夢想せよ 彼岸の際にて再臨を願う

 ハクヤガミは本来、かなりエンカウント率の低い激レアエネミーである。それこそ、ハクヤガミの存在が判明してから半年ほど探し回っても一度も出会えていないプレイヤーが大勢いるほどだ。


 それなのに私が気軽に「ハクヤガミに挑む」なんて言ったのは、なぜか私は毎日のようにハクヤガミに出会っているからだ。


 レベリングのために【アーレス】を出て【魍魎跋扈もうりょうばっこの森】に行くと、狙ったかのように青い火の玉が現れ、それを追っていくと、いつものようにハクヤガミがエンカウントする。



 いや、まぁ、ハクヤガミの配下の子狐達は可愛いしもふもふだし、私も楽しんでるけどね。



 という訳で今日も今日とて【魍魎跋扈もうりょうばっこの森】に行ってみると、いつものように青い火の玉が現れて、追って行くとハクヤガミが現れた。



「あ、ちなみにですね、今回が七回目のハクヤガミとの戦闘になるんですが、未だに妖界への鍵はドロップしていません」


 ・七回目!?

 ・運がいいのか悪いのか

 ・なんで当たり前のようにハクヤガミが出現するのか



 ハクヤガミの遠吠えが響く中、私はヴィクトリアン・スイーパーモップを構えながらカメラに向かってそう呟く。


 そうなんだよねぇ……配信の裏で何度も戦闘してるのに、未だにドロップ無しなのだ。某掲示板では最低でも2、3回でドロップって言ってたはずなのに。


 そんなことをしゃべっている間に九匹のコハクが出現し、一斉に私に向かってきた。



「ふっ……!」



 初手で放ってきた風、水、火、土属性の魔法を、【魔纏】の属性を切り替えながらモップで弾き返す。単純にSTRが上がっているからか、あんまり反動も無く無傷で弾くことができた。


 さらに魔法を放とうとしている魔法無効黒コハクへ、【魔纏・火】をエンチャントした棒術、【燈火・払】を撃って目くらまし、その間に間合いを詰めてきた物理無効白コハクへとモップを突き入れ、てこの原理を利用して上に跳ね上げる。


 【アクセルステップ】起動!

 AGIを上昇させるアビリティを発動し、足元からぬるりと溢れてきた闇魔法の範囲から逃れる。


 回避成功時の効果によりさらにAGIを上昇させ、追加の魔法を避けつつ上から落ちてきた白コハクをキャッチ、ついでにモフモフを堪能しておく。



 いや、マジでヴィクトリアンシリーズ優秀ね。全体的なスペックが上がってるから綱渡りみたいな賭けが無いし、モップの攻撃範囲拡大も痒いところに手が届く。



「一応解説入れておくと、魔法は基本避けるか弾くこと。白いコハクは接近を狙ってくるのがほとんどだけど、物理無効が付いてるので受け流すか回避優先で」


 ・あのスピードの魔法を全部弾けと?

 ・それができるのは少数派なんですが

 ・物理無効なんだから魔法か何かで釘付けにするのが定石なのでは?

 ・魔纏の棒術なら対応できそうだけど



「あー……っと、それには理由があってね」



 少しの間モフモフを堪能して白コハクを離すと、少し残念そうに耳を垂らしてこちらを見上げてくる。


 可愛いかよ。


 そして、その様子を見ていた他のコハクが、我先にと私に向かってきた。そこから鬼ごっこの開始だ。



「と言う感じで、一匹に構っていると他の子が嫉妬して向かってくるのよね。なので最初に向かってくる白いコハクを受け止めてあげると、他の子の魔法攻撃の頻度が下がるのよ」


 ・狐を抱くカローナ様が一番可愛い

 ・緊迫する戦闘なのに絵面に癒される……

 ・いや盲点過ぎない?

 ・物理無効だから物理で対応! とはならんやろ普通

 ・ハクヤガミ攻略動画色々見てきたけどそんな情報無かったぞ



「まぁ、魔法が完全になくなる訳じゃないけどね?」



 途中で振り返り、地面ギリギリを【空風・払】で薙ぐ。

 当然のように反応し、ジャンプで避けた赤コハクと黄コハクを受け止めて自分の胸に抱きつつ、緑コハクと水色コハクを同じ要領で上へと跳ね上げる。



「鬼ごっこが始まると、逆に青コハクのデバフ付与の頻度が上がるから、それには絶対受けないように注意してね」


 ・お手玉かな?

 ・モフモフにまみれるカローナ様



 続いて【スカッフル】起動。

 緑コハクと水色コハクが上から放ってきた風、水魔法と、まだ追ってきているコハクたちの間を縫って黒コハクの後ろへ。


 魔法無効の特性を持つ黒コハクの後ろで風と水の魔法をやり過ごしつつ赤コハクと黄コハクを降ろし、すぐさま踵を返して緑コハクと水色コハクもキャッチしてなでなで。


 嬉しそうに声を漏らすコハクたちの様子に、思わず私の顔も緩む。



「これは私見なんだけど、ハクヤガミとの戦闘って好感度を上げることが重要なんじゃないかって思うんですよ」



 普通に戦うだけなら、ハクヤガミ本体が戦えば一瞬なんだし、わざわざ30分も見てるだけで過ごす必要はない。


 さらに、回数を重ねるたびに段々懐いてくるコハクたちの様子や出現の頻度を考えると、好感度という隠しパラメーターが働いていると考えた方が納得がいくのだ。



「ハクヤガミは、コハク達の遊び相手になるプレイヤーを探していただけ。あとは30分の間にどれだけコハクたちの遊び相手になってあげられるかが重要で、こうして可愛がってあげると好感度上がるし、逆にダメージを与えたりすると好感度下がりそうだなって」



 おそらく私は、ハクヤガミに気に入られたのだろう。コハクたちの遊びの時間になると、わざわざ私を呼んでくるほど、私は遊び相手としてちょうどいいという訳だ。



 ・ああ、だからさっきから受け流したり、上にあげてもちゃんと受け止めてるのね

 ・そんな馬鹿なとも思うけど、実際の映像見せられるとなぁ

 ・これ、普通に攻略するのと異なるルートに入ってるのでは?

 ・ハクヤガミの遊び相手が務まるプレイヤーはそういねぇよww

 ・↑のコメントの口調がアーカイブのメンバーっぽいな?

 ・ついに考察クランも嗅ぎつけてきたか



 コメント欄もなかなか盛り上がってきた。同接数もかなり増えてきたし、このまま30分耐久しましょうかね。



        ♢♢♢♢



「クォォォォォンッ!」



 ハクヤガミの遠吠えが、戦闘開始から30分経過したことを知らせる。VRだから肉体的には疲れていないはずなのに、精神的な疲労からか思わず座り込んでしまう。


 それでも、今や5万を超えた同接の視聴者の前で恥をかくこと無く、お互いに・・・・ノーダメージでの耐久に成功だ。



 コメント欄が盛り上がりまくってるけど、それに目を通す余裕もない。


 ハクヤガミに呼ばれたコハクたちが、名残惜しそうに私から離れていき、ようやくクエストが終了———



「これこれ、最近何処に行っておるかと思ったら……ハクよ、他人様よそさまに迷惑をかけるでない」


「っ!?」



 ───その直後、ハクヤガミの背後から現れた人物を一目見て背筋が凍り付いた。


 相手はゲームのキャラだと分かっているのに、本能的に恐怖を感じてしまう程の、圧倒的な格の違い。


 見た目は、艶やかな着物を優雅に纏った小学生ぐらいの幼女だ。


 だが、明らかな手合い違い。


 こんなのと戦おうと考える者がいたら、それは自殺志願者か正気がないかのどちらかだ。



 だって、これは———!









『遥かいにしえの夢よ、もう一度———』


『———八百万やおよろずあやかしを統べる幽世かくりよの大鬼は、再臨を望みて現世うつせ跋扈ばっこする———』


『 妖面鬼 に遭遇!』



プライマルクエスト・・・・・・・・・: 百鬼夜行、彼岸の際にて再臨を願う を開始します』


─────────────────────


それは虚像、あるいは実像か。

遥か古の夢を託された彼女は、夢破れた今も尚、それ・・を夢見て狭間をさ迷う。

それこそが、彼女を彼女たらしめる所以なのだから──



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る