遊び感覚で殺しにかかるの、やめてもらっていいですか?

「クォ————————————ンッ!」



『———幽世かくりよの扉が開かれる———』


『ユニークモンスター: ハクヤガミ に遭遇!』


 ・きたぁぁぁぁぁぁっ!

 ・ハクヤガミ初めて見たんだが

 ・これどうなんのマジで



 ゲームのアナウンスと現れた九尾の狐の咆哮が同時に響く。初めて感じるほどの、本能に訴えかけてくるような恐怖をグッと堪え、指の輪っかを覗いてすぐさま鑑定を行う。


————————————————————

Name:ハクヤガミ

Lv:162

————————————————————



 あー、これは死んだか?

ドレッドタイタンやオークの群れを倒してレベルは上がったものの、未だに22だ。


 それに対して、ハクヤガミが162て……いくらPSプレイヤースキルがあったところで、ステータス差の暴力で押しつぶされるだけだ。


 ついでに、追っていた青い光———狐火を操っていたことから、おそらく炎系の魔法も扱うのだろう。



「いやいや……開始直後の街に近い場所で、こんな化け物がエンカウントする?」


 ・まぁランダムエンカだし

 ・実際こんな早く会えるのは運がいいね



「こんな初見殺しなクソエンカが横行するようなゲームなら、もれなくクソゲー認定でしょ。まさか神ゲーと名高い『アネックス・ファンタジア』で、そんなこと起こる?」


 『ゲームの歴史を50年進めた』と言われるほどの神ゲー『アネックス・ファンタジア』において、流石にそんな理不尽は無いだろう。



「というわけで、これは私の勘……というか希望なんだけど、これただの戦闘じゃないよね? 特殊勝利条件……例えば耐久とか、何らかの条件達成とか」


 ・鋭い

 ・大正解!

 ・30分耐久が正解ですわ!



「オォォォォォンッ!」



 ハクヤガミが天を仰ぎ遠吠えをすると同時に、複数の魔法陣が展開される。攻撃を警戒し、瞬時に横に回り込む……が、魔法陣から現れたのは、私が期待したものではなかった。



「「「「「クォォンッ!」」」」」


「ぅあっ!?」



 私の目の前に突如として現れる、九体の子狐。わー、可愛い。

 とか言ってる場合じゃないわ! 近すぎる・・・・



 接近のために加速させていた足に急ブレーキをかけ、ダンサーのアビリティ、【スカッフル】と棒術士のアビリティ、【流葉】を同時に使用。


 初手で放ってきた風の魔法を、前後開脚+前屈で回避、直後に跳ね起きてバックしながら次の土魔法を棒で逸らす、逸らす、逸らす———


 【スカッフル】は、【アクセルステップ】と同じく新たに取得したダンサーのアビリティだ。効果は似たようなものだが、【アクセルステップ】が直線的なスピード補正だとしたら、【スカッフル】は減速せずに方向転換を可能にするタイプのスピード補正がつく。


 それに加え、棒術士のアビリティ【流葉】。川を流れる落ち葉の如く、攻撃を棒でパリィするアビリティだ。後は集中力とPSプレイヤースキルさえあれば、こうなる。



 土魔法による無数の石の弾丸を、プロボクサーばりの高速ステップでその間を縫い、際どいのは【流葉】で逸らす。回避成功時のバフでステップはさらに鋭さを増し、ルナティック並の弾幕の完全回避に成功。


 喜ぶのはまだ早い。

 石の弾幕を抜けた先に迫るのは、火属性、水属性、風属性の魔法だ。これを……



「【魔纏】———水、土、炎!」


 相殺、相殺、相殺ぃっ!



 【魔纏】は、武器に魔法攻撃・・・・を乗せるアビリティだ。【棒術士】に限らず、多くのジョブで扱えるアビリティであり、様々な属性を武器に乗せ、DEFの高い相手でも有利に戦うことができるのだ。


 迫り来る魔法の属性を即座に看破し、有利を取れる属性を付与することで、物理攻撃系ジョブでも魔法攻撃に対応できる!



 子狐から放たれた三種類の魔法を、その有利属性を纏わせた棒術の連打によって相殺し、充分に間合いを取って構え直す。



「レベルが低いからって侮ってると痛い目見るわよ!」


 あーっ! マジで死ぬかと思った!



 ・えぇ……

 ・なんで無傷なの

 ・上手いというか、フルダイブ適性がめっちゃ高そう

 ・イキってるカローナちゃん可愛い



 九死に一生スペシャル張りの大立ち回りを切り抜けた後、コメント欄を一瞥しつつ、狐達の攻撃が止まったタイミングで子狐達にも【鑑定】を仕掛ける。



————————————————————

Name:コハク(赤、橙、黄、緑、水色、青、紫、白、黒)

Lv:99

————————————————————



 レベル差は77……とてもじゃないが、何とかなる差ではない。

 しかも気になるのは、親狐……ハクヤガミが動いていないこと。隙を伺っているとかそういう感じでもなく、座り込んで眼だけをこちらに向け、どちらかというと子狐を見守っているような状態だ。


 そして子狐達はというと、キラキラした目でこちらを見つめ、尻尾をフリフリ……。



 これはもしかして、そういうこと・・・・・・か?


 コメントでは『30分耐久』と言っていたけど……私がこれまで培ってきたゲームの知識とこの狐の様子から察するに、そもそも戦闘かどうかも怪しい。


 親狐……ハクヤガミが見守る中、子狐の遊び相手・・・・になり、好感度を稼ぐクエスト。つまり、ある意味恋愛シミュレーションだ。


 攻撃すると好感度が下がってしまう可能性を考えると……レベル99の魔物9体の猛攻じゃれつきを捌き続け、30分を耐え抜く。できる限り互いにノーダメージで。


 ……これなんてクソゲー?


 いや、まぁ私はダメージ受けてもいいかもだけど、レベル差77だと一撃でHP全損な気がするしなぁ。よしっ!


 パンッっと両手で頬を叩き、気合を入れ直す。

 やり切った方が報酬もよさそうだし、いっちょやりますか!



        ♢♢♢♢



「クオォォォォォォォォォォンッ!!」


 ・30分経過!

 ・なんかもう、すごい。めっちゃすごい(語彙力)

 ・初見で耐久成功はヤバすぎる

 ・↑ノーダメも付け加えろよ

 ・やりやがったぁぁ!

 ・おめでとうございますわ!

 ・え、こんな化け物PSのプレイヤーどこに隠れてたの

 ●ポンコツラーメン:[¥10,000] 祝勝会!

 ・登録者ゴリゴリに伸びてるww



 30分後、ハクヤガミが遠吠えを上げると、直前まで私に殺到していた子狐達がピンッと耳を立て、母親が迎えに来た幼稚園児のように駆け寄っていった。



 ふぅ、これで終わり、かぁ。

 疲労から力が抜け、ぺたんとその場に座り込む。この疲労感、とあるプロゲーマーに大会前の練習台にされて以来だ。


 でも宣言通り、互いにノーダメ達成。報酬期待していいよね?



 ぼんやりとそんなことを考えていると、子狐を背中に乗せたハクヤガミが近づいてきた……というような優しいものではなく、凄まじく高いAGIによって、動き出したと思った瞬間には、既に目の前にいた。そのあまりの早さと無駄の無さに、私は全く反応できていない。



 あっ……これは死んだか?(2回目)



 そんな私の内心を知ってか知らずか、ハクヤガミは優し気な目で見つめた後、私の首元辺りにスリスリと顔を擦り付け、ふわふわな尻尾を揺らして去っていった。


 もふもふで温かくて、幸せな時間でした。









 …………あれ? 報酬は?

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