第2話 超嗅覚を持つ高校生登場(後編)
その少女は入って来るなり、拓也に気付いて話かけて来ました。
「あなた、村上ピ… くんだよね?」少女は拓也のあだ名をいいかけて、しまったという表情をして“くん”に咄嗟に切り替えました。
「はい。あなたは、生徒会長の宮原先輩ですよね。」
それは他でもない学園のマドンナ、全校男子生徒のあこがれの女性、生徒会長宮原さくらその人だったのです。さくらの入学式での華麗で優雅な挨拶は、拓也たち新入生の心を鷲掴みにしていました。
「知ってくれているんだね。ありがとう。でも、どうしてここに?」
「こいつはどうしても気になって来たそうだよ。来て何をするつもりなんだろうな?」
拓也の代わりに桜木先生が答えて、拓也をまじまじと見てきました。
超嗅覚の話をするわけにはいかない拓也は、まずいと思い、
「実は、僕、こんな容姿でさえないから中学時代はずっと理科室の片づけ係をやらされていて、放課後の理科の先生の実験に付き合わされていたんです。その関係で、薬品や物質の匂いに敏感になってしまって。こんな鼻の効く僕なら何か役に立てるのではないかと思って来たんです。」
こんな話信じないよなと思いながら拓也は苦し紛れの言い訳をした。ところが、
「なんだ、村上! そうかそうか、それならそうと最初からそう言えばいいだろう。」
「だったら頼りになりそうじゃない。丁度先生と原因調査しようと思ってたんだから。村上君ってやっぱり見た目通り鼻が利いたりするんだね。」と、逆に二人に歓迎されてしまった。
「(ほんとかよ?こんな話を本当に信じるのかよ?でも、まあ結果オーライかな。それにしても、宮原会長は天然で良いなあ。)」鼻が利くと獣認定されたにもかかわらず、美女だとちっとも頭にこない拓也は、出まかせの嘘がばれなくてほっと胸をなでおろしたのでした。
拓也はすでに硫黄と硝酸をその嗅覚から感知していたが、急に話すと怪しまれるので。しばらく化学実験室内の調査をするふりをした。一つ一つの匂いを嗅ぎ分ける、少し大げさな演技をした後、大きな声を上げました。
「これは…特定の化学物質だ。爆発の原因はこれだ」
少し離れたところで、現場確認をしていた桜木先生とさくらが驚いて、拓也のところに走り寄って来ました。
「何かわかったのか?村上!」桜木先生が期待に満ちた眼差しを拓也に向けた。
拓也は考え込んだ後、焦げた実験台のシミのようになった箇所を指して、「それは…硝酸を含んでいます。匂いでわかります。誰かが意図的に爆発を引き起こした可能性もあると思います。」と答えました。
桜木先生とさくらが顔を見合わせて、頷きあいました。
「どうしたんですか?あまり驚いていないようですが。」拓也が訝し気に言うと、
「化学実験室の責任者の橘先生が、自分が実験している時に何かを誤って混ぜたようで爆発を引き起こしてしまったと警察に証言しているんだが、無傷なんだよ。」と桜木先生が答えました。
「それに、橘先生は悪い噂があるのよね。」さくらがそれに続きました。
拓也は、橘先生という名前で、それが入学式のあの先生かとその眼鏡越しの冷たい目を思い出し、そして尋ねました。
「悪い噂というと?」
「元反社の土地開発業者と付き合いがあるっていう噂。学園の土地買収の噂に関しても、橘先生が裏で動いているのではという人もいるわ。」
「そんな。それと爆発事故はどういう関係があるんでしょうか?」
「それはわからないけど。」とさくらが言いよどむと、桜木先生が会話に割って入りました。
「推測で動いてはだめだぞ。でも、村上の嗅覚は信用しよう。嘘を言うやつでないことはわかる。警察は事故で処理しようとしているから、調べてもらおう。硝酸は危険物質だから本来学校に保管されているものではない。もし間違いなければ外部から持ち込んだことになるな。」
3人は神妙な顔になりました。とりあえず、あとのことは桜木先生に任せて、拓也とさくらは下校することになりました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、拓也が教室に入るなり、教壇の椅子に座って待っていた桜木先生が立ち上がって声をかけてきました。
「村上、朝っぱらから悪いがちょっと来てくれるか?」
「一体どうしたんですか?」拓也が尋ねると、
「あの後警察にお前の情報を伝えて、もう一度現場を専門家も呼んで確認してもらったら硝酸による爆発の反応が検出されたそうだ。それを受けて、今日早朝から橘先生を読んで、警察の方が事情を聞いているのだが、本人は全く身に覚えがないと主張していてな。挙句の果てにお前が怪しいと言い出して、連れてこいと叫んでいて、手が付けられないんだ。悪いが一緒に来てくれないか。なに、お前のことは担任である私が守ると保証する。」
桜木先生はポンと胸をたたいた。拓也は、超嗅覚の件が露見するのはまずいとは思いながらも、「わかりました。行きましょう。」といって、桜木先生と学校の会議室に向かった。
桜木先生と拓也が会議室に入ると、警官2名と向かい合う形で座っていた橘先生が立ち上がったのですが、拓也の顔をみて、おやっという顔を一瞬したが、すぐに薄ら笑いを浮かべ、
「お前か、化学実験室に自分で爆弾を仕掛けて、俺を陥れようとした犯人は。」と声を荒げて、拓也に向ってまくしたてたのです。そして、今度は警察官に向かって、
「警察官の皆さん。こいつは、新入生で入学式の日の朝も、こそこそ化学実験室のまわりをうろうろしていた生徒です。見た目からしてあやしいでしょう、こいつ。こいつを調べてくださいよ。」狂気をはらんだ目で拓也を睨みつけて来ました。
「橘先生言いがかりはやめてください。村上はそんなことをする生徒ではない。それより、あなたがきちんと自分が関係ないことを立証するではないんですか?」
桜木先生が割って入ってくれました。
拓也はこの容姿の為に、何度も濡れ衣をきせられたことが昔ありました。そんな時かれが決まってとる行動がありました。しかし、それは切羽詰まった時だけの対応でした。そして、今のこの状態は、相手の狂気をはらんだ目から見て、会話を重ねても無駄であり、それを実行する正にそのタイミングだと拓也は判断したのです。
拓也は、橘先生と彼の間に入って橘先生と対峙している桜木先生の肩にそっと触れ、横にどくように促しました。
「村上?」桜木先生は驚いて、拓也を振り返りました。
「大丈夫ですよ。僕に任せてください。」
村上は、鼻孔を大きくして、嗅覚を研ぎ澄まし始めた。嗅覚強化により放出されるホルモンや神経伝達物質が脳内で急激増加し、瞳孔が広がり、獣のような獰猛な表情になって行きます。そして強烈な獣の覇気が発せられたのです。それは、対面で拓也を睨みつけている橘先生を直撃しました。
「うっ、なんだこの強烈な威圧感は!」橘の表情が一変し、顔が恐怖と苦痛にみるみる歪んで行きました。
「橘先生、僕にはわかるのですよ。あなたの体臭が変わっています。それは嘘をつく時の緊張の表れなのです。僕を誤魔化すことはできません、本当のことを話してください。でないと、、、」
さらにもう一段強い覇気をぶつけると、橘先生は、恐怖に顔を歪め、力なく椅子に倒れるように座りこんだ。
そして、「殺される、、、」とつぶやいて大きく目を見開いた。
拓也は、さらに覇気を強めながら橘先生に近づいて行き、恐怖心を募らせました。
すると、橘先生は魂が抜けたように脱力して言いました。
「僕がやったんだ。硝酸を持ち込んで。証拠を隠滅しようとしたんだ。正直に言うから助けてくれ。折角うまく言っていたのに、おしゃべりなやつのせいで計算がくるっちまったんだ。」そして、橘先生は、頭を抱えたままテーブルの下に潜るようにうずくまりました。そして呻くように言ったのです。
「もうおしまいだ!」
警察官の二人も、桜木先生も驚愕の表情を浮かべ、声を出せない状況でした。
しばらく橘先生を見据えた後、拓也は、もとの表情に戻して桜木先生と警察官たちを交互に見て言いました。
「あとはおまかせします。俺はもう帰っていいですよね。」
桜木先生も警察官たちも呆気にとられていたが、
「アッ、ああ」桜木先生は、我に返ったようにそう返事するのが精一杯でした。
拓也は、お辞儀をして、会議室を後にしました。
その後の調べで、橘先生は学園の教員でありながら、副業として不動産業や土地開発業に関わるグループとつながりを持っていとことがわかりました。悪質な土地開発業者と関係ができ、学園の土地を裏で不正に取引する計画を立てていたそうです。土地開発業者側は学園の土地を安く手に入れて転売することを目論んでいましたし、橘先生自身はそれを裏に回って、文書偽造などをしてサポートし、不正な利益得ることが狙いだったようです。学校にも秘密裏に進めていたその計画を、土地開発業者の元社員が地元の地域振興協会の役員にリークしてしまった為、橘先生は学校の理事会からも内々に尋問され、厳しい立場に立たされていたそうです。そして、追い詰められた橘先生は、学校に保管していたこの悪事に関連する文書や証拠物件を押さえられると、かれの犯罪行為が露見してしまう為、化学実験室の爆発事故を起こして、事故の発生による混乱を利用して証拠を消し去るつもりだったとのことでした。
証拠類は爆発事故で隠滅できたのですが、拓也の覇気で自白した為、その後の尋問で自白が証拠となって、橘先生は罪を償うことになりました。橘先生は、苦学して大学を出て教師になったようで、肉親の為にお金が必要な状況だったようです。
進路指導室で、拓也は桜木先生から事件の顛末を神妙な顔で聞いていました。そして、一緒に聞いていた宮原さくらが反応しました。
「拓也くんの活躍わたしも見たかったな。」その瞳には拓也に対する畏敬の念があったのですが、拓也はまともに顔をみれないので、気付きませんでした。
「活躍だなんてとんでもないですよ、宮原先輩。橘先生はもともと気の弱いかたで、良心の呵責に耐えかねていたところ、僕はたまたま自白の切っ掛けを与えることができたにすぎません。」
拓也は謙虚にそういったが、桜木先生は複雑な表情で拓也を見ながら言った。
「まあ、そういうことにしておくか。お手柄はお手柄だからな。ちょっと怖かったがな。」
「えっ、なんと言いました?」と拓也が聞き返すと、桜木先生は、「なんでもない!」と言って、少し赤い顔をして口を噤みました。
そんな二人をさくらは怪訝な目でみていましたが、おもむろに拓也の手を取って言いました。
「拓也くんって、勇気があって頼もしいんだね。見直したよ。これからも私に協力してね。お願い。」
「はい!」拓也は、学園一の美女に手を握られて、顔を真っ赤にというか、もともと自黒なので、赤銅色になって力ずよく、でも少しうわづった声で返事をしたのでした。
入学早々とんでもない事件に巻き込まれたことは不運だったのですが、桜木先生という理解のある担任教諭と宮原さくらという素敵な先輩に出会えて、なぜか今までに経験したことのない、高揚感というか浮遊感(?)を感じる拓也でした。
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