から、目から、アビリティエフェクトが色を変えながら溢れ続ける。



「ごめん、コメント見る余裕ない!」



 アビリティリキャスト、バフの効果時間の管理。

 SPスタミナポイントの管理。

 触手の回避。

 石像の捜索。


 それだけを同時に行なって、さらにコメントまで見ている余裕はない。

 視線を周囲に振りながら情報を取り入れつつ、必死にドラゴンの石像を探す。



 無数の触手が地面を砕き、宙に舞う砂埃が視界を遮って邪魔だ。

 それに、地面が凸凹になって動きにくくなるし……


 そんな風に攻防を続けること数秒か数分か……堕龍おろちの触手によって砕けた地面の下から、突如として見慣れぬポップウィンドウが現れた。



《アイテム名: 残されし希望》



「それだぁっ!!」



 見つけた!

 まさか地面に埋まっているとはね。

 いや、それはまだ予想できた範囲か。

 とにかく見つかってよかった!



「“妖仙流棒術”——【細雪】!」



 『魔皇蜂之薙刀』がゆるりと円を描き、上から降ってくる触手の側面を捉える。

 私を避けるように軌道を逸らしながら地面を穿った触手を掴み、『“妖仙流柔術”——【山嵐】』を発動!


 水平にぶん投げた触手を露払いとして、【グラン・カブリオール】で石像の元へと飛び込む。


 臆している暇があるのなら少しでも前へ———



「ゴフッ!?」


 ・!?

 ・あぁぁぁぁ!?

 ・カローナ様がっ!

 ・あっ、これは逝ったな……



 アメフトのタッチダウンのようにうつ伏せで飛び込んだ私の背中を、堕龍おろちの触手が貫いていた。


 コメント欄が悲鳴の嵐となったが、夥しいダメージエフェクトと暗転する視界の中では、それに目を通すほどの余裕はない。


 けど、今はそれでいいや。



 私のHPが0になるその直前、確かに触れた私の指先は、コンマ数秒の差でドラゴンの石像をインベントリに回収できたことを意味していた。



        ♢♢♢♢



 堕龍おろちにとって、それは自身の宝物をネズミにかすめ取られたようなものだ。


 その生物に感情はない。

 あるのは底なしの『強欲』だけ。


 だからこそ、それを奪われた事実は、堕龍おろちの中に渦巻く『強欲』を覚醒させることになる———



『———強欲に苛まれる災厄が、本能に従いその姿を変える———』


堕龍おろち が真の力を解放する!』


緊急エマージェンシー! 堕龍おろち不盈狂アヴァリスフォージモードに移行!』

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