第16話 裏の無法者への道:ウラ・ランキング開幕

「スレッドには悪口程度だったが、懸賞金⁈いきなりレッドカードかよ」


「賞金の胴元は廚鼠ちゅうちゅうだ。この意味が分かるな?」


詩乃の父親、宗明彰の依頼を委託した人物は廚鼠だった。恐らく奴が仕掛けた罠に僕とお父様、そして太狸が引っ掛かった。


「そこまでして彰氏を消したいのか」


「なにかまずいネタを抱えてると見たね、その宗明って野郎は。まあ、おいらとしてはどうでもいい。ことは親方に絡んでる……そこが重要なんだ」


「……太狸は今どうしてる?」


「愚問だぜ狐。それがわかってらぁ、おいらはこんな所にいやぁせん」


仕込狸の顔が苦痛に歪んでいる。飢餓のためか、己の無力さのためか。だが、目だけは訴えるように僕を見つめている。


「狐、おいらたちはあんたに仕事を振ってきた。それなりに恩人だと思うんだが……いや、あんたがどう思っていようと、すがるしかないのさ。狐……依頼がある。親方を助けちゃくれねぇか?」


僕は無表情に返答した。


「助ける?太狸がどこにいるか知っているのか?それに依頼といったな?その日のくいっぷちも稼げないあなたが、どんな対価を保証してくれるんだい?」


「へへっ、さすがウラ・ベンリ屋。裏稼業10年来の中堅だ、ガードが堅いねぇ。まず、親方がどこにいるのかは知らない。ただ心当たりはある。おいらが逆立ちしても届かねぇ場所だがな。そして対価だが、情報ってのはどうだ?」


病人に鞭を打つような罪悪感はある。それでも、こういったことはキッチリ決めるべきだ。特に騙し合いが盛んな裏社会ではなおのこと。


「情報ってのは、仕事の仲介でもするきかい?半人前の君が」


「そうさ、親方がいなくなって、あんたも困ってると思ってね」


「僕は見ての通り景気がいい。服も新調したばかりだ。正直、裏家業なんてしなくても懐は温かいんだよ」


「あぁ、そうみたいだな」


彼は堰をしだした。ゴボゴボと音がする。明らかに肺を患っている。


「悪いが、僕は君の助けにはなれない。本当に残念だとは思うよ」


僕は自身の抱えている問題を考えた。これ以上は背負えない。


「廚鼠だ!……ゴホ…奴が一枚嚙んでいる。宗明彰の懸賞金と親方の誘拐に奴が……ゴホ……奴に近づく方法がある!」


僕は彼の背中を優しくさすってやった。


「鼠の尻尾を掴めるのか!」


「あんた次第さ……宗明の主人を救えるのも親方を……ゴホ…ゴボ…」


「待ってな!今薬を持ってくる。大人しくしてろよ」


「依頼を……」


「引き受けた。仕込、今は安静にしてろ」


「す、すまねぇ」


彼は涙で頬を濡らしながら床に座り込んだ。歳は30後半か40前半。そんな大人が静かに泣くさまは、心が痛む。


僕は急いで隠れ家から瓶を取り出した。中には薬草を煎じた液剤が入っている。


お寺に戻ると仕込狸が息苦しそうに悶えていた。


「仕込!これを飲め……そうだ、ゆっくりだ」


彼の口に液剤を流し込む。


「ヴヴ…ゲホ…グボォ!」


この薬は喉薬だが、多少は肺の炎症を止めることもできる。本格的な診察が必要だが、彼は裏の仕事一辺倒な人間だ。普通の医療機関には連れていけない。一度宗明家のかかりつけ医に診てもらうしかないと思った。


「これで少しは楽になるはずだ」


口からこぼれた薬を袖で拭くと、病人にあるまじき力で腕を掴まれた。


「狐、奴に近づく方法だが、ウラ・ランキングに参戦しろ!」


「ウラ・ランキング⁈冗談じゃない!誰が一番無法者かって決める決闘合戦だろ?僕の身が持たない」


「ウラ・ランキングには上位10名に与えられる特権、【果たし状】がある。これは言わば下剋上制度さ……10位のやつは9位に、9位のやつは8位に、強制力を伴う決闘を申し込める。廚鼠はどんな手を使ったか知んねぇが、ウラ・ランク4位にまで上り詰めやがった。狐、お前さんはウラ・ランカーになって成り上がるんだ」


外は月明かりが差していたはずだが、雲行きが怪しくなったのか、今は陰っている。


「それは……仮に参戦したとして10位以内に入るには相当な月日がかかる」


「へへっ、それが、そうでもないさ。風のうわさに聞いたが、お前さん、既にランカーだぜ」


「なに⁉」


「ちょっと、スマホを貸してみな……ははっ、ほれ、これが証拠だ」


彼が見せたのはダークウェブの【ウラ・ランキングX^^X】というサイトだった。ランカーが一位から紹介されており、下のページに進むと順位も下がっている。


「10位、【狐】」


僕はサイトに書かれている文字を読んだ。


「一体どうして」


「おいらが登録しといた。これまでの業績と、かの盗人撃退が順位に貢献したと見えるね。登録した途端、うなぎ上りよ。まったく、これがおいらの商いだったらどれほど嬉しかったか」


(こいつ……!)


「おっと、そうカッカしなんでくだせぇ。これはお前さんにとっても悪い話じゃない。宗明の旦那に恩があるんだろ?懐事情は旦那の援助とにらんでやすぜ」


「名推理だね。探偵に転職することをおススメするよ」


僕は言葉の端にいら立ちをこめて言った。


「もちろん、協力はするさ。親方のためだ。敵さんランカーの情報が知りたかったら、おいらの所に来な。しばらくはこの荒れ寺を住まいにするからよ」


「そうかい。早めに医者を寄こす。その体たらくじゃ、闇医者に診てもらうこともできないんだろ?」


「ひひっ、商人が足元見られちゃ終いだね。その通りさ。感謝するよ。お前さんは裏にやぁ珍しい聖人だ」


僕は寺を後にした。狐の仮面をずらして外の空気をたくさん吸った。


「これは、ややこしくなってきたな」





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