とあるGMの苦悩

 いやいやいや、待て待て待て待て待て待て待て!

 一番ヤバいパンドラの箱を開けたかもしれん。この剣と魔法のファンタジー世界で、私は今何と通信しようとした!?



 アビリティ【因子】……多分これが一番ヤバい気がする。


 このアビリティから察せられる情報量的な意味でだ。

 『霧隠れの霊廟』でスクショ撮ったヘリコプターよりよっぽど情報が詰まっているだろう。



 何らかの通信を行うということは、少なくとも生きている・・・・・送信側と受信側が存在しているということだ。


 そんなこと、当たり前と言えば当たり前だけど……ここは『アネックス・ファンタジア』の中。剣と魔法の冒険ファンタジーがテーマであって、いつ、どこででも高速通信が可能な現代社会とは訳が違うのだ。



 そして、その通信を妨害した存在……通信を遮断する何らかの仕掛けがあるのか、若しくは敵対勢力が監視しているのか……。


 少なくとも、この世界にかつて存在していたと思われる高度文明が今も生きているという証明になる。



 【因子】がアビリティになってるのも謎ね……今は使用不可になってるけど、そのうち発動できるようになるのかしら。



 …………こ、これ以上首突っ込むのは止めようかな。


 Mr.Qと相談して、例の考察クラン『アーカイブ』に持っていく案件だ。



 んで、あとアナウンスが言っていたのは……『因子と《ファンタジア》が混ざり合う』?



「カグラ様」


「何じゃ?」


「《ファンタジア》って何———」



 その言葉を発した瞬間、カグラ様から放たれたプレッシャーに思わず口を噤んだ。そして察する。


 あ、これ地雷だったか。



「その言葉、どこで知った?」


「えっ、あの……」



 ゲームアナウンスが言ってた———なんてメタ的な理由が通じるかな……?


 しばらくカグラ様と目を合わせた後ふぅっと小さく息を吐いてカグラ様が目を逸らすと、私にのしかかっていたプレッシャーが嘘のように消えてなくなる。



「———いや、すまんの。脅すつもりは無かったのじゃ」


「えっ、いえ……」



 かなり殺気が籠ってたように感じましたが?



「それで、《ファンタジア》じゃったな。……今それを明かすには時期尚早じゃて。じゃが、まぁ、言うなれば……《ファンタジア》は我々人類・・・・の夢であり、最後の希望であり、そして未来じゃ」


「夢で希望で未来……マイナスなイメージではないのね」


「しかし、じゃ。《ファンタジア》と因子は本来相入れないもの。そのままにしておけば、お主はいずれあの魔剣を使った男のようになってしまうじゃろう」


「え゛っ」



 喰らう者プレデターみたいに自我を失った化け物になるってこと!?

 と言うか、なんでカグラ様はそのことを知って……



「そうなりたくなければ……ダーウィンの研究を探すが良い」


「ダーウィンの研究? それって……」



『ユニーククエスト: 二重奏の一節デュアル・パッセージ を開始しますか? Yes/No』



 …………もう何も言うまい。



        ♢♢♢♢



「ありえない……有り得ないっ!」



 超高層ビルが建ち並ぶ大都市の中でも、一際目立つそのビルの一室で、女性の悲痛な叫びが響いた。


 最先端技術により空中に映し出されたパソコン画面には無数のウィンドウが現れては消えを繰り返し、それでもなおその問題・・・・は収まるどころか、連鎖的に次の問題を呼び起こす。



 ここは、今全世界で最も勢いがあると言っても過言ではないVRMMORPG『アネックス・ファンタジア』のメインサーバが設置されている一室であり、この女性こそ『アネックス・ファンタジア』の創世者・・・なのである。



 そんな彼女は、自身が作り上げた世界で発生したイレギュラーへの対処に追われていた。



 そのイレギュラーとは。


 ある一人のプレイヤーがユニークモンスター『女王魔蜂ディアボロヴェスパ・カラリエーヴァ』との戦闘の結果、ユニーククエストのアナザーストーリー・・・・・・・・・が発生したことである。



 アナザーストーリーは、彼女も想定していないクエストであり———つまり、そもそもアナザーストーリーなど存在しないはず・・・・・・・なのである。



 しかし、『女王魔蜂ディアボロヴェスパ・カラリエーヴァ』の好感度、そのプレイヤーとの相性、その他いくつかの奇跡・・が重なり、『アネックス・ファンタジア』のためだけに作られた世界最高峰のスーパーコンピューターとスーパーAIが『女王魔蜂ディアボロヴェスパ・カラリエーヴァ』の行動をシミュレーションした結果、そのイレギュラーをアナザーストーリーとして処理したのだ。



「嘘……ただのいちプレイヤーが女王魔蜂ディアボロヴェスパ・カラリエーヴァの因子と合致するなんて……そんなの想定してないわよ……」



 まさにそれは、砂浜から一粒の砂を探し出すような天文学的確率の奇跡である。



「と言うか、女王魔蜂とプレイヤーの相性が良いってなるとその逆も……」



 コンピューターを操作し、女王魔蜂のデータを表示する。

 するとそこには、スーパーコンピューターのシミュレーションに従い突然変異を始める女王魔蜂のデータがあった。



「ヤバい。私の世界が壊れていく……と言うか、女王魔蜂が《ファンタジア》を手に入れちゃったら誰が勝てるって言うのよ……」



 何よりマズいのは、一人のプレイヤーがコンテンツを独占することだ。

 『アネックス・ファンタジア』の世界を左右するスペリオルクエストはともかく、開始条件の無いクエストの独占はプレイヤーの不満を招く。


 プレイヤー離れはゲームとして致命的だ。



 もういっそのこと、これを一つのコンテンツにするか?

 ユニークモンスターとは別に、ユニーク相当の『アナザーモンスター』として……


 なかなか良い考えだと思う。

 『アナザーユニーク』として誕生してしまった女王魔蜂ディアボロヴェスパ・カラリエーヴァはもう仕方がないとして、既存のモンスターから突然変異で生まれた『アナザーモンスター』を設置して活性化を図ろうか。



 次は、想定よりかなり早く発生してしまったユニーククエスト、『二重奏の一節デュアル・パッセージ』の内容を……



 これもそもそも、スペリオルクエスト・・・・・・・・・『その翼に誇りを、その瞳に覇天の輝きを』のクリア後に一般プレイヤーに解放する予定だったのだ。


 そうなると八千桜神楽の行動を調整して……アーサーも、ホーエンハイムも……



「あぁもう! どれだけ私の世界を引っ掻き回したら気が済むのよ!」

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