村上ピテクスの覚醒~超嗅覚を持つ高校生~

翔夜

第1話 超嗅覚を持つ高校生登場(前編)

 舞台はとある地方都市の郊外にある私立の進学校、瑞風(ずいふう)学園です。主人公は、一見類人猿かと見間違ってしまうような老けた猿顔の容貌を持ちながら、れっきとした高校性である村上拓也であります。彼はその容姿のせいで、中学生の時に、歴史の教科書に登場する類人猿「アウストラロピテクス」のイラスト画に酷似していた為、「村上ピテクス」という不名誉なあだ名をつけられ、それ以来今日まで、不細工男として扱われてきました。


 しかし、彼の容姿には、実は大きな意味がありました。彼は、人類が進化の過程で失った特殊な能力を顕現させた人間であり、そのことが容姿に影響を及ぼしたようなのです。そして、その能力とは、超絶なる嗅覚です。鼻が利くというレベルではなく、匂いのもととなる成分やその微妙な変化を感知して、さまざまな状態異常や変化を推測できるというとんでもない代物でした。


 幼少期から拓也は、周囲の人々の匂いや微妙な変化に敏感に気付くことができました。他人の体調の変化や感情の変動を匂いから嗅ぎ取れるので、身近な人々の健康状態や心の動きを把握できるようになっていました。但、その「超嗅覚」と呼ぶべきものは、かれにとっては、決して特別な才能と喜べるようなものではなかったのです。


 なぜなら、家族や友人たちとの日常生活の中で、拓也は彼らが気づかない微細な変化に敏感に反応し、それを指摘してしまうことが多くなってしまい、時には、家族の体調不良や友人の隠れた悩みをずばりその場で言い当ててしまい、返って彼らの不興を買い、「変な子」認定されてしまったからです。


 そのような経験から、拓也は自分の特殊な能力を秘密にして口外しないようしてきました。それまで家族や友人と共有していた微妙な匂いの世界は、彼自身にとっては孤独なものに変わってしまったのです。それは、超嗅覚による他者との感覚の違いが、彼と周囲の人々との隔たりを生み出す要因となってしまったからでした。


 中学生になった拓也は、新たな環境で自分の特殊な能力を完全に隠すことに成功しました。ただ残念ながら容姿のせいで、「村上ピテクス」という不名誉なあだ名を与えられてしまったものの、隠れて超嗅覚でクラスメイトの状態を把握し、目立たないようにうまく立ち回ったため、表面的には普通の中学生として過ごすことができました。基本的に、他の生徒たちとはあまり交流することなく、一人静かに日々を過ごすことで、彼は自らを守ろうとしたのです。


 そして、今日は瑞風学園の入学式です。なぜか早朝に目が覚めてしまった拓也は、校舎を早く見てみようとまだ人気のない校舎に足を踏み入れました。校内をぶらぶらして、校舎の裏庭に来たところで人が言い争う声が聞こえました。


 裏庭で、背広を着た教師らしき眼鏡をした長身の男性を、中年から年配の男女5名が取り囲んで、何やら揉めている様子でした。

「学園を売却するってどういうことかと聞いてるんだよ。」

「ですから先ほどから何度も説明している通り、当学園はまったく身に覚えのないことで、デマではないかと。」

「不動産会社の元社員から地域振興会の幹事が聞いた話なんだ。とぼけるなよ。いままでさんざん地元の支援をうけてきて、後ろ足で砂かけるような真似する気か。」


「(学園売却?入学早々なにそれ。でもあの眼鏡の教師と思われる人も否定してるし。)」拓也は気になってしばらくその様子を聞き耳をたてて見ていました。


 髪を七三に綺麗に分けた眼鏡の教師らしき男は、

「とにかく、今日は新入生の入学式なんです、邪魔だけはしないでください。」と強い口調で言うと、抗議していた5人組はぶつぶつと言いながらも、しぶしぶとその場を後にました。彼らに背を向けて踵を返した眼鏡の教師らしき男は、じっと見ていた拓也に気が付きました。その途端に、険しい顔をして拓也に近づいて来ました。

「見ない顔だが、新入生かい?こんな朝早く何をしている?」

「早く起きてしまって、校内を少し見て回っていたところなんです。」と拓也は答えました。

「ところで、話は聞こえていたのだろう。」との男の問いに、嘘をついてもしょうがないので、拓也は頷きました。


「デマを聞いて住民団体の方が勘違いしていたようでな。私は、化学教師の橘だ。生徒が混乱するので、今見たことは口外しないように。いいな。」

橘と名乗った教師の眼鏡の奥の冷たい目に少しぞっとして、拓也はただ何度も頷きました。橘はそれを確認すると踵を返して、化学実験室と書かれた古い木造の校舎へと消えていったのでした。


 そんなこともありましたが、そのごしばらく校内を歩いているうちに新入生らしき生徒たちが続々と校門をくぐってきたので、拓也も入学式の会場である体育館に向かいしました。その後入学式が始まり、校長の祝辞、美人女性生徒会長の歓迎のあいさつが無事終了しました。生徒たちは指定されたクラスの教室に移動しました。拓也は、中学時代と同じく目立たないように過ごそうと思っていたのですが、この入学初日のクラスのホームルームで悪目立ちしてしまいました。


 クラスの担任は、桜木良子先生といって、20歳台後半ぐらいだろうか、長身で美人の先生でした。しかし、話し方がおやじっぽいのと、趣味は酒と言ってやや品なく笑う豪快な姿を見て、生徒たちは少し引いていました。その後、順番に自己紹介が行われたのですが、拓也は、「村上拓也です。よろしくお願いします。」という味気ないが目立たない挨拶をして、その場をやり過ごそうとしたました。そこで、何故か桜木先生に絡まれたのです。

「村上、お前なかなかいい面構えしているな。いい男だ。」

クラス中から「えーっと」という心の声が、皆の口から駄々洩れになりました。拓也はいたたまれない気持ちだったのですが、反応しないわけにはいかないので、「そんなこと言われたのは初めてです。ありがとうございます。」と小さな声で礼を言った。桜木先生は満足そうに、腕を組んで、「うむ。」と言って頷きました。


 自己紹介はさらに続き、一番後方の籍から長身のイケメンが立ち上がりました。

「田中貴之です。サッカーとバスケは中学時代からやっていて、どちらもレギュラーでした。高校でも掛け持ちでレギュラー取る予定なので、みんな応援してくれよな。」と言って、気障に自分の髪をすくって決めポーズをとって女子たちに流し目を送りました。一部の女子から「わーっ」という声が上がりました。ところが、そこで桜木先生は無表情に独り言のように呟いたのです。

「不細工だな」

「えっ、今なんと?」それを聞いた田中は愕然として尋ねました。

「いやさっきの村上に比べると、顔つきもにやけているし、不細工だなと思っていたら声になっていたようだな。すまん。」

「いや、いや、審美眼おかしくないですか」と桜木先生に言ってから、田中は、信じられないと両手を広げて、クラスのみなに問いかけるようなジェスチャーをしました。一部の女子が強く頷いていました。

「まあ、ひとそれぞれだからな。もういい、座れ。」

桜木先生は、田中の抗議を一蹴してホームルームを続けました。田中は納得いかない様子で座ったのですが、何故かしばらく拓也を睨みつけてきました。

「(おれをにらむのは、お門違いですよ。おれは何もしていません。)」

拓也は、こころで叫びながら、敢えて田中を見ず、正面を向いて気付かないふりをしてやり過ごしたのでした。


 その後、拓也は、田中からのちょっかいも特になく、平穏でボッチな学校生活を送れていたのでした。但、同じ中学校から進学してきた生徒たちにより、「村上ピテクス」という忌々しいあだ名が高校でも伝わり、陰でひそひそ話しては、拓也を見てにやにやする生徒がいいましたが、中学校と違ってレベルの高い進学校ということもあり、正面切って中傷されるようなことはなく、ひそひそ話もすぐに収まりました。


 通学途中に、「学園売却反対!」という張り紙が電柱にはられているのをよく見かけましたが、生徒たちはあまり気にしている様子はありませんでした。まあ、拓也はボッチなので、他の生徒の話を聞く機会もあまりないののですが。それでも、日々増えて行くポスターへの対応として、一度、桜木先生がホームルームで「デマだから。気にするな。」と言ったことがあったくらいで、学校側には大きな動きはありませんでした。


そして、このまま何もない日々が過ぎて行くのだろうなと思っていた矢先にある事件が起きたのでした。


ある日の放課後、学校で突然の爆発事故が発生したのです。大きな爆音が校内に響きわたり、化学実験室の方から煙が上がっていました。生徒たちは驚きと不安に包まれて混乱していましたが、校内放送及び教員たちの誘導で中庭に向かって避難しました。消防車が到着し、消火活動が行われ、他の場所への延焼の心配がなくなったタイミングで、その日の授業は全部中止となり、生徒は荷物を教室に取りに行って下校させられました。


そんな中、拓也はこっそりと移動する生徒の群れから外れて、校舎裏に位置する化学実験室へとひとり向かったのでした。彼は人とは違う特殊な能力「超嗅覚」を持っていたので、何故か爆発事故に違和感を覚えていました。さすがに距離があって、その違和感がなんなのかわからないものの、習性で自然と現場に足が向いてしまったのです。


現場には消防隊の人の姿は無くなっていました。化実験室の扉も閉めれれていました。拓也は、こころを落ち着けて、扉を開けると、目にした光景に心がざわめきました。壁には黒い煙が残り、実験室ということもあっていろいろなものが混ざった濃い匂いが立ち込めていたのです。そこには、化学実験室で爆発事故があったという事実が残っていたのです。

「(大丈夫かな…誰も大怪我をしていないといいけれど。)」拓也は、そんなことを考えながら室内を見渡しました。そして、ただ見ているだけでは飽き足らず、彼が覚えた違和感の正体を解き明かす欲求が湧いてきました。誰かが意図的に化学実験室で爆破事故を起こさせたのかもしれないという考えが彼の脳裏をよぎったからでした。


「(僕のこの嗅覚を使えば、何か手掛かりを見つけられるかもしれないな。誰もいないし。今がチャンスだな。)」

拓也は深呼吸を繰り返し、自らの特殊な能力をフルに発揮する為に集中しました。鼻の孔が驚くべき大きさまで開きました。彼の鼻は、立ち込めているさまざまな化学物質の臭いを検知し出しました。そうしているうちに、かれは、それらの中で特定の匂いに気付いたのです。


「(これは…硫黄と…硝酸!)」拓也の超嗅覚が役立ち、爆発の原因が特定の化学物質によるものであることが、あっさりと解ってしまいました。しかし、彼はそれだけでは満足しませんでした。事故の背後に何かが隠されている気がしてならなかったからです。


「(これだけじゃ事故の真相は分からないな。もっと探ってみなきゃ…)」

覚悟を決めた拓也は、さらなる手がかりを求めて、化学実験室の中を探索し始めました。


だいぶ時間が経ち、日が暮れだして、裏庭に面した化学実験室のある棟にも静けさが広がってきました。拓也は化学実験室の中を手探りしながら、さまざまな化学物質の臭いを嗅ぎ分けていきました。室内には依然として濃い匂いが立ち込めていました。


拓也が一心不乱に嗅ぎまわっていると、突然、化学実験室の扉が開きました。

「おや、村上じゃないか?こんなところで何をしているんだ?」

化学実験室に入って来たのは、担任教師の桜木良子先生でした。彼女は、不思議そうに拓也を見つめていました。

「ええ、いえ、なんでもないです。ただ、ちょっと興味本位で事故原因を探ってみようと思って…」

拓也は、超嗅覚の話をする訳にはいかないので、普通の生徒のように振る舞おうとしました。


「そうか、変わったやつだな。全校生徒に下校の指示が出でいるはずなんだがな?それに事故現場は危険だから立ち入り禁止だ。」

桜木先生は、怒った様子もなく、淡々とたしなめるように拓也に話しかけた。

「すみません。どうしても気になって。」と謝る拓也に、

「ほう、そんなに気になるのか。こそこそ忍びこむほどにな。」と桜木先生は、面白いことを言うなという感じで目を細めて拓也を見てきました。


すると、その背後から「先生どうしたんですか?」と言って、一人の清楚な雰囲気の美少女が化学実験室に入って来ました。そして、拓也は彼女を見て仰天するのでした。

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