雨の日の洋館にて
安ころもっち
10年ほど前……
私は直子。
今日は皆さまに、10年ほど前に実際にあった出来事をお話します。
私たちの通う小学校の帰り道には、今は誰も住んでいない朽ちかけた洋館がありました。
私たちはそこにはなるべく近づかないように言われているの。だってその誰もいないはずの洋館には、雨の日に近づくとそこの幽霊に攫われちゃうっていう噂があるから……
でも、あの日のこと私たちは、その洋館に入ってしまったんです……そこで起こった出来事を絶対に忘れない……忘れられないの……
だからみんなにもお話するね。あなたにも覚えていてほしいから……
あれは10年前、私と親友の絵里、裕子と一緒に仲良く下校していました。
「あっ雨がふってきたよ?」
「大変だー!酸性雨がーハゲちゃうハゲちゃう!」
「ほんとだ逃げろー!」
私の言葉に、お笑い担当の絵里がハゲを連発して笑っていた。ノリの良い裕子もゲラゲラ笑いながら走っていく。
そしてあの洋館の前までたどり着くと、絵里がぽそりとつぶやいた。
「あれ?あの家って塀空いてたっけ?」
「ん?」
絵里の言葉に、私もその洋館の周りをぐるりと取り囲む塀の正面の門を見る。確かに少しだけ空いているようだ。近づくとちょうど子供一人が横になって入れるほどの隙間が……
「怖いね……ここって、雨の日はダメなんでしょ?幽霊に食べられちゃうって……」
不安そうな裕子。
「でもそれってこの洋館が崩れちゃって危ないから、大人たちが広めた嘘だってお兄ちゃんが言ってたよ?」
私は兄から聞いた話を伝える。
「なーんだ。そんな事だろうと思った!じゃあさ、せっかくだからここで雨宿りしない?かくれんぼ?いや肝試しかな?時間つぶしに持ってこいじゃない?」
「えっやだよ怖いよ」
「そうだよやめようよ!」
絵里の言葉に裕子も私もやめようと引き留める。
「なあに?二人とも5年生にもなって幽霊が怖いの?じゃあ帰ればいいじゃない!私は一人でゆっくり雨宿りしてから帰るから」
絵里が不貞腐れながら門の隙間を通って中へ入っていった。
私は、裕子と顔を見合わせて追いかけようか帰ろうか悩んでいた。その間にも洋館へ近づいていく絵里。
「い、いこう!絵里ひとりじゃ心配!」
勇気をだして私は裕子に告げると、裕子の方も力強く頷いてくれた。これが、この結末の始まりだった……
「ま、まって絵里!」
私たちは絵里に追いつき声を掛けた。
「よ、よかった……やっぱりちょっと怖かったんだよね……ありがとう」
「なんだ、絵里もこわかったんじゃん!じゃあやっぱり帰る?」
「いやよ!ここまで来たんだし!三人で探検しようよ」
絵里は、怖がっていた割には帰ることは選択しないようだった。
「お、おじゃましまーす」
「「しまーす」」
私たちが静かにその洋館の扉を開けると、ギギギと音を立てて開く扉。
中に入るとちょっと木の香りが強くてじめじめした湿気を感じていた。
「これ、ちょっと匂うね。でもまあ臭いってほどじゃないけど……」
「うんそうだね」
「私こういうの平気ー」
私の言葉に絵里も同意する。裕子はあまり気にならないようだ。この子は山に近いところに住んでるからね。草木の匂いは慣れっこなのだろう。
「よーし。ちょっと暗いけど窓から明かりが入っているから、まだなんとか見えるよね」
「そうだね。広い階段。二階はちょっと危ないかな?床が抜けたら大変」
薄暗くはあるがまだ見えないほどではない。それよりも正面に広い階段があり、二階はそこから左右に広がっておりいくつかの部屋の扉が見える。
でもさすがに何十年もほったらかしであろう洋館の二階に上がるなんて、さすがに危ないと子供の頭でも理解ができた。
「じゃあこっちから順に見ていく?」
「そうだね」
「なんか私!楽しくなってきた!」
絵里が一階の左側の部屋を指さし、私の合意を得ると歩き出した。裕子は少し浮かれているようだった。
そしてたどり着いたその扉。ゆっくりと開けてみると、そこはどうやら何もない部屋であった。扉を開けっぱなしで中に入る。
だだっぴろい部屋に椅子が一つだけ置いてあった。
部屋の右側には扉が付いていた。どうやらこの部屋からも隣の部屋に行き来できるようだ。こっちの扉はどうなってるんだろう。そう思って私はその扉に近づいた。
そして私が、その扉のノブに手をかけようとした時、後ろからバタンと大きな音がした。
二人の「ひっ」という悲鳴が聞こえた。私も同じように悲鳴を上げる。心臓がバクバクと激しく騒ぎ出す。音の出どころを見ると、先ほど開けていたはずの扉が閉まっていた。
「扉、閉めた?」
「閉めてないよ!勝手にしまったんだよ!」
「うう、もう帰ろうよー」
二人がそばに寄ってきて扉を閉めたことを否定する。裕子はもう泣きそうだ。そして私は今、それどころではない。
二人の背後、そう……私の目の前には、さっきまで誰も座っていなかったはずの椅子に、小さな女の子がちょこんと座っているのが見えたから……
「ひっ!」
私の悲鳴に、二人がどうしたのかと目を向けられる。私はこれ以上声が出せなくて、そっと後ろの女の子の方を指さした。
「わー!何?さっきまでいなかったのに?なんで!どうして!幽霊ーーー!」
絵里が混乱して叫び出す。裕子はもう口をきゅっと閉じて泣くのを我慢しているようだった。
「に、逃げよう!」
私は、後ろにある隣の部屋に続くはずの扉を慌てて開く。
そして慌てて3人がなだれ込み、絵里が急いでその入ってきた扉を閉めた。
はあはあと荒い息が、少し生臭さを感じる。
「こ、ここは?」
「なにここ!それに臭い!」
「何か腐った匂いがするよ?どうしよう?帰ろうよもう……」
私も今すぐ帰りたいのはやまやまだが、果たしてその右側に見える扉が、ちゃんと開いてくれるのか疑問に思っていた。どうやらここはキッチンのようだ。
さっきまでの部屋は料理人さんの休憩室?キッチンにつながってるんだからきっとそうだよね?じゃあ奥の扉は食堂か何か?でもまずはそんなことより右側の扉が開くか確認しなきゃ!
「絵里!裕子!あの扉が開くなら一気に走って逃げよう!」
二人が大きくうなずいた。
私は、早足で扉まで近づき、どのドアノブを回した。
「あっ!ちゃんと開くよ!」
ドアノブが回り扉が開く。そして二人に振り返ると、二人は腐った死体のような男にまとめて出し寄せられるように捕まっていた。
私は、あまりの光景に大きな悲鳴を上げて意識を手放した。
◆◇◆◇◆
ふわふわと雲にゆられるような感覚にゆだねる私。
でもその揺れも徐々に大きくなって……私は飛ばされ真っ逆さまに落ち、目の前がに黒いヘドロの海が見えた時には腐臭にまみれて体を起こした。
「あっ、ここは……」
私は周りを見渡すと、先ほどのキッチンの中だった。相変わらずの匂い。そして私は思い出す。絵里と裕子が……
私は立ち上がると、床にべったりと付いていた汚れが、自分の服にも付いていることに泣きたくなった。「もう!」誰もいないはずの部屋で一人、いらだちを声に出す。
まずはここを出て、大人たちの助けを呼ぼう。そう思って再び先ほどの階段の部屋を目指して扉に向き直る。ドアノブを回す。がちゃがちゃと回るものの、その扉を開けることは叶わなかった。
「なんで!なんでよ!」
体を使ってその扉をドンドンと体当たり。まったく動く気がしないその扉に、絶望を抱く。じゃあどうしたら……私は、ちらりとまだ明けていない扉のノブを見る。
ゴクリと喉がなった。もうここしか……ないんだよね。
私はそのドアに急いでたどり着くと一気にそのドアノブを回しドアを押す……開かない……が、そのドアノブを回したまま下がった体と一緒にそのドアが開く。内開きだったようだ。
今度は慎重に。そのドアを開き終え中をそっと覗く。窓からの明かりでなんとか先が見えるほどの大きな部屋。きっと階段裏全てを使った部屋なのだろう。その部屋の左側は多数の窓、右側には二つ、扉があった。
あの階段横にあった扉がそうなのかも……
「あの扉なら開よね!」
私は根拠のない自信と共に、大きな部屋に入ると一番近くにあるドアノブに手をかける。ひねれば簡単に回る……しかしそこはまたしても開かなかった。
「どうして!どうしてどうして!お願い!もう私を帰して!」
絶叫にも近い大きな声で、いるであろうこの家の主に懇願する。
『直子ちゃんは私を置いて行くの?』
響くような声。でもその声は私も知っている声で……ゆっくりと声の方向に目を向けると、そこにはこちらをじっと見ている裕子の姿があった。私は少しだけびっくりはしたが、裕子が無事だったようで大急ぎで裕子の元まで走った。
丁度部屋の中央付近。その場所までたどり着いて膝に手をついてハアハアと息を整える。
そして改めて顔を上げ、裕子の様子を窺った。
「えっ!」
裕子の……裕子の目が真っ黒にぼやけるように見える。まるでそこに何もないように……
「まって?裕子、その目……どうしたの?ケガ、しちゃったの?」
『何を言ってるの?私は元気よ?あっちにね、絵里も直子のことを待ってるよ。一緒に探検するんでしょ?』
そう言って裕子は私に手を伸ばす。
私は瞬間的にその手を払ってしまった。
「ご、ごめん。まずは帰ろう。絵里も無事なんでしょ?一緒に家に帰ろうよ。裕子もここ、怖がってたでしょ?」
私は震える声で言ってみたのだが、裕子は首を傾げるばかりだった。
『あっそれならもう大丈夫。このお屋敷の子とお友達になったから……ずっとここで遊べるよ?』
口元はいつもの笑顔を見せている裕子。でもどうしても真っ黒な目に視線が言ってしまう。不気味な吸い込まれるような闇……
そして何より、いつの間にか裕子の背後には、最初に入った部屋と同じように椅子が、そしてそこにはあの女の子が座っていたことに恐怖を感じざるえなかった。
「や、やめて!裕子が帰らないなら私は一人でも帰る!絵里も誘って一緒に帰るから!あとで一緒に帰りたいっていっても遅いんだからね!」
私は恐怖をかき消すために、思ってもいないことを力いっぱい裕子に言い放っていた。
『ひ、ひどいよ……直子はそうやって私を……見殺しにするんだね?さっきも助けてくれなかったもんね……』
その言葉と共に、後ろの女の子もすくっと立ってこちらに顔をむけた……裕子よりもっともっと暗い顔……すでにその表情すら分からない、顔のほとんどが暗い闇に包まれた顔に、心の中から凍り付く感覚を覚えた。
そして私は走り出す。この大きな部屋のもう一つの階段のある広間への扉……なんとか恐怖で縮こまった体を動かしてたどり着く。そして開いてほしいと願いを込めてドアノブを回す。そしてそのまま押し開かれた扉……
私は安堵と共にその開いた扉の先を見つめ……そして絶望した。
『あっ直子!探したんだよ!ここね、もうずっと住んでもいいんだってさ!』
「あ、あっ……う、うぇぇー!」
私は、目の前の絵里が、裕子と同じように闇のような瞳でこちらを見るのを認識すると、また漂ってくる腐臭のような匂いに負けて、ひざを折り、嘔吐した。
『あーあ。気持ち悪くなっちゃった?私も裕子も、おじさんたちに捕まえられた時は実は吐いちゃったんだよね。おじさんってほら、加齢臭酷いでしょ。でも酷いよ直子、私まだ、そんなに臭くないでしょ?』
そういって泣いた真似をするいつもと同じような絵里に、私は引きずられながらさっきの裕子と女の子がいる場所まで連れてこられた。そこには先ほどいなかったはずの、おそらくあれが『おじさん』というやつなのだろう。
こちらを見てニッコリ笑っている。
絵里たちのように目が闇には包まれていない。だがその代わりに全身が腐りかけ、そして酷いにおいを放っていた。
私はまた嘔吐く。しかしすでに内容物は吐き出し終わっているのか、苦しさだけが込みあがってくる。
そんな中、そのおじさんは私に近づくと、そのままその腐った両手で私のことを抱きしめた。
私は、恐怖と腐臭によって意識を保つことを放棄した。
◆◇◆◇◆
そして次に目覚めた時には、私もどうやら絵里や裕子と同じ存在になれたようで、もう10年もこの洋館で楽しく暮らしている。
そして私たちと同じようにこの洋館にやってくる子供たちを、優しく保護して一緒に生活する活動を続けている。
ちょっと後悔をしたこともあったけど、この洋館に住むようになって私は、私たちは幸せです。
あなたもこの洋館を見つけたら、どうか私たちと友達になっていただけますか?
いつでも、このちょっと薄暗いけど何も悩みの無い洋館へ、お待ちしてまーす。
雨の日の洋館にて 安ころもっち @an_koromochi
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