第6話 スポーツ大会で真の勇者に(後編)

 そしてとうとう、スポーツ大会の日がやって来ました。拓也のクラスの男子は、午前中はサッカーの試合に、午後はバスケットボールの試合に出場することになっていました。午前中のサッカーの試合を前に、桜木先生が選手に気合を入れます。

「いいかみんな!勝ち負けにこだわらず自分の全力を出し切れ!わかってるな!」と選手全員に言っているのですが、目は拓也を見ています。

「任せてください。必ず勝ちます!」田中が力強く言い切った。


 そして、同じ一年の別クラスとの試合が始まりました。田中は、いわゆる攻撃的ミッドフィルダーのポストで、ゲームメイキングをする役割でした。一方の拓也はバックスで守備のポジションを任されていました。展開ではゴール前でシュートを打つこともありますが、相手が攻勢に転じたらすぐに自陣に戻って守備を行わなければならないので、体力のいるポジションです。


 田中は、自らヒーローを自任するだけあった、ボールを操る技術とそのスピードは素晴らしく、チームをリードし、なんどもシュートチャンスを演出していました。そのプレイにクラスメイトたちもみんな熱狂し、熱い声援を送っていました。そして、15分過ぎには相手ゴール前に切り込み、パスと見せかけて田中自らが先制のゴールを決めました。

「どうだ、瑞風(ずいふう)学園のファンタジスタの実力を見たか!」と叫んで、応援するクラスメイトたちの中に飛び込んで大げさなパフォーマンスをしていました。


 先制点が取れた余裕からか、その後の田中は、拓也へ意図的にボールを回し始めました。それも、追いつけないような角度で早いボールを出したり、うまく受けられないように近距離で強いボールを蹴ったりと、なんとか拓也に恥をかかせようと陰湿な手段に出ました。


 最初のうちは、拓也もミスしたような形でパスをもらい損ね、クラスメイトたちに落胆の溜息をださせてしまっていましたが、途中から変わりました。

「(相手がその気なら、本気で能力を使わせてもらうよ。丁度プレイ中だから目立たないだろうし。)」拓也は大きく息を吸い込むと全神経を研ぎ澄まされた嗅覚に集中しました。そして、顔が険しくなり、獣のオールが漂って来ました。


 拓也は、超嗅覚を活かして、相手選手の体臭や発する微細な化学物質の変化まで嗅ぎ分けることによって、相手の動きや感情を察知することができるのです。つまり、相手選手がボールを受け取る直前、微細な汗のにおいや身体の動きから、次の動きを予測することができるのです。これにより、拓也は相手のプレイを早めに読み、正確なタイミングでボールを奪ったり、相手のパスを遮断したりしはじめました。


 前半が終了し、拓也のクラスは2-0でリードでした。そして、15分の休憩がとられ、選手たちがクラスメイトたちが待つクラスの応援席に戻ってきました。

桜木先生は、紅潮した顔で、拓也のもとに駆け寄り、肩を何度もたたいて、

「凄すぎるぞ、村上!さすが勇者だ!」と言って、女性とは思えない豪快さで笑いました。

クラスメイトの女性たちも、「ほんと興奮したよね!」とか「ほんと、ドキドキした」とかちょっと誉め言葉としてはおかしいリアクションをしていたが、自分のプレイを人が喜んでくれることが、拓也にとっては、何よりうれしかったのでした。そして、後半も頑張るぞとひとり拳を握って自分自身に気合を入れていました。そして、その一部始終を田中が少し離れたところから悔しそうに見ていました


 後半に入っても、拓也の勢いは留まるところを知りませんでした。拓也は、相手選手の感情を匂いで嗅ぎ取ることにより、彼らの意図や不安を察知することもできます。相手がプレッシャーを感じているときに、攻撃がかけやすくなることを早々に見抜き、それを逆手に取って攻撃を仕掛けるなど抜きんでた頭脳プレイを展開しました。拓也は予想外の動きでボールを奪ったり、相手の弱点をついたりと、驚異的な洞察力を発揮してチームの追加得点に貢献しました。


 田中は、自分が出す意地悪なパスが、拓也がまるで知っていたかのように見事にさばかれるのを見て、驚愕します。そして、動揺からパスミスが増えますが、それさえも拓也にカバーされることになるのでした。そして、最後にはピッチ中央で立ち尽くしてしまいました。

「そんなばかな、、、 いや、まだ負けたわけじゃない。バスケの方が俺の得意分野だ。バスケではごまかしは聞かないからな、村上ピテクスめ!」

田中は、すぐに気持ちを切り替えたのでした。


 結局、拓也のチームは、拓也の絶妙なアシストにより7-0の大差で勝利したのでした。試合終了直後、感極まった桜木先生が、拓也に抱き付いてしまい、周りの女生徒たちからの悲鳴が起き、麻生先生というスポーツ大会を仕切っている荒巻先生という若い体育教師に引き剥がされ、「荒巻!先輩教師になんて真似しやがる!」と毒づいて、皆の失笑をかっていました。


 しかし、その騒ぎの後は、激辛カレー勇者選手権と同様に、桜木先生の取り計らいで、拓也は昼休憩の間、広い美術部の部室で一人でゆっくり仮眠することができました。

「桜木先生。グッジョブです。」と目の前にいない桜木先生に親指を立てて、拓也は感謝しました。そして、午前の疲れをとるべく眠りに落ちたのでした。

サッカーでの大勝利に興奮して、クラスメイトの女子たちが、突然消えてしまった拓也を探していました。そして、通りかかった桜木先生に尋ねました。

「先生、村上くんが見つからないんだけど、居場所わかりませんか?」と聞く女子たちに、

「さあな?どこにいったんだろうなあ、あいつは。」と桜木先生はとぼけてくれていました。


 そして、午後は体育館で、バスケットボールの試合が行われました。田中はバスケットボールの方が得意のようで、華麗なドリブルと、俊敏なうごき、みごとなスリーポイントシュートを披露して、観客を魅了しました。

そして、サッカーの借りを返すぞとばかりに、拓也にたいして、パスするようにみせかけるフェイントをしたり、意地悪な取りにくいパスをだしたりと、せこい嫌がらせを繰り返しました。


 拓也は、サッカー同様、最初こそ対応に苦慮していましたが、

「(相手がその気なら、サッカーの時と同じように本気で能力を使わせてもらうだけだ。さっきもうまくごまかせたからだいじょうぶだろう。)」拓也は大きく息を吸い込むと全神経を研ぎ澄まされた嗅覚に集中します。そして、顔が険しくなり、獣のオールが漂って来ました。


 ここまでは、サッカーと同じでしたが、屋内スポーツであるバスケットボールの場合、少し違っていました。バスケットボールは体育館という密閉された空間なので、拓也からの分泌されるフェロモンの量も半端なく多くなっていたし、観客への伝わり方も半端なく強いものになっていました。拓也はそれにすぐ気付きましたが、もう止まるわけにはいきませんでした。。


 拓也の超嗅覚自体も、密室ではさらに力を発揮します。選手たちの体臭や発する化学物質の変化がより強く漂い、拓也の超嗅覚はより強い力を発揮します。拓也は相手選手の動きから、彼らがどのようなプレイを試みようとしているかを嗅ぎ取ることができます。相手がシュートを狙っているときには微細な変化があり、それを察知して正確なタイミングでブロックをかけることができるのです。


 また、チームメイトの身体の動きからも彼らの意図を読み取ることができます。チームメイトがパスを受けるつもりでいるときや、ドリブルをするつもりでいるときには微妙な体の動きがあります。これにより、拓也は的確なアシストを行ったり、チームの連携を促進したりすることができるたのです。そうして、第1クオーターの後半から始まった拓也の快進撃は、第2、そして第3クオーターへとさらに凄みを増して行きます。バスケの技量自体は無いので、確かにシュートを決めることはあまり出来ませんが、良いアシストと守備で味方の加点に貢献して行きました。


 最初は、田中を応援していたクラスメイトも、試合が進むにつれ、拓也のすごさに感嘆し、驚きと感激の声を上げていました。自然に、「拓也くん、すごい!」という声や、「田中よりも活躍しているじゃない!」という声が飛び交っていました。


 田中もその変化を機敏に察知し、下手な嫌がらせは悪手だと理解し、逆に拓也の力を利用してシュートの山を築いて行く方向に方針変更しました。そうして、第4クオーターに入ると、相手との点差も大きく開いて行きました。ここに学園最強のバスケチームが誕生したのです。


 これには、自ら審判を志願した、学園のバスケ部顧問で、かつて全国レベルの学生バスケのエリート選手でもあった荒巻先生も驚いていました。

「田中もすごいけど、村上。かれの技量は神業に近い。バスケの技術は全くの素人だが、身のこなしや洞察力が尋常なレベルじゃない。まるで忍者のようだ。」

審判をしながらも、荒巻先生は拓也のプレイや身のこなしに釘付けとなっていました。


 コート内が、拓也が分泌する多量のフェロモンが充満して、会場の体育館内が異常な興奮のるつぼと化して行く中、第4クオーターが終了し、なんと達也のクラスは100点を超える得点を獲得し、対戦相手のクラスを圧倒しました。なんと相手のクラスにはバスケ部員が6名いたのにもかかわらず、田中と拓也が引っ張るこのチームに完膚なきまでに打ちのめされてしまったのでした。


 110-60の完勝でした。桜木先生は、激辛カレー勇者決定戦につづいて、自分の中で恒例となっている抱き付きを行おうと、拓也に向かって駆け寄ってきます。しかし、それに素早く反応して間に入ったきた、荒巻先生に阻止されました。

「またしても貴様か。荒巻!」とファイティングポーズをとる桜木先生に、

「先生。生徒に抱き付くなんて駄目です。あなたは、女性なのですから。生徒とは言え、高校生になれば相手は立派な大人なんですよ。」

「お前に何の関係がある。」

「関係ありますよ。この学園の教師なんですから、常識と規律はちゃんと守ってもらわないと。」荒巻先生は、やさしく諭すように桜木先生を説得しました。

「何か?お前もしかして私のこと好きなの?」と桜木先生が急に薄ら笑いを浮かべてからかうように荒巻先生を見ました。

荒巻先生は、何故か急に顔を真っ赤にして、狼狽えるように言いました。

「なっ、何を言うんですか?そんなわけないじゃないですが、そんなわけ、、、、」

「そりゃそうだよな。冗談だ、ジョーダン!」桜木先生は、そう荒巻先生にいうと、抱き付くのは諦めて、拓也に言った。

「村上、かっこよかったぞ。興奮、いや感動した。誰が何と言おうがお前が真の勇者だ。」と言って、ウインクして去って行きました。


 残された荒巻先生は何故か、耳まで真っ赤にしたままでした。それを見て拓也は、

「(まさか?ねえ?美人だけど中身は呑兵衛おやじのようだしな。ないない!)」拓也は、桜木先生に大変失礼なことを心で思っていたのでした。そして、その後しばらくは、拓也はクラスメイトの女子たちに囲まれて、祝福と質問の嵐でした。拓也は適当に対応しながらも、早く終わってくれと心の中で祈っていました。


 誰もいなくなって明かりを落とした体育館に、バスケボールを持った荒巻先生が立っていました。

「しかし、すごいプレイだったな。あんなプレイを見たのは初めてだ。バスケをろくにやったことが無いところをみると、まだまあのりしろが大きそうだな。」

荒巻先生は、宝物を見つけたように、目を輝かせていたのでした。


 拓也の望む『平穏でボッチな高校生活』は当分やって来そうにありません。

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村上ピテクスの覚醒~超嗅覚を持つ高校生~ 翔夜 @digital-eyes

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